第8話 7

ーーー静まり返る休憩室。


アイシャさんの言葉の意味を理解しようとして、すぐに無理だとわかった。なぜなら俺の頭の中の英単語にそんなものは存在しないからだ。


無理やり区切ってdinnerとミーハーとstarに分けたところでミーハーはそもそも日本語だし、わけがわからない。


ただ、先程の王子役を諦めた流れは彼女によって無かったことにされている。つまり俺の役割はかろうじて生きている。よってアイシャさんの理解不能な発言からも彼女の意図を汲み取らなければならないのだ。


腕におっぱいが当たってるしな。


「ああっ!言ってしまいました・・・」


アイシャさんは真っ赤にした顔を隠すように俺の腕に押し付けてきた。ビバ役得!!


「Don't scare her too much」


「Oh.sorry...」


社長が何か言ってウェルさんが申し訳なさそうにしている。あんまり彼女を刺激するなよとでも言ったのだろうか。


「ごめんなさい。ごめんなさい・・・」


アイシャさんはウェルさんに何度も頭を下げて謝っているが、アイシャさんの日本語がウェルさんにいまいち通じていないようだ。


なんとかフォローしてあげなきゃな。


「アイシャさん、そんなに謝ってもウェルさんには通じてないみたいだよ」


テンパってるアイシャさんを落ち着かせようと声をかけてみる。だが、彼女は顔を青くして俯いてしまった。コロコロ変わる彼女の表情は可愛いが、別にいじめたいわけではない。本当に。


「とりあえず落ち着いて情報を整理しようか」


社長の一言でひとまずみんなが無言になり、話し合いが始まったのである。



ーーー


「さぁ、アイシャさん。えっと・・・あなたの名前は本名ってことで話を進めます。それでは、まずアイシャさんから話してください。


社長の切り出しで場が浮き立つ。丸テーブルに俺の正面は社長、ウェルさんが俺の右にいて社長がウェルさんに通訳をしてくれている。俺の左にはアイシャさん。そしてアイシャさんの左隣に咲さん、という布陣になっている。


ドレッドヘアの強面社長の正面の席に座るのは入社面接以来でちょっと怖いけど、この人は見た目とのギャップが激しい。身内に超絶優しいのだ。


「改めまして、わたしはアイシャ=グランドベルと申します。今回、出目のわからないわたしを匿ってくれたこと、心より感謝申し上げます」


匿ったってどういうこと!?俺そんなつもりないけど!?


という俺の心の中のツッコミは社長のドスの効いた視線によって霧散する。いや、社長。俺じゃないです。俺じゃないですからね!


頭を下げたアイシャさんに合わせて全員が合わせて会釈をする。誰も話さないことを確認したアイシャさんは話を続けた。


「まず、この場はそれぞれ異なった言語を持つ方の集まりですので、情報の共有に時間がかかります。よって、わたしの魔法を使用する許可を頂きたいのです」


魔法!?突然ナンノコトデスカ?


そしてアイシャさん、さっきもそうだけど最後に俺を見つめるの止めてください。この場の決定権は社長にあるから、俺に振られても答えられない。


俺がチラチラと目で社長に助けを求めると、社長が口を開いた。


「その魔法を使うことによって、こちらに不利益はあるのか?」


「今、この場ではありません」


「では使用を許可しよう」


「ありがとうございます」


頭を下げたアイシャさんが目を開く。先程まで蒼く澄んでいたその目は赤く光っていた。彼女の体から霧のように赤い粒子が広がると、それは部屋を埋め尽くした後、元の部屋の色に戻っていく。


突然起きた摩訶不思議な現象に俺は言葉も出ない。


部屋の色が元に戻ると、アイシャさんの目が蒼い目に戻っていた。


「終わりました。ウェルさん、話してみてください」


「えっ、僕?えーっと、とりあえずアイシャさんは英語を話せるんだよね?」


ん?なぜウェルさんがこんなに日本語使えるの?


「ウェルさん、日本語話せたんですか!?」


咲さんが驚いて叫ぶ。社長も目を見開いていた。


「日本語?読むことはできるようになったけど、まだまだ話せるレベルじゃないよ?そして君の奥さんは英語が話せたのかい?」


咲さんが英語を話せるわけ無い。飲み会でテンション上がった彼女がパーリーピーポーって良く言っているが、あれは意味を理解しないでノリで言ってるやつだろう。


「これは凄いな。本当に魔法のようだ」


社長のお墨付きをもらったアイシャさんは、安心したように胸に手を当てて溜息をついた。


どうやらアイシャさんのおかげで、この場にいる俺たちは共通の言語を習得したらしい。

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