第10話帰還
「じゃあ、ファルルへ向かおうか」
立ち上がり、アルルを見ると耳を萎らせる。何か言いたげに、口は言葉を発しずも動く。
「どうしたんだい?」と、リガルはもう一度、屈んで訊ねた。
「あの、今から行く場所は当然、人が……その」
──そりゃそうなるか。
手を握られた時も、彼女の手は若干震えていたことを思い出す。アルルは長い期間、人間の悪意を与えられ続けたのだろう。
リガルは少し躊躇ったが、手を頭に載せた(その際、ファイヤースライムは、リガルの手へと乗っかる)。
毛並みは柔らかく、小さい頃に家族で一緒に住んでいた犬を思い出した。それに、ファイヤースライムも初めて触れたが、ポカポカと暖かい。熱いのではなく、とても暖かい。
「……ッ」
アルルは身を竦ませると同時に、目を瞑る。気持ちいのだろうか。あるいは、ビックリしたのだろうか。少し気になりながらも、数回往復をした時、微動でありながらも耳も尻尾は揺れた。
「大丈夫だ。なんたって、俺は白魔道士さ。アルルを隠す事なんか容易いんだよ」
「はい、です。りがにぃは、その表情の方が良い、です」と、アルルはスライムの上から被せる形で手を置いて、リガルを見た。
「表情?」
「はい、です。怖い人と戦っている時、りがにぃは今と別人みたいだった、です」
──別人。
リガルは、黒いナニカの言葉を思い出していた。自分もいずれは、呑み込まれるのだろうか。その。黒いナニカに。
「黒い色をした魔石と、黒いナニカ……か」
「どうしたです、か?」
「ん、いいや。何でもないよ」
手を離して、一歩後ろに下がるとアルルに杖を向けた。
「じゃあ、今からアルルには【不可視化魔法・レグルド】を唱えるから。俺の傍から離れないでな」
「はい」
頷いたのを確認して、魔力を練り口を開いた。
「
白いエフェクトがスライムとアルルを包み込んだ。
「これで、見えてないのですか?」
「ファルファル?」
「じゃあ試しに、そこにいる鳥に近づいてみ」
指を指すと、ゆっくりゆっくり尻尾をおったてて鳥に近づいて行く。
「おお! 凄いです! 近づいても見え──」
踊った声を出すと、鳥は一目散に羽ばたき去っていった。
スケルトンの時は、知能がないおかげでバレなかったのだろう。
「もう少し、自分の頭に浮かぶ魔法について学ばなくては……よし」
少し残念そうに鳥を目で追っていたアルルに、声をかける。アルルは、狭い歩幅で走り寄って真正面で止まった。
尻尾を振るし、耳はピコピコ動くし。もはや愛犬にしか思えない。見た目は狐っぽいが。
「じゃあ、ファルルへ向かおうか」
「はい、です」と、アルルの手を握り
今はリガルの部屋に二人と一匹でいる訳だが──
「なにもない、です」
スライムを両手で抱えたアルルの第一声だった。確かにリガルの部屋は、ベッドに小さい机に小さい椅子(木製)程度しかない。
鮮やかなものと言えば、唯一一面だけある窓から日を遮る為にあるカーテン(赤い色、因みに今は左右に纏められている)くらいか。
けれど、暮らすのになに不自由はない。一人で暮らすのが不可能なわけではないのだ。
「まあ、何も要らないからな。ベッドにでも座ってくれ。今、飲み物──」
一人で住むには、不自由ではないが、人が増えれば不自由だと身をもって知った瞬間だった。
「買ってくるわ」
皿も何も置いていない台所に手をのせて、アルルを見るなり言った。
流石に初めて来た客人に、何も出さないと言うのは……それに、今になって思ったが服とかどうやって調達するか。
云々考えながら、頷いたアルルを見た後に外へと出た。日はすっかり暮れて、茜色が街を包んでいる。夜に近づくにつれ、街は朝と違う顔を見せ始めていた。朝や昼は老人が目立つが、夜は若者や中年が目立つ。
依頼から帰ってきたり、仕事が終わる時間帯だから当然ではあるが。
出店に面した場所に住んでいるリガルから言わせれば、もう少し静粛にお願いしたいものだ。
ともあれ、喧騒を掻き分け、屋台も素通りして、リガルはギルドへと向かった。
辿り着くなり、重たい両扉に手を添え、息を止めて力を込める。
「……ッ!!」
ゆっくりと扉には隙間が生まれ、ガヤガヤとした声が溢れ出す。リガルは喧しいので眉間に皺を寄せて中へと入った。
「あの、前衛職しか居ない脳筋四人組、今日見たか?」
「朝方は、見たけど今は見てねぇなあ」
「なあ知ってる? 育ちの良いボンボンが冒険者になった話!」
「いんやあ、知らねえ。つか、育ちがいいのに冒険者になるって馬鹿じゃねえの? ガハハハ」
「ダハハハ!! ちげぇねえや!」
