第6話 ご主人様と私
◇◇◇
サリーナが微睡みから目を覚ますと、やたらとデカい男に抱き締められていることに気がついた。苦しくはないものの、がっちりと逞しい腕がサリーナの細い腰をガッシリ掴んでおり、抜け出せそうにない。
(この人、昨日いきなり王宮に乗り込んできた人よね……)
サリーナはなんとか抜け出そうともがくのだが、ビクともしないので早々に諦めることにした。諦めが早いのは長年培ってきた経験によるものだろうか。せっかくなので男の顔をまじまじと観察してみる。
昨日、鬼のような顔をして怒鳴っていた男は、よく見ると綺麗な顔をしている。黒くサラサラとした髪は艶があり、引き締まった口元は理知的だ。今は閉じられている瞳は、どこまても深い、サファイアのような青い色をしていた。
「あなたってとっても綺麗なのに、とってもおこりんぼなのね」
サリーナはツンツンっと、頬をつついてみた。よほど疲れていたのだろうか。アレクサンドルはぐっすりと眠っている。
(今日からこの人の奴隷になるのかぁ。ご飯はちゃんと貰えるのかしら。出来れば、温かいスープが貰えるといいのだけど)
しばらくじっとしているとまた、ウトウトと眠たくなってくる。こんなに柔らかなベッドで寝るのは生まれて初めてだったし、誰かと一緒に寝るのも初めてだ。
いつも薄暗く、すきま風の通る薄ら寒い部屋でひとりで過ごしていたサリーナにとって、人肌の暖かさはあらがいがたいほど魅力的だった。
(こんなに暖かい布団で眠れるのなら、奴隷も悪くないわね)
サリーナはアレクサンドルの胸に顔をうずめたまま、にっこりと微笑む。そして、そのまま眠ってしまった。
◇◇◇
アレクサンドルは困っていた。つい疲れからサリーナと共に寝てしまった。自分にやましいところはないのだが、王族たるもの、未婚の女性と一晩を共にしたとあれば結婚を申し込むのが礼儀だろう。サリーナの名誉にも関わる問題だ。
元々王妃候補として婚約を結んでいたのだ。奴隷の件は無かったことにして、すぐにでも王妃に迎えるべきではないだろうか。
他国の王族から反感はあるだろうが、今のアレクサンドルに正面から文句を言える奴はいない。ダルメール王国から没収した財産をそれぞれの国に返還してやれば、渋々でも引き下がるだろう。
元々そうするつもりだったのだ。それが少し早まるだけだ。かっとなってしまったが、やはり相手はただの子どもだった。想像していた以上に幼く見えるサリーナに対して、とてもじゃないがそんな目で見ることはできない。
王妃として迎え、大人の女性に成長するまで手を出さずに見守る。これが最善の策のように思えた。
相変わらずアレクサンドルの胸にしがみつき、腕の中でスヤスヤと眠るサリーナを見て溜め息を落とす。子どもにするように頭を撫でると、プラチナブロンドの髪がサラサラと指に絡まり心地良い。
「アレクサンドル様、お目覚めでしょうか」
ノックとともにドアの外から声が掛けられた。
「ああ、起きている」
「朝食の支度が整っております。こちらにお持ちしますか?」
「そうだな。サリーナはまだ疲れているようだ。こちらに用意してくれ」
「かしこまりました」
当然のようにアレクサンドルがサリーナの部屋で過ごしたことは周知されているようだし、逃げられそうにない。とりあえず、メイドが食事の用意をしている間にサリーナを起こさなければならない。
「おい、起きろ」
アレクサンドルは寝ているサリーナをそっと横抱きにして、左手で軽く肩をゆする。サリーナは「んっ」と短く呟いてからゆっくり目を開けた。
アクアマリンのように澄んだ水色の瞳に思わず息を呑む。朝日の昇る中、間近で見るサリーナは光を纏って輝くようで。息が止まるほど美しかった。
サリーナは腕の中に収まったままアレクサンドルをじっと見つめると、にっこりと微笑んだ。
「おはようございます。ご主人様」
「んなっ!……」
「昨日は、抱いて寝ていただき、ありがとうございました。お陰でとてもよく眠れました。誰かに抱かれて寝たのは初めてです」
「え、いや、ちょっと」
「これからも、末永くご主人様の奴隷として可愛がって下さい」
「いや、ちょっとまて」
「はい、なんでしょう。ご主人様」
「取りあえずご主人様というのはやめろ」
「では、なんとお呼びしたら良いのでしょうか……」
「アレクサンドルでいい」
「奴隷の私がそのようにお呼びすることは不敬に当たるのでは?」
「いや、うーん、その話なんだが……」
ガッチャーンと食器の落ちる音にぎょっとして振り返ると、メイド長のリアナがワナワナと震えていた。しっかりもののメイド長はゲインの姉であり、同じくアレクサンドルの乳兄妹でもある。
「あ、アレクサンドル様……」
「いや、まて、違うから」
「昨日は、こちらで、お休みになったのですよね?」
「ああ、まぁ、そうなんだが」
「早速一晩中抱いて可愛がって貰っております」
サリーナが無邪気な顔でさらりと爆弾発言を落とす。現に今も横抱きにして頭を撫でて可愛がってはいたのだが。この場合絶対に別のニュアンスに捉えられる。
「そうですか……」
「今日から女奴隷としてアレクサンドル様にお仕えするサリーナでございます。どうぞお見知りおき下さい」
リアナは一度拾い上げたティーカップを再び派手に取り落とした。
「いや、まて、誤解だ。断じて違う!」
「こんな
わぁっと泣きながら行ってしまったリアナを見て、呆然とする。一時間もあれば、アレクサンドルのとんでもない醜聞が城中に広がりかねない。アレクサンドルは泣きたくなった。
「勘弁してくれ……」
そんなアレクサンドルの様子をキョトンと眺めるサリーナ。
(私、何かおかしなこといったかしら。一生女奴隷としてハーレムで仕えろって言われたわよね?)
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