第24話:治療院のエミリー

 ……おかしい。この雰囲気は、誰がどう見てもおかしい。

 どうしてリムルの機嫌は悪くなっているんだろうか。


『お主のせいであろう』

「お、俺が何かしたのか?」

『自覚がないのであれば、黙っておれ』


 ぐぬっ! ……デンは何かに気づいているようだが、教えてくれない。

 肝心のリムルは俺の隣ではなく、少し前を無言で、これまた大股で歩いている。

 案内を買って出てくれたのに、その態度はどうなのかと思わなくもないが、女性の考えている事を俺が理解できるわけもない。

 何せ、女性と付き合った経験もないし、ジラギースでもエリカ以外の女性と話した記憶すらないくらいだからな。


「……ここを、上るのか?」


 リムルについて進んでいた俺だったが、その先に視線を向けると小高い丘になっている。

 丘の上に一軒の建物があり、そこが目的の場所なんだろう。


「あそこは治療院になっているんです」

「治療院って、何も丘の上に造らなくてもいいだろう」

「足腰を鍛えてもらうために、丘の上に造ったらしいですよ?」


 怪我人や病人が丘を上る光景は、あまり見たくない気もするがな。

 とはいえ、そんな事を言っていても意味がないので、ようやく隣に並んでくれたリムルと一緒に丘を上がっていく。


「……なあ、リムル」

「……」


 ……返事はしてくれないんだな。


「……俺、何かしたか?」

「……何もしてませんよ?」

「じゃあ、なんで怒ってるんだ?」

「怒ってませんよ?」

「……いやいや、怒ってるだろう?」

「怒ってませんってば!」


 ほら、怒ってるじゃないか!


「――あらあら、どうしたんですか?」


 俺がさらに問い掛けようとした時、丘の上の方から柔和な声が聞こえてきた。

 声の方に視線を向けると、そこには白衣を纏った黒髪の女性が立っていた。


「エミリー先生!」

「初めまして。俺は、昨日から移住する事になった、レインズと言います」

「知っているわ。わたくしは治療院を経営している、エミリーと申します」


 声の雰囲気とそっくりな柔和な笑みを浮かべながら、エミリー先生はリムルの頭を撫でている。


「エミリー先生は、私の回復魔法の師匠でもあるんですよ!」

「なるほど。だから先生なのか」

「治療院でも先生なんですから、先生は先生なんです!」

「うふふ。ですが、先生と言っても、レジーナさんの回復魔法の方が治癒力は高いんですけどね」

「えっ? レジーナさんも、回復魔法が使えるんですか?」

「こちらの治療院も、元はレジーナさんが運営をしていたのです。せっかくですから、中に入りませんか?」


 丘の中腹で会話をしていたからか、エミリー先生は歩き出すと治療院の中に入れてくれた。

 治療院と言うだけあり、整理整頓もされていて、とても清潔な空間になっている。


「それで、今日はどうしたのですか、リムル?」

「えっと、レインズさんに村を案内していたんです」

「そうだったのね。それで、レインズさんは村を見てどうでしたか?」


 そう口にしながら、エミリー先生は俺の前に紅茶が注がれたカップを置いてくれた。

 正面からの行動に、俺は目のやり場に困ってしまう。

 白衣を纏っているものの、白衣の下は胸がやや開いた服装をしている。

 ……はっきり言えば、谷間が露わになっているのだ。


「えっと、まあ、その……良い村だと、思います」

「そうですか、それはよかったです」

「……ねえ、レインズさん」

「な、なんだ、リムル?」


 ……リムルの言葉に怒気を孕んでいるように感じるのは、気のせいだろうか?


「……どこを見ているんでしょうか?」

「どこをって、このカップ、だが?」

「……本当に~?」

「ほ、本当だよ! それに、部屋もとても清潔にされているみたいで、心地良いな!」

「うふふ。ありがとうございます、レインズさん」


 声や笑みだけではなく、エミリー先生の持つ雰囲気が柔和なものなんだろう。

 なんだろうが……どこか、色気のようなものを感じるのは気のせいだろうか。

 いや、胸の開いた服装をしているからってわけじゃなくて、妙に人を引き付ける雰囲気を持っているような気がする。


「……これは、ヤバいな」


 俺はそんな言葉と共に出された紅茶を一気に飲み干すと、イスから立ち上がり簡単な挨拶をする。


「魔獣狩りの時に怪我をしたら、お世話になります」

「うふふ。遠慮せずにいらっしゃい。リムルも遊びに来てちょうだいね」

「えっ? あ、はい。もちろんです、先生」


 なんとなく、俺がここに長居するのはマズいと感じ、挨拶もそこそこに俺は治療院を後にした。

 外に出てからしばらくは丘の先にある大きな木を目指して歩き、木を背にするともたれ掛かり大きく息を吐き出した。


「……はああぁぁぁぁ」

『どうしたのだ?』

「どうにも、俺は色気のある女性に弱いみたいだ」

『あれがか? 色気を武器にする女性とは、もっと積極的なものだろう』

「そうかもしれんが、俺は女性と接する機会なんてほとんどなかったからな。……なんというか、あの雰囲気には慣れない」


 解体屋や鍛冶屋では、仕事の雰囲気が強くあり問題はなかった。

 だが、治療院の中で、女性二人とお茶をしている状況に、俺自身が追いつかなかったのだ。


「……はぁ。情けないよ」

『まあ、そこがお主の良いところでもあり、悪いところでもあるか』

「良いところなわけないだろう」


 そんな事を話していると、治療院の方からリムルが追い掛けてきてくれた。

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