「なあなあ、こんな話を聞いたんだよ。仮面の悪魔……お前さんは聞いた事があるか?」
「私、怖い話苦手なんでやめてください!」
様々な声が聞こえる中、リガルはカウンターを一点に見つめてスタスタと歩く。時おり突き刺さる冷たい目線にさえ目もくれず。
「あの、すいません」
「帰りを待ってましたよ~!!」
カウンターに着くなり、ミューレは目尻から涙を流しリガルの手を自然に。極極自然に。それこそ、挨拶をするのとなんら変わらないような感じで握った。しかも、包み込むような、柔らかい感じに。
「怪我はありませんか?」
体をくまなく見て、ミューレは安堵したのか深呼吸を吐いた。
──案外、いい人なのかもしれない。
「無事でよかったですよ~ダナルさん」
──訂正。全く人を覚えていないようだ。
「俺の名前は、リガルですよ」
「あ……」
一瞬言葉をつまらせて、ミューレは笑顔と一緒にリガルの肩を叩く。
「ヤダなあ、ミューレジョークですよお」
そんなジョークは知らない。聞き流して、リガルが親の件を訊ねようと口を開いた刹那、ミューレが小さい箱をカウンターに置いた。
「では、依頼の確認を致しますので、魔石をこちらに」
笑顔で待つミューレを見て、リガルは間抜けな声を漏らす。
「──あ」
「はい?」
「いや、その……」
「まさか未達成ですか? え、一個も魔石を手に入れてない、と?」
さっきまでの明るい声は何処へやら。ミューレの声音は鋭く冷たく、視線も痛い。
返す言葉もなく、短く頷くとそれは、長い長い溜息が顔に吹かかる。いい匂いがしたのは内緒だ。
「私、言ったッスよね? 白魔道士一人じゃ無理だからパーティーを組めって。そしたら、ダカラさんはなんて言いました?」
なんか口調も変わってるし。反応に困るリガルは薄ら開いた口で小い声を出した。
「俺の名前はリガ……」
「カカルさんの名前なんてどうでもいいんスよ」
存在の証明を否定された。もう凄い怒っているようだ。妖精なんて誰が、付けたんだよ、とカウンターの木目を見ながらリガルは思う。言葉には出さず、心底から思う。
嘘をついている女性に、言いたい放題言われるのは癪だが、情報を聞く為には我慢しかない。
「いや、それは……」
「よく、依頼未達成でのうのうと帰ったッスよね~。見た限り、怪我もしてないし。戦ったんスか? なに五体満足で帰ってきてるんスか?」
いや、さっき心配してとか涙目で──
理不尽すぎて言葉も出ない。身動きも取れない。
「すいません。今後気をつけます。それでミューレさんには」
「なんスか? まだ用事があるんスかね? 無用じゃないんですか」
きっとそれは、ミューレがリガルに対してだろう。
「親のことで」
「私、このギルドに務めて長いんスよ」
「は、はあ」
「それなりに、信用もあるし。だから、報酬も比較的高めなんっスよ」
「そうなんですね……」
「理解出来てるっスか? 貴方達に依頼を提供し達成に応じた報酬が、私達のお金になるわけなんスよ」
「初めて知りました」
一切目線は持ち上げず、話を合わせる。
後ろを通り過ぎる人達の目線が凄く痛い。ここに来るまでは、リガル自身全然気にもらなかったのに。
「しっかり、提供してけばそこそこお給料も良いんスよね。まぁ、じゃなきゃこんなむさ苦しい所で働かないっスけど」と、嘲笑を浮かべる。
とても怖い。
「ヤメレさんが、未達成のせいで今日のお金が減るわけなんス」
それは、ミューレの訴えが詰まっている気がしてならない。
「──で、要件はなんでしたっけ?」
やっと元の話に戻ってきた。リガルはミューレの口元を見て(目を見るのが怖いから)言った。
「親とパーティーを組んでいた人達の情報を」
「キュース銀貨二枚」
「へ?」
リガルが間の抜けた声を出すと、ミューレはカウンターを指先でコツコツと叩きながら口を開く。
「はあ、これだから勘の悪い男は……。キュース銀貨二枚。それで、情報を教えるっスよ?」
未達成だったのは事実だし、情報が手に入るなら赤字ではないだろう。リガルは、革の巾着からキュース銀貨二枚を取り出しミューレの前に置いた。
「はい! ありがとうございます~! お父さんお母さんの件、ですよねっ!」
豹変っぷりに、顎を外しそうになったリガルは、言葉も出ないまま頷いた。
「では、ちょぴっと待っててくださいねぇ~」
しっかりと銀貨二枚をポケットに入れ、不備はないか確認した後に、ミューレは奥へと向かった。
「なんて人なんだ……」
この時、リガルはやり返すと胸に誓ったのだった。
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