第3話 2


立ち上がった彼女の頭がちょうど俺の顎下に来て、ふわりと良い匂いがした。ちょっとびっくりして後ずさる。


「お名前を伺っても?」


「アイシャ=グランドベルです」


「いや、じゃなくて本当の名前を知りたいんですけど・・・」


「わたしは嘘をついていませんよ?」


はいはい、もう埒が明かない。


「とりあえず、明るい場所にご案内しますね」





深夜の会社の作業場はLEDの蛍光灯により明るく照らされている。きっと暖色系の照明ならムーディーな雰囲気になるであろう木の椅子や机は、散らかっている書類や本で台無しだ。


「ごめん、今片付けるからここに座ってくれる?」


いつの間にか彼女に対する口調が普通に戻ってしまっていた。慣れないことをするもんじゃないね。掴みはバッチリだったみたいだけど、これ以上続ける理由は無い。


荷物をどけて空いた椅子にアイシャさん(仮称)がちょこんと座る。


ふんわりウェーブの金髪、碧眼、整った顔に純白のドレス。幼さと優雅さを合わせ持つ見事なコスプレ。


思わず感想が口から漏れ出す。


「あんた、宝石みたいだな」


「褒めるのがお上手なんですね」


にっこりと笑顔を見せるアイシャさんに、俺は何も言い返せなかった。


「お名前を教えてくれますか?」


「俺の名前は笠井晴人。ここの従業員だ」


「カサイ様・・・カサイが名前で、ハルトが家名?」


なんだろう、今のはコスプレ界のテンプレボケネタなんだろうか。


「いや、名前がハルトでカサイが家名」


「ありがとうございます。勉強になりました」


凛とした品のあるお辞儀をされる。


さて、どうしたものだろう。もしかして俺はとんでもない勘違いをしているのかもしれない、が。兎にも角にも従業員としてやる事はひとつ。社長への報告だ。


今日、社長は街で飲み会らしいから、こんな時間でも電話に出てくれるだろう。


『どうした?泥棒でも入ったか?』


「お疲れ様です。いえ、ラッキーがいるから泥棒なんか来ませんよ」


『じゃあ何の用だ?生憎今日は女の子と飲んでないから紹介はできないぞ?』


今日は、ってなんですか。咲さん怒りますよ。


「社長、隠し子います?」


『は?おまえ何言ってんだ。頭おかしくなったのか?』


「まじめに聞いてるんですけど」


『おまえ、咲に何か言われたのか?」


ええい、まどろっこしい!


「今、会社の犬小屋で金髪のお姫様の格好した女の子拾ったんですけど、社長の知り合いとかじゃないですよね?」


『その子の名前は?』


「アイシャって言うらしいんですけど」


『知らんな。ちょっとその子連れてきて』


「じゃあタクシー使いますね。あと、彼女の格好が目立つので、咲さんに助けを求めてもいいですか?」


『いいぞ』


「では失礼します」


さあ、次は咲さんに電話だな。

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