第10話 綺麗なお姉さんは好きですか?
◇◇◇
ラクタスの後宮は王宮とほど近い離宮のため、独立した宮殿としての機能を全て兼ね備えている。そのため、王宮と離宮を繋ぐ道がバリケードで閉鎖されていても、何の不自由もなく暮らすことができた。
サリーナは、後宮に来てからというもの、今まで感じたことのない安らぎを感じていた。毎日が楽しく、夢のように過ぎていく。温かい食事に温かいお布団。快適な部屋。そしてなにより、ここにはサリーナを冷たく罵る人が誰一人いないのだ。
「サリーナ様、もうお目覚めですか?朝食はベッドにお運びしましょうか?」
「ありがとう、リアナ。もうすっかり歩けるようになったのよ。食堂にいけるわ」
何かと世話を焼いてくれる世話好きのリアナとはすっかり打ち解け、サリーナにとって気の置けない姉のような存在になっていた。自分の感情に正直で歯に衣着せない性格が、かえってサリーナには安心感を与えてくれたのだ。
「ようございましたね。それではご一緒に参りましょうか」
「ええ。今日は何をするのか楽しみだわ」
◇◇◇
「おはようございますサリーナ様。今日はお体の調子はいかがですか?ああ、顔色も良さそうですね」
「エレン先生、おはようございます。おかげさまですっかり元気になりました。エレン先生のおかげです」
「サリーナ様が頑張ったからですよ。さぁ、今日もシェフが腕を振るいましたよ」
「食事はリアナやエレン先生とご一緒できないのですか?」
サリーナの言葉にエレンは少し考え、にっこり笑って頷いた。
「そうですね。私達はラクタス女性同盟の仲間。仲間同士、食事をしつつ作戦会議と参りましょうか!」
三人は食堂の椅子に腰掛け、朝食を一緒にとることにした。
◇◇◇
「今日の作戦はなんですか?」
「本日の作戦はズバリ!『お風呂で女子力を上げよう大作戦』です!」
朝食を食べながらリアナに尋ねると、リアナは胸を張って答えた。この一週間、毎日『○○作戦』と称しては、サリーナが飽きないように楽しい遊びを提案してくれるのだ。
『メイドさんドレス着せ替えっこ大作戦!』や『今日はスイーツパラダイス!』などのように、作戦の中には単にリアナの趣味なのでは?と思うようなものも数多く含まれるのだが。ときにはメイド達や料理長も巻き込んで繰り広げられるこの遊びがサリーナは大好きだった。
「女子力ですか……?」
サリーナはきょとんとした表情で首を傾げる。
「サリーナ様も大分お体がしっかりして来ましたからね。今まで長湯は禁じておりましたが、そろそろいいでしょう」
エレンから許可が出ると、リアナが大きく頷く。
「ふふふ、サリーナ様を磨き上げたくてたまらなかったのです。やっと許可がおりたんですもの。腕によりをかけて、磨いて差し上げますわ……ふふふふ」
「温かいお湯につかるのは、とても気持ちが良くて大好きです。ダルメールでは水浴びしかしたことなかったので」
サリーナが幸せそうに微笑むと、二人は少し悲しそうな顔をする。確かにダルメールの庶民は、水浴びで体を清めるのが一般的だ。しかし、サリーナは仮にも王族である。ダルメール王宮にお湯の出る浴室がなかったはずはないのに。
「……ラクタスはダルメールよりも寒うございますからね。毎日入浴するのが一般的なんですよ。特にこの後宮のお風呂は『温泉』が引いてあって、一日中綺麗なお湯が使えます。浴室全体がポカポカして温かいので、浴室内でエステも受けられますわ」
「エステとは、どのようなものでしょうか……」
「エステは淑女の嗜み。今日はエステの楽しさをお教えしますわ!楽しみになさっててくださいね!」
リアナが腕まくりをして応える。どうやら『お風呂で女子力を上げよう大作戦』はリアナの担当のようだ。
