第9話 ラクタス女性同盟の反乱!

 

 ◇◇◇


「アレクサンドル様!お話がございます!」


「ああ、エレン、サリーナはどうだった?」


「……栄養失調と過労で大分弱っておいででしたが、大きな問題はございません。ゆっくり静養なさればすぐに元気におなりでしょう」


「そうか。良かった……」


「それよりも!問題はアレクサンドル様です!」


「は?俺か?」


「は?じゃございませんっ!サリーナ様を奴隷にすると仰ったそうですね?どういうおつもりですか!」


「あ、いや、それはその……」


「我が国には奴隷制度はないはずですが?」


「いや、うん、ないな」


「ではどうしてサリーナ様に奴隷などと仰ったのですかっ!」


「カッとして、つい?」


「そのような発言をなさると言うことは、日頃から私達女性を軽視していると考えてよろしいですか?」


「いや、そんなこと……」


「言い訳は聞きたくございません。私達ラクタス女性同盟はこれよりストに入ります。アレクサンドル様がサリーナ様に正式に謝罪を行わない限り、全ての業務を放棄いたしますからそのおつもりで」


「えっ、ちょっと、待ってくれ!」


「私どもは後宮でサリーナ様と共に過ごします。では、ごきげんよう」


 エレンがヒールの音を響かせて去っていくのを、アレクサンドルは呆然と見送った。


「あーあ、母上カンカンじゃないですか。おっかないんですよね。ああなると」


「……お前の家族、もうやだ」


「身からでたサビですね」


「馬鹿なことを言ったと思っている」


「じゃあ、はやく謝りにいった方がいいですよ」


「分かってる」



 ◇◇◇


 サリーナがウトウト微睡んでいると、部屋の外から大勢の足音が聞こえた。そっと部屋のドアから覗いてみると、大勢の女性が廊下を忙しく動き回っている。


「あら、サリーナ様。申し訳ございません。起こしてしまいましたか?さ、もっとゆっくりお休み下さい。まだ立ち上がるとふらつきますよ」


「エレン先生、これはどうなさったのですか?」


 百人はいるだろうか。サリーナは集まった女性たちをみて目を丸くした。どの女性も少なくない荷物を持ち、あっちこっちで家具の移動が始まっている。


「ああ、気になさらないで。ちょっとしたお引っ越しですの。サリーナ様は休養が大切ですからね。今日から私も隣のお部屋に控えておりますから、なにかあればすぐにお呼びください」


「エレン先生がそばにいてくださるのですね。安心です」


 サリーナがにっこり微笑む。


「……可愛い。可愛いわ、サリーナ様。大丈夫、わたくしが守って差し上げますからね!」


 突然ぎゅっと抱き締められてちょっとびっくりしたものの、その暖かさにほっとする。


「エレン先生、暖かい……」



 ◇◇◇


 アレクサンドルが朝の仕事を終え、大急ぎで後宮に駆けつけたとき、すでに入り口にはバリケードが築かれ、女性騎士たちが守りを固めていた。


「こ、これは?」


「バリケードでございます」


「これでは通れないではないかっ!」


「はい。王子といえどお通しする訳には参りません。ここは後宮。後宮の主たるサリーナ様のご許可がない限り、アレクサンドル様はお通しできません」


「サリーナが俺に、会いたくないといっているのか?」


「サリーナ様は、現在お休みと伺っております。また、エレン先生から当分の間面会謝絶の通達が出ております」


「んなっ」


「お引き取りを」


「……」


 アレクサンドルは何か言いたそうにパクパクと口を開いていたが、結局は諦めた。エレンがやるといったら徹底的にやるのだ。敵に回すと後が恐ろしい。


 何せ、自分を取り上げてくれたのもエレンなら、育ててくれたのもエレン。亡き母の親友にして、アレクサンドルの育ての母なのだ。


 元々体が丈夫ではなかった母は、アレクサンドルが10才の頃に亡くなった。病気がちな母に変わり、医師でありながら乳母として、リアナやゲインとともに育ててくれたのがエレンだ。しかも、娘はメイド長、息子は侍従長として、一番近くで仕えてくれている。


「会えないのに、どうやって謝れっていうんだ……」


 アレクサンドルは途方にくれた。


 ◇◇◇


 ――――物陰からその姿を確認したリアナは素早くエレンに目配せする。


「ふっ、狙い通りですわ、お母様。普段は夜まで仕事をしているくせにもうここまでやってくるなんて。やっぱりサリーナ様にメロメロなのね?」


「まだまだね。どうしてすぐに追いかけてこなかったのかしら。どうせ変なプライドが邪魔をしたに決まっています。そんな生ぬるい愛し方じゃ女心は捕まえられなくてよっ!」


「そうですわねっ!サリーナ様は……ご自分に自信がないのですね。あんなに、素直でお美しい方なのに」


「一度植え付けられた劣等感はそう簡単に癒えるものではないわ。それなのに、一番やってはいけない人がサリーナ様にトドメを刺してしまった。最悪の出逢いだわ」


「全く、アレクサンドル様はいくつになってもおばかさんですね」


「ほんとね。育て方間違ったかしら。でもね、ひとつだけいいこともあるのよ」


「なんですか?」


「実はね……サリーナ様に『アル』って呼ばせてるらしいのよ」


「えっ?ほんとに?」


 ぷーっ!クスクスクス!二人は顔を見合わせて笑った。


「なんだ、結構特別扱いしてるじゃないですか」


 リアナの言葉にエレンは深く頷く。


「亡くなった王妃様以外、誰にも許したことのない愛称ですからね。王妃様にアルと呼ばれることが、一番の親子の繋がりだと感じておられたようだから……」


「唯一無二の自分の王妃だと認めたということですよね~」


「まあでも、サリーナ様は気がつかないでしょうね」


 エレンは困った顔で微笑む。


「うーん、どのタイミングで教えるか、迷うわね」


 リアナも頭を抱える。


「ま、取りあえず、当分の間ここが職場よ」 


「そうね、お母様。サリーナ様をめちゃくちゃ甘やかしちゃいましょう!」


「おーほっほっほっ!楽しみだわぁー!」


「お母様、悪役令嬢っぽくなってますよ!」


「あらいけない。つい昔の癖が」


「どんな癖ですかっ」


 二人は手ぐすねを引きながらサリーナの元へと向かった。


 ◇◇◇


 ――――その頃サリーナは、何も知らないまま布団の肌触りを楽しんでいた。


「はぁ、お布団……至福!どうしましょう、ベッドから一ミリも動きたくないわ……」


 幸いなことに、今のところ不幸そうなのはアレクサンドルだけだった。

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