第32話 誰かが叶えた願いの後ろに


「こんにちはっ!笠井春人くん」


吹き抜けた砂埃が立ち消え、強く眩い光の中で俺は目を瞑った。


あれ?俺、勇者に攻撃されてたような気がしたんだけどな。


「まだ死なせないよ?君はアイシャに選ばれてしまったの。だから、勇者になる権利がある。そうでしょう?」


ぶわっと白いカーテンが風になびくように、光が立ち消えて眼下には青い空が広がっていた。


「初めまして、だね?わたしはルナ・ポセイドン。この世界を束ねる女神だよ?」


「女神、ときたか」


「どう?それっぽく見える?」


くるんとその場でステップを踏んで一回転した女性。銀色のヴェールを被っているのだが・・・これはどこの衣装なのだろうか?結婚式で花嫁が着るアレだろうか?


ぐぬぬぬ。まだ女性の衣服に対する知識が足りないな。


薄い生地。胸元はパックリ開いていて水晶のペンダントが煌めいている。アイシャに負けず劣らずの巨乳の持ち主だが、気になったのはエメラルド色のドレスの先にある魚の尻尾だ。


「人魚!?」


「そうそう。海の神様っぽくしてみたよ」


「あんたが神様っぽいってのは認めざるを得ないんだが・・・なんで俺はここに呼ばれたんだ?」


「今、君死にそうだったでしょ。どうやって乗り切るつもりだったの?」


どうもこうも、あいつの・・・勇者の攻撃で焼かれてしまうところだった。まだ、俺自身が状況を把握できていないところがあった。


「なんで、あいつは俺に攻撃してきたんだ?戦闘狂とかか?同じ日本人なんだろう?」


「そんなのこの世界に慣れたらみんなおんなじです。弱肉強食の世界だからね。まだチュートリアル中の君をわたしが助けてあげるね」


「というか、勇者になってるはずなんだけど、何で俺には何も力が無い、のぅう!?」


瞬間、大地が割れた。地震?地殻変動?生易しいものじゃない!


陸地は、何千年もかけて隆起するはずだ。そんな常識が崩れ落ちる。


手をついていた地面の先。サラサラと砂が落ちる。その先には・・・


は?なんでマグマ!?


なんで火口みたいなのができあがっちゃってんのおおお!?


反対側の崖に佇むやつが叫んでくる。


「一度、やってみたかったんだよなぁ!」


「あなたは、いつも自分のことばかりですね」


ため息をつくように女神様から出た声が、高温で歪んだ空間を渡る。この状況にびくともしない彼女に、俺はただ驚くしかない。


だ、ダメだ。この人たちには敵わない。こっちに来るべきでは無かったのかって、弱気が押し寄せる。


そんな時、ふわっとした、うちの店の近くの公園の草の匂いがした。







「落ち着いて。大丈夫ですから」



思わず振り返ったけど、誰もいなかった。


それは隣にいる女神様の声でもない。


さっきまで一緒にいたアイシャの、優しい声が俺の耳に届いたのだった。

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