第11話悪魔の仮面とワールド・トリガー
「これですこれ~」
数分前に見せた、氷河期は終わりを迎えどうやら、春が訪れたようだ。ミューレの満足気な表情は、それはそれは暖かい。
鼻につくぐらい。
「は、はあ。ありがとうございます」
イマイチ、流れに乗れずにリガルは、手渡された紙(五枚ほど)を受け取った。
「じゃあ、リガルさん」
前かがみになると、艶やかな唇がゆっくりと動いた。
「あっちで話しますか? 二人だけで」と、上目遣いをし、色っぽく言って見せた。
リガルは、そんな彼女を見続ける事なく、紙に目を通しつつ言う。
「ここまで唆らない倒置法は、初めてです」
ポロリと出た本音に軽い舌打ちが聞こえた気がするが、ミューレは舌打ちをするような表情ではなく満面の笑みだ。
「もう~! ミューレジョークじゃないですかあ~。て、冗談はさておき」
──冗談で、肩を何回も叩かないでくれ。
「ここだと人が邪魔……ではなく。人の邪魔になるので、あちらで話しましょうか」
丁寧に手のひらを、小さい部屋に向ける。笑顔で。
この人、実は相当に性格が悪いんじゃないか、とリガルは思いながら頷いた。
「分かりました」
小部屋につくなり、ミューレは扉を閉める。さっきまでヤンヤンと聞こえていた声は、全く聞こえない。
「──でっ、と」
予めリガルが渡していた紙を机(長方形の木製)に並べて座ると言った。
「お父さんとお母さん、大変優秀な方々だったようです」
「それは知っています。詳しくは知りませんが……」
嘗て住んでた家に父や母は殆ど帰ってはこなかった。幼少の頃から、ほぼ一人暮し。それでも、苦に感じる事はなく、憧れを抱き、讃え、誇りにすら思っていた。故にリガルもまた、冒険者の道を進むと決めたのだ。
──皆を支え、勝利へと導く白魔道士として。
「お母さんのフィリアさん。お父さんのダレスさん。おふた方は、勇者シーカーの仲間でした」
そいつらが父と母を殺した犯人なのだろうか。握り拳を作り、痛みと共に脳奥底へ叩き込む。
「そもそも、勇者シーカーを含め五人は、ワールド・トリガーと呼ばれていました。世界を変える力を持った者達ですね」
「ワールド・トリガーですか」
「はい」と頷き、止まることなく話を続ける。
「間違いなく、金等級でトップだったでしょう。各職に順位があったのなら、ですが。故に彼等は、王とも対等な立場にいたと書かれています」
ミューレは、仕事にはやはり真面目のようだ。暗記していて、場所を把握してるのかピンポイントで、細い指を使い記述部分を示す。
リガルは、目を凝らして敷き詰められた羅列をボソボソと声に出した。
「ワールド・トリガーは、王が認めた唯一の対等者である。王の命令をきく他の金等級とは全く異なるものだ。円卓の元、王に命令をさせることもまた可能。彼等五人は、忠誠を誓った、歴代最強のパーティーである」
読み上げが終わると、先程違う女性が届けてくれた水を一口、口に含んで飲み込む。
口内にひんやりとした感覚が広がり、覚えていた怒りが、少しではあるが、和らいだのをリガルは感じた。
ミューレもまた、水を一口飲んだ後に口を開く。
「──で、ここからが本題です」
ミューレの真剣な眼差しが、リガルの赤い瞳を捉えた。
「はい」
「ダレスさんと、フィリアさんは、眠る財宝を手に入れる為、仲間や王に相談もせず、報告もなく、迷宮区(魔王城にたどり着くまでの階層ダンジョン)に行ったとか。そこで、幹部と戦闘になり死んだ。と、書かれています」
「ですが……何故、分かるんですかね?」
「分かる、とは?」
「未だに──息子さんであるリガルさんを目の前に申し訳ありませんが……死体も回収されていません」
「はい」
「迷宮区で死んだとされていますが、なぜ分かるんですかね。まるでそこには、第三者がいるような──あるいは」
悪寒が背筋を這い、鳥肌が全身を覆った時、リガルは喉を鳴らし唾を飲み込んだ。
緊張感が漂う空間で、ミューレは堅い表情を少し崩して再び口を開く。
「とは言え、これ以上の推察は自分の首を締めかねません。今の世の中に不満はたんまりありますが」
「…………」
「逆らって、職をおわれ。最悪、罪人になんてなったりしたら、それこそ死活問題になりますし」
「そりゃ、そうですよね」
言葉では納得したが、ミューレの考察能力やギルドで働いている特有の情報収集能力をどうにか手に入れられないか。
──脅してでも。
とか、最低だと自分でも思いながら口を開いたミューレに聞き耳をたてる。
「リガルさんも、難しいでしょうが、あまり首を突っ込まない方がいいかもしれません」
「本当に難しい話ですね」
