第4話

今日は、花火大会の日。

タケルくんの演奏を聴きに行った「ご褒美」なのか、はるかのレッスンスタジオの庭から見る花火大会に誘われていた。


昨日から近隣の県に出張に来ていて、仕事を終え、はるかの家へ向かう。

そろそろ着くとLINEをしたら『花火大会の前に如月きさらぎ汰央たおくんのレッスンを入れている』と返答が来ていた。


タオくんは、1年半前に進学のために俺の実家近くに引っ越すことになったという生徒だ。

ピアノの先生を紹介してほしい、とはるかに頼まれ、彼の経歴を読み、俺の師匠を紹介した。

つまり、俺の元カノの元生徒でもあり、門弟でもあるわけだ。


でも、実際に会うのは初めてで、どんな演奏をするかは知らない。

派手な入賞歴を見る限り、相当弾ける子ではあるだろうけど。

レッスン室に着くと、タオくんらしき少年がピアノにイスに座っている。


俺に気付き、イスから立ち上がろうとする彼に静止するように言う。


「ああ、いいよ、そのままピアノの椅子に座ってて。話をする前に演奏を聴こう」


タオくんは、軽やかなスカルラッティ、民族的雰囲気のバルトーク、リズミカルなハイドン、そしてしっとりとしたチャイコフスキーのノクターンを演奏した。


全国大会で演奏する4曲だろう。


なかなか面白い演奏をする。

テクニックも身についているし、生き生きとして人を惹きつけるーーーそう、タケルくんとは別の惹きつけ方だ。


素直に「いい演奏」だな、と思えた。

さすが俺の門弟。

師匠の保木先生の指導力は相変らず、というより、さらに磨きがかかっているのだろう。

もちろん、夏休み中に全国大会の曲を指導しているという、はるかの指導力も。


タオくんの講評は、花火大会を見る準備をしてから、ということにして庭に出る。

はるかは今、東京を離れ、叔母の住む地方都市に引っ越している。

1階がレッスンスタジオで2階が住居だ。


横に住む叔母である由紀子さんは、はるかの母親の妹で俺も顔なじみ。


「由紀子さんは?」

「向こうで準備してるはず、声掛けてきてくれる?」

「りょーかい」


隣の家へは、通り抜け出来るよう一部の壁が取り壊されている。


「由紀子さーん」

玄関に向かって声をかけると、横の掃き出し窓がガラッと開く。


「圭ちゃん!こっちこっち!

ここに焼き鳥とか飲み物が入ってる保冷バッグ置いてるから、持っていってくれる?」

「はいはい、先に焼き鳥持っていきますよ~」


花火大会があると聞いて、色々準備してくれていたのだろう。

庭にテーブルやイスが出されていく。


「圭ちゃん、その保冷バッグごと持ってきてね」

「ハイハイ、由紀子サマ」

「男手があると、やっぱり楽ねぇ、はるかちゃん」

「ですよね、しかもピアノ弾かない男性の」

「おい、はるか!俺だって、昔は一応ピアニストだったんだぞ!」

「昔はね~!」


はるかと由紀子さんは、相変らず仲がいいようだ。

昔から、この二人は馬が合う、とお互いを言っていたけど、変わりないようで安心する。

準備がひと段落してイスに座る。


「さ、大人はビールか!」

「圭ちゃん、エビス取って~!」

「由紀子さんは、発泡酒じゃないんですね」

「当たり前じゃない、ようやく半年ぶりに帰国したんだから、美味しい国産ビール飲ましてよ」

「半年ぶりですか」

「そ。1ヶ月休んで、またフィリピン」


看護師である由紀子さんは、途上国の医療支援の仕事をしている。

昔からバリバリ働き、はるかが最も尊敬していた女性だ。


「はるかは?いつものでいい?」

「うん、ありがと」


Budweiserバドワイザーを手渡す。

「さ、乾杯~!」


「タオくん!全国大会出場おめでとう~!」

「がんばりま~す!」


さっきの演奏の講評を話していると、花火が上がる10分前になる。


タオくんは、由紀子さんがあまり日本にいないことが気になっていたらしく、由紀子さんに尋ねる。


「あの…由紀子さんって…」

「あ、私ね、看護師なのよ、昔は県立病院で働いてたんだけど、この15年はNPO法人で途上国の看護支援に行ってるの」

「それで…あんまり日本にいないんだ…」

「そう、独身で子どももいないしね、社会貢献に生きようと思って」


はるかは、レッスンで疲れていたのか、あっという間にビールを1本飲み干す。

俺は、はるかに2本目のビールを手渡しながら、これまで由紀子さんに伝えてこなかったことを話す。


「由紀子さん、そんな風に簡単に言うけど、なかなか出来ることじゃないですよ。俺、尊敬してますよ、実は」


本当に、安定した職を投げうって、なかなかできることじゃない。

大人になった今だから、それは余計に感じるのだ。


「ふふ…まぁ、可愛い姪っ子のはるかちゃんも横に住んでくれることになったしね、安心して家を開けてるわけよ。

ホントは圭ちゃんがはるかちゃんのお婿さんになって来てくれるのを期待してたんだけどね」


大学生だった俺を可愛がってくれた由紀子さん。

『圭ちゃんなら安心ね』

そう言ってくれたことを、懐かしく思い出す。


横目ではるかの様子を窺ってみると、はるかは知らん顔。

面白くない。


「それも悪くなかったなぁ~でも俺、振られちゃったからなぁ~」


はるかは、少なくなったお皿の上に焼き鳥を追加しながらけん制してくる。


「タオくんがいるんだから、あんまりそういう話はしたらダメ!」


…本当に面白くない。


ド――ン!


「あ、始まった!」

「いや~綺麗だね~ビールも進む」

「圭吾、泊まりとはいえ飲みすぎないでよ、面倒だから」


飲みすぎるのは、きっとお前だよ。

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