第9話

後半の部の演奏が終わり、ホワイエのイスでひと段落していると、ようやくはるかから話しかけられる。


「圭吾、来てくれてありがとう」

「お前忙しそうで、全然話しかけてくれないから、俺忘れられてるかと思ってたよ」


横にはタケルくん。

俺を見て、演奏前に目が合った人だと気付いているような素振りだ。

俺は立ち上がり、タケルくんに握手を求める。


「はじめましてタケルくん、北村圭吾と言います」


間近でみる彼は、俺より10cmほど背が低く無表情な、朴訥とした印象を受けた。

細いイメージを持っていたけど、実際に握った手は、指が長く筋肉質。


「うん、いい手をしているね。ピアノを弾いている手だ、さ、ちょっと座って話そう」

「タケルくん、圭吾はね、私の大学時代の友人なの」

「そ、悪友」

「こら、やめて、生徒の前なんだからね!」


はるかから、直接生徒を紹介されたのは初めてだ。

そうか、俺の紹介って、こんな風にされるのか。


エオリアン・ハープと田園の感想を聞かれる。

はるかと二人で話している姿を、横で静かに聞いているタケルくん。

あまり喋らないタイプなのだろうか。


『開演5分前です』


5分前のアナウンスが入り、はるかはバタバタと準備を始める。


「最初から聞いておきたいから、圭吾、よろしくね。で、18日は来てね」


そう、18日は花火大会がある。

LINEでタケルくんの年齢や、ピアノを始めた時期なんかをやり取りしている中で、俺が18日に近隣の県まで出張で来る予定だ、と伝えたら、花火大会を庭から見るから、来る?と誘われたのだ。


今回、タケルくんの演奏を聴きに来たご褒美、といったところか。


「了解。俺、今日のフライトで帰るから、またLINEするわ」

「オッケー」


ホールに戻るはるか。

あっさりしたもんだ。

俺に、未練なんて一ミリもないのがよく分かる。


残されたタケルくんは、どうして俺と二人で残されたのかと思っているはずだ。

しかし、それを顔に出してはいけないだろう、と苦心している表情だろうか、これは…。


「タケルくん、ちょっと話したいことがあるんだけど」

「はい」

「急に何のことか分からないね。ええと、一応名刺」


名刺を渡し、所在を明らかにする。

これ、社会人の鉄則。


『株式会社 ミュージックコミュニケーションズ アソシエイト事業部 クラシック部門 北山圭吾』


「大学ではピアノ専攻でね、卒業後はこの会社でコンサートの企画や育成事業に携わっているんだ。まぁ、はるかとは時々連絡とってるんだけど」


そこまで言ったところで、タケルくんは一瞬固まったように見えた。

俺とはるかの関係を疑っているのだろうか。


…面白いな…。

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