part4 呼ばれた

 発動妨害が間に合わなかった。


 闇色の光を纏った最大最強の一撃が、空気を否、空間を貫いて迫る。


 回避、受け流しパリィ間に合わできない。防御!

 ──予想通り防ぎきれない。大ダメージ、致命傷一歩手前の重すぎる一撃。


「っ──!」


 息を呑みながらも、冷静に転がって追撃を避け、体勢を立て直す。

 死にかけHPは二ミリだし、回復手段もない詰みに等しい


 だが。


「まだ、まだ生きてる……次のチャンスに全部賭ける!」


 ともすれば失敗フラグになる台詞を吐き、呼吸を整え、相棒武器を握り直す。


 一、二、三、四連撃。一つ一つはそこまで気にしなくていいダメージの攻撃だ。無論四つ全て喰らえばそれで死ぬし、今はどんな攻撃だろうと掠めるだけで死ぬ。


 防御は危険だ。こうなったらもう全部避けるしかない!

 限界に迫り続ける戦いだ。刻一刻と、精神的に追い込まれていく。


 次の瞬間。

 跳び上がった。目に、脳に焼き付けた、回り込むように回避するだけで絶対に一撃入れる事の出来る、叩き付けのモーション!


 チャンス! きっと、最大にして最高の!


「────あぁっ‼」


 回避成功!


「とぉっどおおおおぉぉけえええええええええええええええええええええ!」


 昂る思いのままに吼える。反撃は一回。それで、全てが決まった。



 その瞬間、休日全てを使い果たし、水野 心咲は『エンプティ・スター トロフィーコンプリートRTA』を達成した。



「っしゃあああああああああ!」


 画面暗転と同時にタイマーを止めながら叫んだ。


「記録は──七時間十分十九秒! 自己ベスト更新です! 完走した感想ですが……、暫くはのんびりゲームしたいです! 以上! ではエンディングを見ながらお別れとなります! 最後までご視聴ありがとうございました!」


 ボイスレコーダーの録音を止め、その場で仰向けに倒れた。


「……こっから編集かぁ~……」


 心咲は心底嫌そうに言った。さっきまでの勢いは完全に失われていた。


「動画何本分だこれ……倍速多用して十分ちょい×十三パートくらいに収められるかなあ……」


 まあ無理でも数増やせばいいけど、と消え入るような声で呟き、天井を眺める。

LEDの蛍光灯が眩しい。すぐに顔を横に向けた。


「舞ちゃんも椋ちゃんも、お母さんも冴理さゆりも、RTA走者わたしの気持ちは分からないって言ってたけど……この達成感は何物にも代えられないのよお。動画編集はめんどいんだけど」


 乾いた、しかし充足感に満ち満ちた笑いを、部屋に染み込ませる。

 一頻り笑ってから、心咲がゆっくりと上体を起こした。


「はぁ。クリア報告しよ……ん?」


 心咲が手に取り、電源を入れたスマートフォンに、真新しい通知が一つ。


「椋ちゃんから?」


 Discordのアプリを開き、全文を確認する。

内容は、『そろそろアレの準備したいんだけど、今お金どのくらい持ってる?』といったものだった。


「あ~……んっと……」


 心咲は普段使っているリュックサックから財布を引っ張り出し、中身を検めて返信する。


心咲:現在の残金…6216円

心咲:『アレ』って、誕生日プレゼントの事だよね?


 三日後の七月十七日は、舞の誕生日なのだ。

 舞曰く、両親がいつ帰ってくるか分からないから、一人で祝う事になるかもしれない。らしい。

 心咲と椋子は、そんな事にはさせないとすぐに言ってみせた。そこまでは良かったのだが、


椋子:ご明察。こっちのお金は4016円だから、半分ずつだせる物でどう?

心咲:それでいいと思うけど、問題は舞ちゃんがもらって嬉しい物が何かって事で

椋子:それなあ……

椋子:アタシ、舞ちゃんの好きな事は知ってても何を欲しがるか全然知らんし

心咲:こっちも。

椋子:どうすべ。ケーキでも作る? 生地からクリームから

心咲:お菓子作れるの? 前も言ったけどわたし無理よ?

椋子:アタシも出来ないよ?


──んじゃ何で聞いたの?


そんな素朴な疑問をどうにか飲み下し、少し考えて返事を送る。


心咲:……じゃあ、いっそ本人に聞いてみる? 「(欲しい物を)言え!」みたいな

椋子:いいね! それで行こう!

心咲:えぇ……(困惑)即決?

椋子:だって他にいいアイデアないもん


「あー……」


心咲:分かった。言い出しっぺだし、明後日までに聞いてくるね

椋子:了解! お願いね!

