part4 強化形態
「生きてますね、宇田川刑事」
舞は、背後にいる宇田川を呼んだ。視線はヴェノンコーヴィルから外さないままだ。
「真野君、今のは、」
「テレポートです。時間がないので使いました。アイツをやっつけます。そこを動かないでください」
穏やかな口調で言い、二歩前へ踏む出す。
それに反応するように、ヴェノンコーヴィルが起き上がる。
「テメェ、いい所だったのに……!」
「だから割って入ったんだ。私たちが寝ている間に、随分派手にやってくれたな」
舞は自分から見て左下──負傷した警察官たちがいる方向──をちらりと見ながら言った。脳裏に浮かべるのは、テレポートの刹那に見た地獄。
「ああ、お前の力だ。すぐに腹が減る、不便な力だ。……そうだ、他のも寄越せ」
そう言って、ヴェノンコーヴィルがカマキリのように口で両腕を研いだ。
「これ以上強くなる気なのか……」
宇田川が悍ましげに呟いたのが聞こえた。舞にもほんの僅かに刺さる文言だったが、気にする時間はもう残っていない。
「──行くよ、ウィリアム!」
〈ああ、決着を付けよう!〉
舞は、変身を始めた。
瞼を閉じ、開く。星一つ見えない夜空のような瞳が、恒星のように銀色に輝く。身体の中心から末端へ向けて、身体が内側から暖かな青白い光を放つ鉱石のように変わっていく。
胸の中心に赤い光が生まれ、動脈のように全身に駆け巡り、発光が包み込むように強くなった。
宇田川は、その眩さに右手で光を遮り──目を逸らさないと思い直し、すぐに下した。
宇田川は確かに見た。赤と青の光の中で舞の姿が変わっていく過程を。この一週間、何度も現れ、自分たちを助けてくれた、銀色の異形の姿へ変わっていくのを。
変身が終わり、二つの光が交わるように収まり、その全貌が明らかになる。
鈍い銀色の金属質の
両腕の打製石器のような刃物は、肉厚な刀のように。
両足のふくらはぎには、新たに腕と同じような刃が追加された。
そしてキャノピー状の両目だけは、変わらず銀色に光り輝いている。
これこそが、より強い力を欲した少女に、赤い光が応えた、その結晶。
彼我の境界を減らし、持てる力を文字通り〝全て使う〟ための、舞とウィリアムの新たな姿!
「──まだイイの持ってルじゃねエカ! ゼンブヨコセ!」
「行くぞっ!」
怪獣が咆哮し、銀色の異形が鋭く叫び返し──両者は同時に走り出した。
ヴェノンコーヴィルは舞が自身の攻撃可能範囲へ入り始めた瞬間、右鎌を舞へ振り下ろした。
舞は跳び上がって回避し、ヴェノンコーヴィルの顔面へ右脚で蹴りを浴びせた。
ヴェノンコーヴィルが後退りながら右鎌を振り上げた。舞は上半身を反らして回避し一歩踏み込んだ。
舞が踏み込んだ足を床に降ろしきった瞬間、ヴェノンコーヴィルが左鎌を水平に振った。
舞はそれを右腕の刃で受け止め、左手で押すようにして固定した。そのまま肩口から体当たりし、力尽くでエスカレーター脇の通路へ押し込んで突き放した。
舞は一度距離を取り、一瞬で周囲に何があるか確認して距離を詰めようとした。
直後、ヴェノンコーヴィルの身体から鱗型ミサイルが発射された。標的は全て舞。
「!」
舞は腕を突き出して通路全体に
──ウィリアム!
