part5 呼ばれた・Ⅱ

 舞は疾走する、心咲の住む団地へ。

 流れる景色の中にいる、一様に虚ろな気配を漂わせた人々を目で追う。


──これどうなってるの⁉

〈僕も分からない!〉

──そ、そっか……ヴェノンコーヴィルは倒したから、原因じゃ「うわっ⁉」〈っと⁉〉


 舞は前方に佇む男性に激突してしまった。大きくよろめいたが、何とか立ち止まる。


「……ん?」


 舞は何かに気付いたが、その肝心の『何か』が分からなかった。


「……ごめんなさい!」


 舞は一応男性に誤り、先を急ぐ事にした。


〈……何か、誤魔化されている気がする〉

──私も何となくそんな気が……ん?


 走っている途中、舞がよく利用しているコンビニに差し掛かった。

 コンビニの店員は、全員外の様子に困惑しているようだった。


──あの人達は何で平気なんだ?


 疑問に思いながら、舞は視線を前方に戻す。


──よく考えたら、私も心咲も椋も、宇田川刑事も……共通点は何だ?

〈舞、今は考えている余裕は〉

──ないよね……見えた!


 前方に、団地が見えてきた。

 舞はスパートをかけて、心咲が住んでいる棟へ急いだ。


 建物に飛び込み、心咲の住む部屋がある三階まで駆け上がる。

 舞の目に飛び込んできたのは、玄関先で必死の形相を浮かべて心咲の家族を押し留める、二人の友人の姿。


「心咲、椋!」


 舞が叫んだ瞬間、心咲と椋子が突き飛ばされた。


「心咲ごめん、荒っぽくやる!」


 舞が心咲の母親に飛び掛かると決めた瞬間、母親と冴理さゆりは、糸が切れたように倒れ込んだ。


「な、え?」


 突然の出来事に、舞は困惑した。


「お母さん? 冴理?」


 心咲の呼びかけに、二人は答えない。

 舞は深呼吸して、心咲の母親と冴理の首に触れる。


「……大丈夫、脈はある。呼吸も普通」

「本当?」


 舞は心咲に頷きながら、冴理の身体を左横に向けた。下顎を前に出して顔を地面に向け、両肘を曲げ、右手を手の甲を上にして頭の下に入れる。右足の膝を曲げ、腹部に引き寄せた。


「何してるの?」

「回復体位。意識障害の人にはこうした方がいいんだって」


 不安そうに聞いた心咲に淡々と答え、舞は心咲の母親も同じように姿勢を変える。


「あ……救急車呼ぶね!」

「わ、わたしも……」


 椋子と心咲が、思い出したようにスマートフォンを取り出した。


「……舞ちゃんどうしたの?」

「周りの人、皆倒れてる」

「え……」


 心咲が周囲を見渡すと、自分の家族以外にも、上階へ続く踊り場や窓の向こうにも倒れている人がいた。


「どうなってるの、これ?」


 舞は黙って首を振った。判らない、の意だった。


「まず、救急車呼ぼう」

「う、うん……」




§




 同時刻。


「──大丈夫ですか⁉ 聞こえますか⁉」


 応援を呼んだ宇田川は、周囲に倒れる人達に声を掛け、肩を叩いていた。一人として目を覚ます人はいなかったが、呼吸や脈が止まっていたり、死戦期呼吸(突然の心停止直後のしゃくり上げるような呼吸)をしている者はいなかった。


「彼女は大丈夫なのだろうか……」


 宇田川が舞達三人の事を考えた直後。遠くから、救急車のサイレンが聞こえてきた。


「まさかどこも似たような状況なのか……?」


 呟いた瞬間。

 宇田川の耳に、救急車のサイレンを踏みにじるような足音が聞こえてきた。

 弾かれたように音が聞こえた方──パトカーを走らせてきた方だ──を見る。


 一人の男──警官がいた。電信柱の真新しい街灯に照らされている。

 その顔が、制服が、血と臓物でどす黒く染まっていた。


「な……⁉」


 警官は血染めの凶悪な笑みを浮かべ、絶句した宇田川に襲い掛かった!




§




 舞が『緊急通報』のボタンを押そうとしたその時、


「────⁉」〈────‼〉


 舞とウィリアムは、得体の知れない──決していいものとは思えない感覚に襲われた。


──ウィリアム、今のって

〈……今のは……〉


 複雑に絡まった感覚を、二人で言語化していく。

 危険、恐怖、警告、焦燥、使命……解けた言語ものは確かなのだが、どうにも『しっくりこない』。


──いや、これは〈そうか、これは〉


 二人が導き出した答えは、『殺気』だった。ここ数日、舞とウィリアムが何度も浴びせられている気配。

 宇宙怪獣ヴェノンコーヴィルが放つ、あの殺気だ。


「舞ちゃん?」

「…………」


 舞の異変に気付いたのか、心咲が不安そうに声を掛けてきた。

 119番通報をしている椋子も、事情を説明しながら舞を見る。


「どうしたの?」

「あ……え、っと」


 どう誤魔化そうか、そもそも誤魔化せるのか迷い始めた瞬間、舞の脳裏に、身に覚えの映像が過ぎった。


 宇田川が、闇を塗り込めたようなどす黒い人型の何かに襲われるイメージ。


「宇田川刑事……?」


 舞は混乱して、気付いた時には思わず呟いていた。


「え、なんて?」

〈舞!〉

「……っ、二人共ごめん、ちょっと行ってくる!」


 舞は立ち上がると、急いで階段を駆け下りた。


「え⁉」

「ちょ、どこ行くの⁉」


 二人に呼び止められ、舞は振り返った。

 逡巡し、伝える事を最低限だけ選んだ。


「……危ないから、ここを動かないで」

「「舞ちゃん⁉」」


 舞は振り返らず、棟から飛び出した。


──ウィリアム、どっちに行けばいい⁉

〈ええと……〉


 ウィリアムはすぐに答えなかった。困惑した様子だった。

 舞は少し考え、


──もしかしてあっち?

〈え……ああっ、あっちだ‼〉


 舞が指したのは、来た道だった。


 次の瞬間、何かが破裂するような音が響いてきた。

 舞の知識で一番近いものは、動画サイトで何度も見聞きした『銃を射撃する動画』。


凄まじい殺気、縁起でもないイメージ、銃声(暫定)。つまり、殺気の源がある可能性が高い場所は、


「宇田川刑事の所だ……!」


 考えを口に出した瞬間、二度目の破裂音が響いた。


 舞は、宇田川刑事の元に急いだ。

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