「ふふ、楽しみにしてるわ」
「お食事の後すぐに入浴するのは体に負担がかかるので、お風呂は一時間後ですね。それまでお庭に出てみませんか?」
エレンの提案にサリーナは目を輝かせる。
「素敵!ラクタスには見たことのないお花が沢山あって、見ているだけでもワクワクします」
「この後宮は長い間使われていなかったのですが、庭と温室は庭師が丁寧に管理しておりましたからね。新種の花の研究もしているらしくて」
「まぁ!本当に新種のお花なんですね。ぜひ見てみたいわ」
「では、温室に参りましょうか」
「はい!」
◇◇◇
「綺麗。まるでガラスのお城ね」
サリーナがほう、と溜め息をつく。
多角形のガラスで作られた温室は、朝日を浴びて宝石のように輝き、溜め息がでるほど美しかった。
「ソファーやテーブルセットも置いてあるので、こちらでお茶会をすることもできますよ」
サリーナはエレンの言葉に目を輝かせる。ダルメール王国ではお茶会などに呼んでもらったことはなく、ひとりで花を眺めるのが日課だった。
「綺麗なお花を愛でながら皆さんとお茶を飲むなんて、素敵だわ……」
「では明日はこちらでお茶をしましょうね!美味しいお菓子を沢山用意してサリーナ様を太らせちゃいますよ?」
「まぁ!うふふ、楽しみだわ!」
「さ、サリーナ様、こちらが庭師のエバです」
エレンに促されてひとりの女性がやってきた。
「ごきげんよう、サリーナ様。こちらの庭を管理しております。エバと申します」
さらりと挨拶をしたエバは、長い栗色の髪を一つにまとめており、パンツスタイルがよく似合う美人だった。ボーイッシュな雰囲気でありながら言葉の端々から洗練された上品さが溢れており、高い教養が身に付いた女性であることがわかる。
「まぁ!女性の方なのですね!」
驚いて目を見張るサリーナに、エバはにっこりとほほえんだ。
「ええ。庭いじりが趣味なんです。どうぞよろしく」
「ラクタスでは男女関係なく、能力のあるものが好きな仕事に付くことが推奨されています。エバも子爵令嬢なんですが、植物を育てるのが大好きで庭師として働いているんですよ」
エレンの説明にまたもや驚く。
「まぁ、女性が!しかも、貴族のご令嬢がみずから好きなお仕事を選んで働けるんですね……」
「ふふ、そういうエレン様は公爵夫人ですし、リアナ嬢は公爵令嬢なんですよ?」
「えっ!そうなんですか!」
「ここでは誰もが自由なのですわ」
リアナが澄ましていう言葉に他の二人も大きく頷く。三人とも、自分の仕事に誇りと愛情を持って取り組んでいるのだ。
「自由……」
「ですからアレクサンドル様が仰ったこと、許せませんの!どんなに頭に血が上っていても、言っていいことと悪いことがございます。この国において男性と女性は平等。王族とはいえ、女性を意のままに支配しようなど傲慢にもほどがありますわ。どんな言い訳も無用です。厳しいお仕置きが必要なのです!」
突然思い出したように怒り出すエレン。普段は優しく上品なエレンだが、この一週間で意外と怒りっぽい性格であることも分かった。実はアレクサンドルの切れやすい性格はエレンに似たのでは?とみんなが思っているのだが、後が怖いので黙っている。
「まぁまぁ、お母様、落ち着いて。でも、私もそう思います。美少女相手に奴隷ごっこを楽しむ変態だったとは、見下げ果てた男です」
「いや、リアナ嬢も結構ひどいぞ?」
二人の剣幕にエバがクスクス笑っている。
(アレクサンドル様、あれからいらしてくれていないわ。夜も結局来てくださらなかった……)
サリーナは寂しそうに目を伏せる。
そんなサリーナを三人はじっと観察していた。
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