第7話 ハーレムは天国です!?

 

 ◇◇◇


「あのう、お食事のご用意はどういたしましょうか?」


 リアナが泣きながら飛び出していってしまったため、取り残されたメイド達が途方に暮れたようにアレクサンドルに声をかける。


「あ、ああ、準備してくれ。そのうちリアナも戻るだろうから」


(わあ、綺麗な人達が一杯。みんなこのハーレムの人かしら)


 サリーナは、見たことのない衣装を着たメイド達を興味深そうに眺めていた。


(凄く素敵な衣装だわ。みんなお揃いなのね。私にもあの衣装をいただけるのかしら)


 ダルメール王国とラクタス王国では気候が違うため、身に付ける衣装も大きく異なる。一年の内ほとんどが厳しい暑さに晒されるダルメールでは一枚の薄布を体に巻きつけるドレススタイルが一般的だ。


 一方、一年中温暖な気候のラクタスではしっかりと縫製されたドレススタイルが一般的だった。


 メイドたちをキラキラした目で見つめているサリーナにアレクサンドルは首を傾げる。


「どうした?メイドが珍しいのか?」


「メイド様と仰るのですか?皆様とてもお美しいので、見とれておりました。あの、とても素敵なお召し物ですね。私にも支給されるのでしょうか?」


「いや、サリーナはメイドじゃないから支給はされないが……」


「そ、そうですか。奴隷の分際で強欲なことを申し上げました。申し訳ありませんでした」


 シュンとするサリーナを見ていると、なんだか凄く悪いことをしているような気がするアレクサンドル。


「いや、そんなに着てみたいというなら着てもいいが。おい、メイド服のストックの中からサリーナが着れそうなものがあったら一着持ってきてやってくれ」


「はい、かしこまりました」


「いいのですか?」


 恐る恐る尋ねるサリーナを困った顔で見つめると、クシャクシャっと頭を撫でる。


「欲しいものがあったら遠慮なく言うといい。まずは食事をしよう。昨日は食事も取らずに眠ってしまったからな。腹が減ってるんじゃないか?」


「食事を……食事を頂けるんですか?私にも?」


「当たり前だろう?」


(良かった!食事が貰えるんだわ!)


 ◇◇◇


 サリーナのために準備された部屋には、ゆったりとしたソファーとテーブルが置かれており、ここで食事をとることもできる。


 サリーナは立ち上がるとふらふらとよろけてしまったので、心配したアレクサンドルはサリーナをソファーまで抱えて行って寝かせ、その隣に並んで腰掛けた。


 サリーナは目の前に並べられた食事に目を見張る。ダルメール王国の王宮でも見たことのない豪華な料理の数々。パンにスープ、新鮮な野菜に果物。一口大に盛り付けられた魚料理や肉料理、卵料理まで並んでいる。


 グラスに注がれたフレッシュジュースの美味しそうなこと!美味しそうな香りが絶えず鼻孔をくすぐり、サリーナは思わず目を閉じてうっとりとする。


「サリーナはアレクサンドル様の奴隷になれて幸せです」


「お前は……今までどんな暮らしをしてたんだ?仮にも王族だろう?」


 アレクサンドルの言葉にサリーナは途端に顔を曇らせる。


「私の母は誇り高いダルメールの民ではありません。王宮では身分の低い卑しい娘と呼ばれておりました」


「は?」


「……申し訳ありません」


「なぜ、謝る?」


「私のような価値のない人間を連れてきてしまったこと、後悔されているのではないですか?」


「お前以上に価値のある人間など、あの王宮には一人たりともいなかった」


「アレクサンドル様は、お優しいのですね……」


 サリーナは少し起き上がり、食事を一口、二口と口にしていくが、久し振りの食事を胃が受けつけない。とうとうすぐに食べるのを諦めてしまう。


「どうした?もう食べないのか?」


「申し訳ありません。とても美味しいのですが、食事を取るのは久し振りなのであまり食べられなくて……」 


「……すぐに胃に優しい食事を用意してくれ。食事の後、侍医を手配するように」


「はいっ」


(サリーナは、いったいどんな仕打ちを受けてたんだ……)


 年齢の割に小さな細過ぎる体。王族とは思えないほどの従順さ。アレクサンドルにはそれが痛々しく感じてならなかった。


「サリーナ。今日からここがお前の居場所だ。誰にもお前を傷つけさせない。心穏やかに安心して過ごすといい」


「アレクサンドル様……」


「ほら、胃に負担の少ないものを用意させた。これなら食べられそうか?」


 メイドが持ってきたスープをサリーナに渡す。サリーナは一口食べると、ほうっと感嘆の声を洩らした。


「とても、美味しいです。これなら、食べられそう」


「そうか、良かった。今後サリーナの食事は医師の指示に従って胃に優しいものを用意するように。食べられるものを少しずつ増やしていこう」


「かしこまりました」


 アレクサンドルはサリーナが食べ終わるのを見計らい、抱き上げるとベッドに連れて行く。


「アレクサンドル様、私、歩きますから」


「何を言ってるんだ。足がふらついてるじゃないか。いいから抱かれてろ」


「はい……」


(アレクサンドル様は信じられないくらいお優しい方だわ。奴隷として連れてこられたのに、こんなに良くして頂いていいのかしら……)


「さぁ、侍医が来るまで休んでいろ。無理をせず、しっかり体を休めてできるだけ食事を取るんだ。」


「アレクサンドル様はどこかにいかれるのですか?」


(もっと、この人と一緒にいたいと思うのは、我が儘かしら)


「ああ、仕事があるからな。後宮専属のメイドを手配してあるから、困ったことがあれば彼女たちに何でも言うといい。後で信頼の置ける護衛騎士も付けるからそのつもりで」


「夜は一緒に過ごして頂けますか?」


「いや、それは……」


「このように、貧弱な体では、アレクサンドル様にはご満足頂けなかったのですね……」


 サリーナは途端に瞳を潤ませる。


「いや、そうじゃなくて……」


「もう、お会いできないのですね……」


 サリーナは、アレクサンドルが側にいないだけで心細く感じる自分に戸惑っていた。


(できればこのまま、お側において欲しい……)


「……夜にまた、様子を見にくるから、それまでしっかり休んでいろ」


「はい!アレクサンドル様!」


「アルでいい」


「アル様?」


「ああ。そうだ、サリーナ」


「アル様、お帰りをお待ちしております」


「……行ってくる」


 ◇◇◇


(まずは、ダルメールから帰ってきた騎士団長に話を聞くべきだろうな)


 アレクサンドルは早足で王宮に急いだ。ダルメール王国でサリーナがどんな仕打ちを受けていたのか、考えただけでフツフツと怒りがわいてくる。


(この俺の婚約者であるサリーナを虐げたこと、万死に値するっ!首を洗って待っているがいい!)


 ◇◇◇


(ハーレムの女奴隷ってこんなに大切にして頂けるのね。名ばかりだった王族とは大違いだわ。最初は怒りっぽいのかと思ってたアル様は凄く優しいし……とても、素敵な方だわ。ここはもしかして天国なのかしら?)


 サリーナは物心ついてから初めてと言える程、心の底から幸せを感じていた。


 そして、アレクサンドルは結局、奴隷ではないと伝えることをすっかり忘れていたのだった。

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