第20話 19

久々に穏やかな時間を過ごし、ワンシーズン先のものを売ることを考え、季節の流れを先取りして進んでいく俺の頭がリセットされた。なぜだか得した気分になる。初夏の暑さはそこそこに、穏やかな風と満腹感が眠気を誘う。


「すー。すー」


一曲歌い終わり、いつのまにか寝てしまったアイシャ。


「昨日、アイシャちゃんはあまり眠れなかったんですかね?」


「そうかもな。俺は爆睡してて気づかなかったけど、初めて俺の部屋で寝たんだ。緊張してたんだろうな」


アイシャには悪いことをした。今日は俺、床で寝ようかな。


「それなんですけど先輩。この子、絶対ワケありですよね?」


勘が鋭いボディ子はいつ話そうか機を伺っていたようだ。アイシャが寝てるし、頃合いだと考えたんだろう。


「まぁな。なんでわかった?」


「先輩がわたしに頼る時は全てワケありなので。もう慣れましたが」


「あれ?そうだったっけ?」


「先月だって、流星くんの彼女に粘着質なストーカーが来て、先輩に呼ばれたわたしが撃退したじゃないですか」


「そうだったな。あの時は助かったよ」


「全く!男二人で兄弟揃って情けない!先輩にはご恩があるので頼まれたら断れないんです。こんなわたしの気持ち、考えたことあります?」


情けないのは言い返せないが、ボディ子の気持ちは知らねーよ。


「別に断ればいいじゃんか。ご恩って俺はボディ子にそんな大層なことしたっけ?」


「先輩は覚えてないかもしれませんが、したんですよ。まぁその話はいいです。今日わたしに課されたミッションは何ですか?」


まぁ、今日だけじゃないんだけどな。


「ボディ子、アイシャを守ってくれ」


「先月とたいして内容変わりませんね!男のプライドはどこに捨ててきたんですか!?」


「いや、男のプライドを捨ててでもアイシャを守る。守ることが俺のプライドだ」


「ミジンコのプライドですねぇ」


おい、ミジンコバカにすんな。あいつらだって懸命に生きてんだぞ。


「・・・頼んだぞ」


「頼まれるに当たって、ひとつ条件があります」


ボディ子が項垂れた頭を上げて俺に向き直る。


「ボディ子が条件だなんて珍しいな」


「元カノさんを守るっていうの、破棄してもいいですか?」


「ああ・・・それか。・・・ダメだ」


「はい?」


「舞の婆ちゃんとの約束でさ、守るって決めてんだ」


正直、この件は笑って流そうとしていた。これは、いつか教員になるボディ子がなんかの縁で舞と一緒の学校に勤務する、そんな確率の低いことを想像しながら、彼女の力になってあげられればいいな、的な俺の自己満足なんだから。


約束は守るものでしょ?でもさ、俺はもう別れちゃったからそれはできない。やろうとしてもそれはお節介だし、いい迷惑だし、下手したらストーカーになっちゃうからね。











「・・・いい加減にしてください」







その顔は今まで見たこともない表情だった。人情溢れるボディ子に冷たさが混じり、静かに怒りを押し込めているような、そんな感覚が伝わってくる。


「舞さんはもう他人なんですよ!?」


ボディ子の言い分は止まらない。


「そんな昔の約束、別れた後も引っ張ってきてお人好しするんですか?しかも今舞さんには彼氏がいますよね?」


「うん、そうだね」


「寝取られてまで相手を気遣ってどうするんですか!?気持ち悪いですよ。わたし、しませんしできません。たとえ先輩の頼みだろうと、絶対に!」


「ボディ子、俺は・・・」


「そんなに好きなら、なんで別れたんですか!?あの時ならまだ先輩勝てましたよね?なんなら校長とかに浮気してるよって言って二人の仲をぶった切るくらいはできましたよね?戦うべき時に戦わなくて!それでわたしには守れと?馬鹿なんですか!?」


「ボディ子・・・ごめん」


俺は、とりあえず一旦身内だと決めたやつにはずっと優しくするって決めてる。でももう舞は・・・


「何に対して謝ってるかわかりませんが。・・・わたしはアイシャちゃんが一番可哀想だと思います。しっかりしてください。先輩は今アイシャちゃんの彼氏ですよね?次に舞さんの話をしたら口にクッキー詰めて沈めますからね」


いや、舞の話をしたのはボディ子だよね?でもまぁ、言い返さない方が良さげだ。


「わ、わかった。さんきゅーな、ボディ子」


「いいですよ。面倒ごとはわたしがなんとかしますから。優柔不断先輩はアイシャちゃんを大切にしてください」


舞うんぬんは置いといて、ボディ子が味方で良かったと思う。


「それにしても、めちゃくちゃ可愛い子ですね。守りがいがありそうです」


無防備な姿で眠っているアイシャを見つめるボディ子さん。


そういえば、こいつ子供好きなんだよな。見た目で怖がられるだけで、子供のためにあれこれ世話するのが得意だ。


「良かったですね、先輩」


「ん?何が?」


「今日の先輩、とっても楽しそうです」


こんなに前向きな気持ちになったのは舞と別れて以来だろうか。


「悪かったな。心配かけて」


「ほんとですよぅ!もう!」


ドゴーン!!


ボディ子の肘打ちが空になった重箱五段を吹き飛ばした。


近くにいなくて良かったとマジで思った。

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