心咲:任せとき


「……ああ、大変な事になった」


 言葉とは裏腹に、楽しそうに言いながら、ふと時計に目を遣った。

 現在時刻、午後十時四十七分三十五秒。


「こんな時間か……お風呂入って寝なきゃ……」


 そう言った瞬間、急に空腹感に襲われた。

心咲は、水分補給はしていたが、食事をしていなかった事を思い出した。


「……その前に、ご飯」


 心咲は立ち上がると、電気を消さずに部屋からでた。

 リビングには、母親と冴理がいた。二人共、ぼんやりと立っていた。


「あれ、珍しい。二人とも起きてたの?」


 二人からの返事はなかった。

 心咲には無視される理由に心当たりがあったので、試しに聞いてみる事にしてみた。


「もしかして、うるさかった? ごめんね、さっき思いっきり叫んじゃったし」


 二人は返事をしなかった。


「あ、あれ? 聞いてる?」


 返事がない。


「ちょっと?」


 心咲は足音を大きめに立てながら二人に近付き、その顔を覗き込んだ。


「っ──」


 まるで生気がない、虚ろな目をしていた。


 母親と冴理は心咲に目線を合せないまま、リビングから出て行こうとした。


「ちょ、どこ行くの⁉ ねえってば⁉」


 心咲は母親の左肩を掴んで止めようとした。

 母親は、振り向きざまに心咲を突き飛ばした。


「きゃ⁉」


 心咲はバランスを崩し、尻餅を突いた。


「う……ま、待って!」


 心咲は二人を呼び止めながら、スマートフォンをポケットから出した。




§




 同時刻。

 舞は、先日買った『Copernicus(注:コペルニクス。科学系の雑誌)』を読み返していた。

 キリのいい所まで読んだので、そろそろ寝ようとしていたのだが、


「ん?」


 ふいに、スマートフォンのバイブレーションが作動した。


〈電話かい?〉

「うん、心咲から……グループライン? 何だろ?」


 舞は怪訝な顔をしながら、電話に出た。


「もし」

『助けて!』


 舞の声を遮り、心咲の悲痛な叫びが部屋に響き渡った。


「⁉」

『助けてぇ!』

『え、何どうした⁉』


 遅れて通話に参加した椋子が困惑する。


『お母さんと冴理が変で、何か、ええと、えっと!』


 心咲はつっかえながらもどうにか説明しようとした。明らかにパニックに陥っていた。


『ちょ、落ち着いて! 何が起きてるの?』

『ど、どっかに行こうとしてる! 話し聞いてくれない!』


 舞は音が拾われないように深呼吸をして、心咲に質問する。


「心咲、警察には電話した?」

『まだ!』


 それを聞いて、舞は次の行動を決めた。正解を考える余裕はなさそうだった。


「わかったすぐ行く。電話はこっちでやっとく。椋子とは通話切らないで!」

『ア、アタシも向かう! 何かヤバいんでしょ⁉』

「頼んだ!」


 舞はそう言うと、スマートフォンと家の鍵を片手に、着の身着のままで部屋を飛び出した。


「警察ですか? 友達の家族の様子がおかしくなったらしくて、はい……かなり緊急事態みたいで……住所は、冰山市星川町三丁目の市営住宅です! お願いします急いで!」


 警察に通報しながら階段を駆け下り、靴を穿いて外に飛び出し、


「……え」〈な……〉


 異様な光景を目の当たりにした。


 虚ろな目、表情をした沢山の人が、同じ方角のどこかへ向かっていた。

 老若男女問わず、皆、パジャマやバスローブ等、部屋着と思われる格好をしていた。


「何だよ、これ」


 さながら、『ハーメルンの笛吹男』でもいるかのような光景だった。


 舞のポケットの中で、スマートフォンが振動した。椋子からの電話だ。


『舞ちゃん、今どうなってる?』

「警察に電話した。すぐ来るって」

『ありがと』

「……心咲との通話は?」

『一旦ミュートにした。ことわったけど伝わったかどうか……それより、外には出た?』

「出た。ヤバそうな人がたくさん」

『そっちも?』

「その言い方って」

『様子がヤバい人が徘徊してる。ったく、何がどうなって──』


 その時、会話を遮るようにパトカーのサイレンが聞こえ、すぐに急ブレーキの音が聞こえた。


 音がした方を見ると、そこには覆面パトカーが止まっていた。

 パトカーから降りた人物は、


「あ、宇田川刑事!」

「──大丈夫か⁉」


宇田川は、舞を見るなり、大声を出しながら駆け寄ってきた。


「どうしたんですか⁉」

「それはこっちの台詞だ! 通報があってここまで来たんだが、これは何だ⁉ 何が起きている⁉」

「分かんないです、外に出たら皆こんな感じで──」

『きゃあ⁉』『うわぁ⁉』


 舞のスマートフォンから、悲鳴が二人分聞こえた。


『く、舞ちゃんまだぁ⁉』


 椋子が叫んだ。何かがぶつかる音が聞こえる。


「心咲、椋⁉」


 返事はなかったが、必死に何かをしている声が聞こえてきた。一刻の猶予もないらしい。


「宇田川刑事、お巡りさんもっと呼んでください!」


 舞は宇田川に言い残し、心咲の自宅へ走り出した。


「ま、待て! どこに行くんだ⁉」

「友達を助けに行くんです!」


 宇田川に呼び止められ、一瞬立ち止まって答えた。


「真野君!」


 舞の姿は、あっという間に見えなくなった。

 一瞬、人間の走力ではないと思える程だった。


「何なんだ一体……」


 宇田川は周囲を見渡した。

 徘徊している人の数は、とても一人では手に負えない。


「く……」


 宇田川は言われた通り、応援を呼ぶためにパトカーまで戻った。


だが、


『応援を、応援をお願いします!』

「⁉」


 運転席のドアを開けた瞬間、無線から悲鳴に近い叫び声が浴びせられた。


『……巡査部長が、怪、うわああああ浩二ぃぃ⁉』

「な……」

『来るな来るなあ⁉ うわああああああああああああ』


 何か湿った、潰れるような音が聞こえて、静かになった。


「お、おい⁉ どうしたんだ⁉」


 応答がない。

 宇田川が何をするべきか逡巡した直後、背後から物音が立て続けに聞こえた。


「っ!」


 宇田川が振り向くと、寸前まで歩いていた人々全員が、まるで糸が切れたように倒れ込んでいた。


「何が、起きているんだ……」


 宇田川の疑問に答える者は、いなかった。

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