ビスケが言っていたのは、やはり正しいのだろうか。ここはシーカーに直接話を聞くのがいいのだろうが──
まともに取り合ってくれるとは思わない。嘘で取り繕うか、敵意を剥き出しにしてくるか。そのどちらかだろう。
「…………」
リガルが眉を顰め黙考しているのを、ミューレは静かに見つめていた。
王に隠れて、シーカーが悪事を働いているなら。
──まずは、王に直接話をできる機会を取得できる権利を得る必要がある。
「ミューレさん」
「はい?」
「金等級になるには、何をするのが近道ですか?」
何かを悟ったミューレは、首を左右に振るった。
「あの、ですね。まずはパーティーを。アメーバトードを」
「あれはたまたま」
冒険者四人を殺したとか、言えるはずもない。
「いや、でも強いですよ俺は」
「まあ、変に暴走されて死なれては、後味が悪いですし……」
眉頭に皺を寄せて、なにやら悩む仕草を見せるミューレ。
「分かりました。なら、リュカさんにお会いしましょうか」
「リュカ?」
「はい。能力を数値化出来る固有魔法を持った女性ですね。まあ、冒険者は数多くいるので、全く意味のない──あ、勘違いしないてくださいね? 彼女の力は耐久値とかも見れるので、色々と使い道はあるのですよ!」
この人は、なんだろうか。人が嫌いなのか。
「じゃあ、リュカさんに見てもらえば良いんですね?」
「はい。私の経験上での平均は……金等級で七九〇」
「ちなみに上限とかはあるんですか?」
素朴な疑問を投げかけると、ミューレは横に首を振るった。
「多分、ないんじゃないでしょうかね。とは言え、今まで数値化出来なかったものがないだけかもしれませんが」
「なるほど」
「なので、ダルいさん」
「おい」
そりゃあ、めんどくさいかもしれないが。本音を名前にしないで頂きたい。
「──の能力値が六五〇以上だったなら、銀等級の依頼をまず提供しましょう」
──訂正もしなかったぞ。
多分ミューレは、銀等級の依頼をリガルに出すつもりはないのだろう。
例えるなら、これは子供をあやす為に言った条件にすぎないはず。彼女はリガルが六五〇を超える力を持っているなんて一ミリたりとも思っていないのだろう。
ミューレにとって、リガルはアメーバトードを一体も倒せない雑魚でしかないのだから。
──上等だ。
「約束ですよ、ミューレさん」
「ええ、約束です」
笑顔を浮かべるミューレに、もう一つの質問を聞くことにした。
「もう一つ良いですか?」
ミューレは、小首を傾げて言った。
「何です?」
「獣人が住む島」
「あ、リガルさんも知ってるんですか?」
「はい? 知ってるとは?」
「獣人が住む島、つまり国が壊滅した事をですよ?」
「は!?」
反射的に勢い良く立ち上る。ビックリしたのか、肩を竦たミューレを力強い双眸で見たリガルは、唇を震わせて言った。
「どう言う事、ですか?」
あの四人組が関与しているのか。だが、彼は、攫ってもいないと言っていた。そこだけは嘘をついてい。
「リガルさんは、パーティー全員が、前衛職の珍しい方々を知ってますか? 剣一人斧一人弓二人の構成なんですが」
「ああ、見たことがあります」
たったまま机に手をつけて、リガルは答えた。
「彼等の情報だったんですよ。私達としましても、コチラに何らかの災厄が降り注ぐかもしれない。嘘か誠かを見極める為、偵察部隊を派遣したところ、それはそれは……」
目を瞑り、首を振るったミューレはとても苦しそうな表情を浮かべていた(今にも泣き出しそうな)。
「アルルの故郷が……」
口は動かさず、小さく漏らす。
ならば、手を握った時震えていたのは──リガルが『その格好のまま家に帰れば、親が心配するだろ。なんだ……』と、故郷の話をしたからだったかもしれない。
「誰が……誰がやったんですか?」
震えた声には、怒りと憎しみだけが宿る。
「あの人たちが言うには、仮面をした黒い悪魔……と。多分、魔王側の勢力でしょう。というか、リガルさん。座ってください」
ミューレの促しに応じて、静かに座ると水を一口飲む。
「だが、なんの為に。獣人達は閉鎖的と聞きました」
「私はそこになんらかの意図があるのでは──と思うのですよ。彼等は何かを隠していた。魔王側はそれを手に入れるが為に攻め込んだ……と」
手を編んで、険しい表情を浮かべサラサラと考察を口にするミューレを真正面にリガルの頭にはある言葉が浮かんだ。
──受け継がれし、魔族を転生させる力ビーストテイマー。
もし、これが──つまりアルルが狙いだとしたら。あるいは、力を守るために、未熟なアルルに家族が託したとしたのなら。
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