第26話 その愛は血よりも重いか

「お、おとうさまが来ますっ!どうしましょう?」


慌てるアイシャを横に見て、俺も少なからず動揺していた。


「親が子を探しにくるのはえーな」


「えっ?アイシャちゃんって家出娘なんですか!?」


「流石は元勇者。侮ってなどいませんでしたが・・・困りましたね」


「ボディ子、俺は使い物にならないから、アイシャを奪われないようにしてくれないか?」


「他力本願すぎるー!!もうっ!店長を殴りたくなりますが、仕方ありませんね」


事情を説明しなくても協力してくれるボディ子は本当にありがたい。


話し合いで済めばいいけど・・・俺にそんな交渉力も度胸も無いし・・・かといって仮にもし戦闘になったら逃げることしかできない。


ボディ子の腕の中にいたアイシャが、うんしょと抜け出して地面に降り立つ。


俺を、じっと見ていた。


「店長は・・・ハルト様は優しい人ですか?」


「やさしい・・・のか?わかんねぇ。お人好しっては言われるかも」


「その優しさを、何のために使いたいのですか?」


なんだろう?んー、夢はでっかく世界平和?いや、違う。俺はそんなでかいことを成し遂げるやつではない。ちまちまと靴を作る職人気質なんだよ俺は。


そんな陰気さを醸し出しちゃう俺は、欲張らないから、もう一度でいいから、誰かと一緒に、寝る前のベッドで楽しい明日を考えていたいんだ。


「自分の大切な人を、守れるように優しくありたいとは思うけど・・・今、そんなこと聞いてる場合か?」


優しさを生かすのって難しいよな。だって優しいと感じるのは他人で、自分ではわからないし。やり過ぎるとお人好しと呼ばれるし。優しさの適量ってほんとわからない。


「ハルト様は不思議な方ですね。勇者になれる素質があると思います」


「え?」


「ゆうしゃ?勇者!今、アイシャちゃん勇者って言いましたよね?これから何が始まるんです!?」


「ハルト様、勇者になりたいとは思いませんか?優しさを力に変えて、このアイシャと共に歩んでくれませんか?」


ぶわっ、と風が吹き、景色が一変する。


赤い花びらが吹き抜けた後、目の前に現れたのは、昨日の夜中の純白のドレスのアイシャだった。


いや、自分で着替えられるなら、最初から言ってよ!


「わたしは、グランドベル王国の王女にして、魔女と言われる存在です。そんなわたしと、契りを交わしてください」


「ち、契りってごめん、エッチな意味じゃ無いよね?」


「ハルト様が望むなら、わたしはあなたを勇者にすることができます。お父様とも、戦えます」


「戦う前提の話かよちくしょおおお!!」


話し合いの余地なんて無かったよ!


そこまで言って俺は言葉をそれ以上出すのをやめた。


なぜなら、今まで誰もいなかった場所に、突如として白髪の男が現れたのだから。


「ーーーアイシャ」


褐色の肌の口元が少しだけ動いた。


その格好が異質。銀の肩当てと胸当ては砂を被ったようにどこか黄色く光る。


そして、


なぜこいつはアイシャの名前を知っている?


「ボディ子ーーー!」


俺の声より先に動いたボディ子がアイシャを抱きかかえ、男と距離を取る。


ボディ子の腕の中でアイシャが震えながらも口を開く。


「お、お父様ーーー」


「来るのがマジで急すぎて・・・」


絶対誰か追って来るとは思ってた。だからアイシャだけしかこっちに来れないなんてそんな都合の良いお花畑な展開を少しでも期待していた俺をぶん殴りたい。


彼女は言った。結婚式前夜だと。


彼女は言った。逃げてきた、と。


「如何にも」


未だその紅い瞳はアイシャしか見据えていない。その瞳には黒く粘った憤怒が揺らめいている。こちらのことなど、まるで御構いなしという感じだ。


「カイル=グランドベル。そこにいるアイシャ=グランドベルの父親である」


こ、この人が、いや、この方が・・・


アイシャのお父様か。


名乗ったカイル様が、スッと瞳の怒気を収め、子を優しく宥めるような目になる。


「反抗期の言い分は後で聞こう」


反抗期?違う、アイシャはーーー


「ーーー帰るぞ、アイシャ」


勇者との結婚に絶望して逃げたんだ。


アイシャがボディ子の腕から下りる。


ボディ子が手を離したら、そのまま連れ去られそうな、遠くに行ってしまいそうな酷く既視感のある感覚になる。


でも、アイシャは俺に向かって言った。


「大丈夫です」









































「お父様、わたしは帰りません」


「何だと?」


カイル様の目つきが変わる。


「わたしは、もう、幸せを見つけました」


言いながらも額から汗が流れ落ちるアイシャ。俺でも、やばい。この威圧だけで吐きそうになる。


その圧倒的なプレッシャーを浴びながら、アイシャは絞り出すように言った。





「わたし、は!お父様とお母様のように、夫婦仲睦まじく、暮らしたいだけっ!でもあそこにいたら、それ、は・・・叶わない、永遠に!」





彼女の精一杯の叫びだった。目に涙を浮かべ、必死になって訴えている。





「逃げた先で、わたしは、この方に出逢いました。平凡でもいい、ただ、ただ、愛した人と一緒に幸せになりたいと願っていた。それは、わたしの夢と似ていて叶わないものでした」





必死に隠していたはずの俺の未練を、アイシャは代わりに言ってくれているような気がした。


「それでも、同じ夢を見ることはできます。失敗した過去があるから、それを糧に前を向けるんです。わたしは、もう迷いません!」












「ーーーだから、わたしは、この人の夢を叶えます。傍にいます。この人の傍で、ここで、暮らします」






































「その綺麗事の愛は血よりも重いのか?」







低く焼き切れた声は殺気を伴い弾ける。


ズン、と地鳴りがあたりに木霊し、いきなり地面に黒い穴が空く。ーーー落ちる!アイシャを、守らなきゃ!


「ボディ子、アイシャを守れ!」


「先輩、大丈夫。死んでも守るから!」


「おう、約束したからな!もし破ったらお尻ぺんぺんだ!」


「セクハラ魔人の先輩はたまに守らない癖にー!」


俺がおまえにセクハラ?したことないだろ!濡れ衣はよせよ!


俺たちは光の無い闇の中に落ちていった。


まだ見える空に手を伸ばす。そこには見下ろすように首を傾けるカイル様がいて、


「貴様か・・・」


と初めてカイル様がこっちを見た気がした。



ーーーーーー


以下、作者の独り言です。


一度出来上がったブロットを崩すのはとてもしんどいのですが、やり切りました。残したいところは残しつつ、って感じですね。どうしても、描写が硬くなりすぎてしまうので、そこを直しました。


これから戦闘シーンに入りますが、多分、前よりも殺伐とはしないと思います。雰囲気を壊さないようにしたい!(必死)


感想お待ちしてますね!

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