第6話 5
「ブラジャーが無い!アイシャちゃんちょっと待っててね」
ドアの向こうがバタバタと騒がしい。
トイレに逃げ込んでから俺は壮絶に後悔した。逃げ方が童貞臭くてカッコ悪かったなと。別に俺は童貞じゃないし、アイシャさんは見ちゃダメだと言ってただけで俺はあの場にいても良かったのではないかと。まぁ咲さんにどっか行ってと言われそうな気もしたが。
そして俺は難聴系主人公でも何でもないので咲さんの叫びはバッチリ聞こえていた。
と、急に携帯のバイブレーションがらポケットから伝わる。電話は社長からだった。
「お疲れ様です」
『笠井、今から人連れてそっちに行くから動かなくていいぞ』
「来てくれるのは有難いんですけど、誰を連れてくる気ですか?」
『うちの取引先のやつだよ。男でスウェーデン出身だけど、悪いやつじゃない』
うちに服を輸出してくれてるとこの人か。
「できれば社長だけ来て欲しかったんですけどね」
時刻は深夜零時半。中断された作業にまた取り掛かるのは億劫だし、社長にさっさと女の子の件を処理してもらって帰りたい。だがうちの取引先が来たら、なんだかんだで話に付き合わなきゃいけないではないか。
『何をそんなに警戒してるんだ?ははーん、さてはおまえ、その金髪の女に惚れたのか?』
「違います」
『大丈夫。スウェーデンに美人の奥さんがいる妻帯者だから安心しろ』
妻帯者が仕事のために、奥さん放っておいてこんな極東の国まで来てるっておかしくね?
「全然安心できない情報をありがとうございます」
『おまえが靴以外で惚れる女かぁ。楽しみだな』
社長。まるで俺が靴にしか惚れたことが無い男みたいに言わないでください。
「ではまた後ほど」
今日はろくにもう眠れないんだろうなと俺は覚悟を決めたのだった。
ーーー
ガタガタ色んな音がするので、トイレから出ることにした。
目の前の作業場は散らかってなんぼだと思うのだが、奥の方で本社の品を勝手に散らかしてる咲さんを見て、後で社長に怒られないか少し不安になる。
まぁ、咲さんの仕業だとわかれば社長は何も言わないだろうけど。
「かーんせーい!見て見て!ハルくんのお姫様はこうなりましたー!」
俺は咲さんがヒラヒラさせてる手の方を見て思わず息を呑む。
咲さんのコーデならスカートを着用するものだとばかり思っていたが、そんな思い込みは裏切られた。
その趣向はまさしくボーイッシュと言われる服装だった。
夜中まだ出歩くのに寒いだろうからとチョイスされた黒のニット帽からはアイシャさんの綺麗な金色の髪をさらに引き立たせている。
白シャツに萌え袖のベージュのカーディガンかと思いきや、まさかの七分丈。暑苦しくなく、それだけで活発な明るい女の子に見えてしまう。
そして青のショートパンツから見える黒レギンスの足が細く、長い。アイシャさんはあまり身長が無いのだが、そのすらりとした足は十分すぎる武器だった。
そして足元を彩る赤いスニーカーは全体の色を引き締める良いアクセントになっている。
その立ち姿はまさしくパーフェクトと呼ばれるにふさわしい。雑誌に載ってもおかしくない完成度だった。
そして肝心の本人はと言うと・・・
顔を真っ赤にして俯き、蒼い瞳をうるうるさせてカーディガンのポッケに手を入れながら照れていた。
可愛い!!!
「良い仕事しましたね!咲さん」
「ふっ。服職として当然のことをしたまでだよ。ところでハルくん?」
「なんでしょう?片付けならしませんよ?」
「え?」
「え?」
この後二人でめちゃくちゃ片付けしました。
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