第71話:酒場で絡まれる

 俺たちだけではなく、酒場の客全員の視線が怒声を放った人物に集まる。

 そこには黒髪を腰まで伸ばし、腰に二本の剣を下げた男性が威張り散らした感じで座っていた。


「おい、ザック! ここで喧嘩を売るなって言ってるだろうが!」

「うるせえな! だったら俺を出禁にでもしたらいいだろうが! まあ? 俺みたいな凄腕冒険者が金を落とさなかったらすぐに潰れちまうだろうがな!」


 ……こいつ、本気で言っているのか?

 この酒場は客がたくさん入っているし、冒険者が一人来なくなったくらいで潰れるようには見えない。

 もし本気で言っているのであれば、冒険者というのはバカが多いのかもしれない。


「あん? てめぇら、何見てんだよ! あぁん!」


 周囲の客に睨みを利かせると、ほとんどの客が視線を逸らせる。

 多くの客が男性冒険者を見なくなったものの、酒場の雰囲気は最悪に近い。


「……おい、てめぇら。何見てんだよ? 喧嘩売ってんのか? あぁん?」


 ほとんどの客が視線を逸らせたが、その中でも男性冒険者を見ている者がいた。

 それは、俺たちだ。


「おい、おっさん! いいぜ、喧嘩を買ってやるよ!」

「いや、結構だ」

「なんだ、逃げんのか? はっ! 女に囲まれて逃げるとか、ザコのくせに俺様の視界に入るんじゃねえ!」

「すまんが、それは無理だ」

「……はあ?」

「ここで飯を食っているからな。それは無理だ」


 俺は正論を述べただけだ。しかし、それがこいつには気に喰わなかったようだ。


「……そうか。てめぇ、俺様を舐めてやがるな?」

「いいや? 俺は飯を楽しんでいるだけだが?」

「ぶっ殺す!」


 こいつ、店の中で剣を抜くとか本気でバカだな。

 俺としては穏便に済ませたかったが、こうなってしまっては仕方がない。


「女将さん、すみません。すぐに終わらせますから」

「ふざけやがって! マジで殺してやる!」


 予備の剣を下げているのかと思ったが、二刀流か。

 凄腕冒険者と言っていたが……甘いな。自分の怒りを御しきれずに突っ込んでくるとは。


「軽くぶん投げて――え?」

「どっせええええいっ!」

「ぬおあっ!?」


 座り位置から俺は一番遠くに座っていた。

 そして、予想外にも男性冒険者の腕を取るとそのままぶん投げてしまった。


「ぐはっ!?」


 男性冒険者は背中から床に叩きつけられると、そのままエリカが関節を決める。


「いっでえっ!? いてぇぞこらあっ!」

「うるさい! こっちは食事を楽しんでるのよ、邪魔をしないでちょうだい!」

「て、てめぇ、女に助けられるとか、マジでクズだ――ぐがああああっ!?」

「あんたの方がクズでしょうが! 女将さん、こいつどうしたらいいかしら?」

「外に放り出してちょうだい! そうそう、あんたはもう出禁だからね、ザック!」

「んなあっ!? ちょっと待て、女将! 俺を出禁にしたら稼ぎが減る」

「それくらいで店が一つ潰れるわけがないだろうが! そもそも、あんたは食が細いしほとんど金を落とさないじゃないか!」


 女将さんの暴露に周囲の客から笑い声が溢れた。

 それが恥ずかしかったのか、ザックと呼ばれた冒険者は体を震わせていたがあまり関係なかったようだ。


「女将さんの許可も出たし――とっとと出て行きなさい!」

「ふざけんな! てめぇ如きに俺様がいででででっ! くそっ、覚えておげああああっ!」


 腕を決められたまま無理やり立ち上がらせられたザックが悲鳴をあげると、直後にはエリカがその尻を蹴とばして酒場の外に追い出してしまった。

 外にいた客からもクスクスと笑われて、ザックは一目散に逃げだした。


「……ごめんなさい、女将さん」

「あははははっ! いいんだよ、お嬢さん! それにしても強いねえ!」

「私なんてまだまだですよ。レインズの方が強いですしね」

「へえ、あんたも強いんだね! ザックに喧嘩を売るだけの事はあるよ!」

「いや、別に喧嘩を売った覚えはないんだが……」

「まあいいさ! ザックはシュティナーザでは少ないCランク冒険者だからって威張り腐っていたんだよ! あー、スッキリしたわ!」


 ふむ、あれでCランクか。

 非常に弱かったが、冒険者って実は弱い奴の集まりなのか?

 だが、レミーやギルマスは相当な実力者のはずだ。強者の気配を漂わせていたからな。

 ……たまたまザックが弱かっただけかもしれないな、うん。


「ヒロさん! 今日の支払いはいらないよ!」

「えぇっ!? 女将さん、それはさすがに……」

「いいのよ! 本当にスッキリしたからね!」


 遠慮するヒロさんに笑いながら手を振ると、女将さんは仕事に戻ってしまった。

 俺たちは他の客にも謝って回ったが、何故か全員からお礼を言われてしまう。


「……ザックの奴、マジで問題児だったんだな」


 一人くらいは文句を言ってくる人がいると思ったが、一人もいなかったのだから。

 その後、俺たちは食事を終えると女将さんにヒロさんが声を掛けたが、本当に支払いをすることなく酒場を出たのだった。

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