第28話 本当の自分は君のために

加速度的に落下して、目を閉じる。


歩道橋の上の雲が、焼け尽くす赤に照らされて、その方向に風が突き抜けた。


長い道を歩いている。大学から彼女の自宅までの距離は電車で言うと3駅で、最寄駅に着いてからも、そこから30分歩く。


俺と彼女は、そんな長い距離でも、なんともなしに歩いていた。楽しかった。夕焼けがいつか消えてしまうことを物語っていて、ずっと長くは続かないけど、この景色を覚えていられたら、なんてそんなことを考えていた。


言葉たらずだった。いつだって、たくさん話すのは舞で、俺は聞き役みたいな感じだけど、それで良いと思ってた。


受け身でいたから、気づかなかったけど。


真っ暗で何も見えないけど、暗闇から、浮かぶのはアイシャの泣き顔だった。


アイシャは良く泣く子なのかもしれない。王女様を守る役目は、俺には荷が重すぎる。泣くのを見たくないから、ここで役目を終わらせようと俺が言う。


遠くで見守るほうが、傷つけなく済むね、と俺が言う。


覚悟を決めてない、自分の中でループしてる決まり文句が、何度も顔を出す。


ーーーでもさ、違うだろ?嘘なんだろ?


嘘つきが、「最初からこうなる運命だった」と言う。


「幸せになるようになっていない」


「自分には、必要ない」


と俺に言う。


ーーーでも、



俺が何か考える度に痛む胸も、


忘れることができない思い出も、


全部、俺だ。


「嘘つきは、最後まで嘘をつきやがれ」


幸せになりたくないわけじゃない。ただ、終わりが来るのが怖いだけだ。


あの帰り道、2人で見たあの夕焼けの色を、思い出せたのなら。


また、色が灯った世界を歩いていけるなら。


ーーーアイシャの笑った顔が、また見たいな。


吸い込まれそうな雲の赤に魅せられて、歩道橋の上に来た。いつの間にか、隣にいた舞は消えていた。


代わりに手のひらに持っていたのは、ボディ子の作ったライオンの形のクッキー。ちょっと絵が怖い。牙が大きく描いてあって、女の子向けじゃない。


「はは、しっかりしろよ、ってか」


目を閉じれば、あの、夕焼けの永遠に続くフレームの中に自分がいる。


俺はそこに、例え独りよがりでも、アイシャを連れて行きたいと思った。


思い出を、アイシャとも共有したい。そんな俺が嘘つきから解放されるには、戦うしか無いのかもしれないと、自分にすら見せたことのない、覚悟を決めた。

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