第19話 18
「こんにちはー!先輩、いますかー?」
そろそろ来る頃かと思っていたやつが来た。
「ボディ子か、入ってくれ」
「お邪魔しまーす」
背の高いボディ子でも店の入り口はなんでもなく通れるのだが、俺の自慢の厚底靴を愛用してるのだろう。今日は少し屈んで入ってきた。
「でっ、でっかい・・・」
「何この驚きのご対面」
アイシャとボディ子は初めてお互いの存在を確認した。その身長差は単純に五十センチを超え、身長だけだと親子と間違えそうな感じだ。
もちろんアイシャは見上げてるしボディ子なんか上からの鋭い眼光がアイシャを捉えて離さない。
「は、はるとさま・・・」
声を震わせながら助けを求めてきたアイシャ。
その睨みは蛇でも殺せそうだ。アイシャが完全に萎縮しちゃってる。
「ボディ子、顔、怖くなってる」
「あ、ごめんなさい。わたし視力が悪くて凝視してしまいました」
そう言って素早くお辞儀をするボディ子。その角度は九十度でちょうどアイシャの顔のところにボディ子の頭がきて、風圧でアイシャに巻いてたストールが乱れる。
トドメを刺されたかのように涙目になるアイシャ。あー、泣くよなぁ。子供でも泣くもんそれ。
「ボディ子、プランB」
横目で俺の指示を確認したボディ子。
「かしこまりっ!!」
青のオーバーオールに身を包んだボディ子はお辞儀をやめると、素早く胸ポケットから可愛らしいクッキーを取り出した。クッキーの形がクマさんになっている。
「わたしは熊谷翔子。みんなからはボディ子と呼ばれてます。お近づきの印にどうぞ」
そう言ってアイシャの顔の前に包みを出すと、アイシャは驚きながらも両手で受け取る。
「このクッキー、一枚だけパンダさんが混じってるんだよ。どこにいるかな?」
ボディ子、話し方間違ってるぞ?完全に子供用の対応で仲良くなりたそうにしている。
「パ、パンダさん!?」
綺麗にラッピングされてるクッキーを見ながらアイシャは楽しそうだ。アイシャ、パンダってわかんの?
よし!なんか知らないけどアイシャもノッてきた。勝てるぞ、ボディ子!
「可愛いお姫様、あなたの名前を教えてください」
精一杯の笑顔で名前を聞き出そうと頑張ったボディ子。
ノリが昨日の夜中の俺と一緒じゃん!
「アイシャ・グランドベルと申します。こんなに可愛らしい焼き菓子をありがとう。大切に食べますね」
「あ、アイシャ・・・ちゃん?」
ぷるぷると震えてるボディ子。挨拶を返してもらえて嬉しいのかな?良かったね。
「ど、どうしよう、先輩。わたし、今アイシャちゃんを抱きしめたくて仕方ないです」
「やめろー!アイシャが怪我する、骨折するからこっちのマネキン抱きしめて!」
こうしてボディ子のエネルギッシュな抱擁でマネキンがまたひとつダメになりました。これで三回目です。はい。
ーーー
ボディ子にアイシャをひとまず彼女として紹介して十一時。開店前に昼飯を食べなきゃならないので、店の近くの公園に行くことになった。
「アイシャ・・・昼飯前d」
「おいひーれす、このふっひー」
おいしそうに食べますね姫様。もう何も言うまい。
弁当よりも先にクッキーの味の感想を聞きたいボディ子が胸ポケットからさらにライオンさんクッキーを取り出し、アイシャに渡していた。
もう餌付け状態である。
「先輩も一枚いかがですか?」
そう言ってクッキーを差し出してくるボディ子。
ボディ子の手がでかいから小さく見えるけどこのクッキーでかくね?
「ボディ子の弁当の量を考えたらいらないわ」
「左様で」
「おいひーれすよぉ?」
アイシャ、君はボディ子の弁当を知らないからそんな呑気でいられるんだよ?
「今シートを広げますね?」
またしてもボディ子は胸ポケットからブルーシートを取り出す。そのポケットどうなってんの?
「先輩、今日は重箱にしてみました。たくさん食べてくださいね」
「いや、なんか今日めっちゃ気合い入ってますね?どうしたんですかボディ子さん」
おそるおそる俺はいち、に、さん、し、五段の重箱の一番上を開けた。
「おめでとうございますっ!先輩っ!」
なんとっ!重箱一杯に敷き詰められた白米。
その中央には桜澱粉がハート型にかためられている。
さらにそぼろ肉で文字が書いてある。
『おしあわせに』
「幸せになってやるよちくしょー!!」
俺はヤケクソになって食べ始める。一時間で食わなきゃいけないんだろ?これ!!
「あああ、先輩待ってください!今日の弁当の説明をッ」
「ボディ子さん、いただきましょう?」
ナイスアシストだ、アイシャ!
こうして五段の重箱はなんとかみんなで食べ終わり、ボディ子の機嫌は最高潮。
今日も俺はボディ子の心を傷つけずに済んだのだった。
「だが、くそ、腹が一杯で苦しい・・・」
「やっぱり先輩無理してたんじゃないですか・・・」
「マジでボディ子の胃はどうなってるの?」
そんな巨体で手のひらサイズ(ボディ子の手)ちんまり弁当なんてあんまりだ!米一升イケそうな気がするのに。
「のどかですねぇ」
「ここ街中なんだけど・・・」
太陽に照らされてキラキラと金髪が輝いている。その周りには雀が集まってきた。あと、ハトも。
ボディ子のクッキーの残りをばら撒いてるわけでもないのに、アイシャの肩に雀がとまり、ハトが頭の上に陣取っていた。
「Canann éin agus réaltaí......Fiú agus é ina luí ar an talamh......」
アイシャはそっと目を閉じて、高らかに歌い出した。
歌詞の内容はわからない。だけど、その神々しい歌声は、この公園にいる全ての人が聴き入ってしまっていた。
もちろん、俺も。
しばらく、時間も忘れてアイシャを見つめていた。
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