第8話

タケルくんがその日演奏した曲は、ベートーヴェンのピアノソナタ「田園」の第1楽章とショパンのエチュード「エオリアン・ハープ」だった。


改めて舞台で見ると、ほっそいな~

肉食ってるのか、肉!

ピアニストはインテリ土方なんだからな。

気取って弾いてたって、体力無かったら表現しきれないぞ。


さてと、どんな演奏をするのかな。


田園が始まる。


お、わりと演奏するじゃん。

ドミナントの低音の使い方とか、結構上手だな

上手って失礼か、センスのある使い方をしている。


メロディーに強い意志。

人を惹きこんでいくパワー。

ちょっとした間に訪れる、なんともいえない感傷。


でも、ちょっと不安定。

途中から、何か爆発したような演奏に突き進む。

中間部って、こういう演奏?

なんだか、ずいぶん自由に弾いちゃうんだな。


俺なら確実に制御する部分だ。

もちろん、盛り上げなきゃいけない部分ではあるけど、田園らしさとか、古典派らしさとか、そういうConcept概念って無いのかな?


うーん、謎だ。


2曲目のエオリアン・ハープは和声感がいい。

音色を上手に内声に入れて、響きは操れている感じはするけど。

バッハとか得意なタイプだろうか。


でも、明らかにテクニック不足だ…


高校1年生だろう?ハノンとツェルニー、ちゃんとやったのか。

モシュコフスキーとか、もう少し入れたら良くなるだろうか。


あれこれ、目につくところが出てくる。


とにかく俺は、ツェルニーを鬼のようにやったタイプだから、どうしても気になる。

高校1年のころにはツェルニー50番も抜粋で終えて、リストの超絶技巧とかも弾いていたし。


師匠に、アジア人でピアニストを目指すなら、ツェルニーは絶対にやっておけって言われてたからなぁ…


今はちょっと状況が違うのか?

最近の若い子の演奏って、こういうタイプが多い気がする。


2曲目のエオリアン・ハープを聴き終えて、謎な演奏だけど…なるほど。

はるかが俺をわざわざ呼び寄せた意味が分かった。


なにか人を惹きつける。


結局、最後に演奏家として必要なのは、これだ。


上手に演奏する人はたくさんいる。

テクニックがある人もたくさんいる。


でも、多くは演奏家として活躍できない。

人を惹きつけられないからだ。

それはきっと、俺を間近で見てきたお前が強く感じていることのはず。


そういう意味で、やり方次第で彼はかもしれない。


それをわざわざ俺に突き付けてくるのか。



−−−お前はいつでも、俺に残酷だよ。

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