第3話
「お姫様、綿あめはいかがですか?」
「ありがと」
花火のスタートは8時だ。
人混みから少し離れた土手に陣取り、はるかちゃんご要望の綿あめを買ってきた。
「綿あめ食べるの久しぶり〜」
満足そうなはるかちゃんの横顔を見て、安心する。
「ずっと聞きたかったんだけど、はるかちゃんはどうして音楽高校に来たの?」
「私、ピアノ好きそうじゃないでしょ?」
ズバリ、俺が疑問に思ってた理由を言い当てられてドキリとする。
「小学校からね、プロテスタント系の学校に通ってたの。女子校でね、馴染めなかったんだぁ〜
でも、中等部から高等部って、ほぼ100%内部進学なのね。
高校は別の所に行きたいって親に言ったら大騒ぎになって…これは高校を変えるには何か理由がいるなって」
「で、ピアノ?」
「そう。幼稚園の時からピアノは習ってたし、これなら何とかなるかもって。それを話したら母も急に乗り気になって、あれこれお膳立てされちゃってね。
私は、あの学校から逃げたいだけだったんだけど…
でも、結構いいかげんに習ってたから、中2から慌てて本気で練習した」
すごいな、それでうちの高校受かるんだ…全国でもかなり演奏の難易度が高い高校なのに。
「だから、ピアノが特別好きなわけじゃないの。
でも、大学受験もめんどくさいし勉強したくないから、内部進学で大学に進んで卒業できるくらい演奏できればいいかな。
あ、ごめん。圭吾くんは目標があって通ってるんだよね」
「俺はピアニスト志望」
「だよね、康平が、コンクールでよく名前を見てた北山圭吾が隣のクラスにいるって、一年の時に大騒ぎしてたもん」
「ピアニストになるために、音楽高校に進学した。やる気満々で初登校した入学式ではるかちゃんに一目惚れした」
「でも、オンナにうつつを抜かすことなく、ピアニストの目標に向かって邁進中!」
何のいじわるだろう?
はるかちゃんが、右腕をガッツで振り上げて言う。
「邁進中だし、それは揺らがない、でも…」
パーーーーン
花火が上がり出した。
「わー!きれいー!
こんな近くで花火見るの、いつぶりだろう」
大きな花火が一斉に上がり、暗闇が彩られる。
「花火より、はるかちゃんの方がきれいだよ、って言ったら、引く?」
「圭吾くんさ、そんなことばっかり言ってないで、花火楽しんだ方がいいよ」
綿あめを食べながら、花火を見続けるはるかちゃん。
「花火見ながらでいいから、聞いてよ。
俺の夢はピアニストになることだし、その手段として音楽高校に入ったけど
はるかちゃん、君に彼氏として認められたい
もっと君に頼りにされたいし、守りたいとも思ってる」
はるかちゃんは、じーっと花火を見ている。
「ほんというと、少しでいいから甘えてくれないかな、とも思ってる」
「…甘えてもいいの?」
ようやく花火から目を離し、俺を見てくれた。
彼女にとって、それは意外な言葉だったようだ。
「彼氏に甘えるって、普通だと思うよ」
「そうなの…
…でも、私、甘え慣れてないかも」
「俺で慣れたらいいじゃん」
そう笑いかけると、はるかちゃんが少し和らいだ顔をした。
「じゃあ…
やっぱり、手、繋いでみて」
そう言われて、はるかちゃんの手を見つめる。
小さな手。
この手で、よくピアノが弾けるなと思う。
「手、握るけど、いい?」
「うん…大丈夫」
俺はもう一度確認してから、はるかちゃんの手にそっと触れ、そして指を絡めた。
「はるかちゃん、大丈夫?」
「うん、でも…やっぱり腕の方がいいかも」
「そしたら、腕にしよう。俺はどっちでも嬉しいよ」
静かに、はるかちゃんの指から手を離し笑いかける。
少し離れて座っていた彼女は、俺の近くに腰掛けた。
「圭吾くんて、優しいんだね」
そう言いながら、おずおずと俺の腕に手を回してくる仕草が、愛おしい。
「今ごろ気付いたの?」
「うん。口から産まれた調子のいい人だと思ってた」
「酷いな…」
彼女の手の温かさが、腕から伝わってくる。
こんな側に、入学式で一目惚れした彼女がいる。
「調子乗ってもいい?」
「なに?」
「キスしてもいい?」
その言葉を発した途端、俺の腕を掴んでいた彼女の手が固まるのを感じた。
急ぎすぎたか?
ガッついてるみたいに取られるかも
発した言葉に後悔し始めた頃、
「いいよ」
え!!
「キスが好きかどうか分からないけど、してみないと分からないし」
はるかちゃん…なんかズレてる…
だって、それは相手にも寄ると思うよ…
そう言おうかと思ったけど、そんなことを伝えたら『やっぱりキスはダメ』と言われるかもしれない。
黙ってキスした方が得策だ。
「じゃあ、キス、するよ?」
「うん」
「目、つむって?」
「あ、そうか」
そっと、彼女の唇に触れる。
柔らかい
唇が触れているだけなのに、まつ毛の揺れを感じる
もっと触れていたかったけど、嫌がられると困るな、と、ゆっくりと唇を離してはるかちゃんの顔を見る。
「…どうだった?」
これで、やっぱり嫌だったなんて言われたら終わるなと思いながら、最悪のパターンを覚悟しながら聞く。
「キスって…
温かいものなのね」
「う…うん。そうだね。あのさ、
嫌じゃなかった?」
「嫌じゃない、というか、どちらかというと好きかも」
それが、俺のファーストキスだった。
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