〈ああ!〉
ウィリアムと時間を淀めた一瞬で意思疎通を行い、
「──はあぁっ……うおおっ!」
両腕で円を描き、ミサイルの〝爆発した瞬間に持っていたあらゆるエネルギー〟をバリアごとラグビーボール状に圧縮し、両腕を突き出して発射した。
ヴェノンコーヴィルは両腕の大鎌を交差して防御の構えを取った。
舞が
炎が晴れ、ヴェノンコーヴィルの姿が見えた。攻撃を防いだ両腕の鎌が粉々に砕けている。
「!」
それを見た瞬間、舞が走り出した。左脚の刃に青白い光エネルギーが充填されていく。
「うっ、おぉっ!」
四歩目で高く跳び、左脚で蹴りを繰り出した。
その瞬間、ヴェノンコーヴィルの両腕が再生した。大鎌ではなく、人間と同じ配置の五本指がある手が先端に付いている。
ヴェノンコーヴィルは右腕を素早く伸ばすと、舞の左足首を掴んだ。
「っ⁉」
ヴェノンコーヴィルは、舞とウィリアムが『しまった!』と思うよりも早く、その身体を右腕を振り下ろし床が砕ける程の力で叩き付けた。
「グオオオオオオオオァァアァッ!」
ヴェノンコーヴィルは雄叫びを上げ、回転を加えて舞を投げ飛ばした。
投げ飛ばした先には行く末を見守っていた宇田川が、
「うわ⁉」
「────‼」
宇田川に激突する寸前、舞の身体が空中で突然静止し、水中で身体の向きを変えるように、足から静かに着地した。
「クソが!」
悪態を突きながらヴェノンコーヴィルが舞へ突撃した。
舞は一歩踏み出し、地面を滑るように高速移動し、ヴェノンコーヴィルの左横をすれ違った。
「……ガッ⁉」
ヴェノンコーヴィルの左脇腹に光が瞬いた。舞が左腕で切り裂いたのだ。
舞は立ち止まると同時に振り向き、高速移動でヴェノンコーヴィルの右横を走り抜け、右脇腹を切り裂いた。
「グオオオオオオオアアア⁉」
ヴェノンコーヴィルが苦悶の声を上げた。
〈今だ!〉
──解った!
舞の右腕の刃に青白い光が集まる。光は三秒かけて強くなっていき、弾けるように強く輝いた。
舞は振り向くと、腰を落とし、左手を翳し、右腕を引き絞るようにして構えた。ヴェノンコーヴィルとの距離は三メートル。
軽やかに跳躍し、横に一回転し、
「たあああああああああっ!」
その勢いを乗せて右腕を振り下ろした。
ヴェノンコーヴィルが左腕を掲げて防ごうとしたが、その腕ごと攻撃を左肩へ叩き込んだ。
鱗が割れ、肉が切り裂かれ、骨が砕ける感触と、光熱で肉が焼ける臭い──致命傷を与えたという情報が、舞とウィリアムに伝わった。
「おぉっ!」
舞はヴェノンコーヴィルをアクセサリーショップへ押し込み、奥の壁に激突させた。
「う、らあっ!」
左脚の刃に青白い光が充填されると同時に、舞は跳び上がり、渾身の蹴りを突き刺した。
光エネルギーがヴェノンコーヴィルに流し込まれ、壁に伝播した。
ヴェノンコーヴィルが悲鳴を上げた。壁を突き破って外に放り出され、落下していった。
着地した舞は、そのままの姿勢で怪獣が落下していくのを見届け、
「はぁっ……はあ、はぁ……、っ……」
息を整えようとして、力なく咳き込んだ。
〈舞……〉
「かはっ、う……大丈夫、まだ……」
舞はそう言って、よろめきながらどうにか立ち上がった。壁に開いた穴へ近付き、地上を見下ろした。
舞とウィリアムは、ぐしゃぐしゃになった肉塊を見つけた。
〈…………。あれだ〉
「うわ……」
舞は、自分の両腕を見て、もう一度怪獣だった物体を見つめて、
「ん?」
何か違和感を感じた。
〈舞?〉
「いや、何だろう、変な感じ……」
違和感の正体はすぐに判明した。
動いている。
地面に叩き付けられた、ヴェノンコーヴィルだった肉塊が。
「そんな……⁉」
「──おい! 何があった⁉ 真野君、終わったのか⁉」
舞は弾かれるように宇田川の方に振り向いた。
大声で舞を呼びながら、宇田川が近寄ってきているのが見えた。
「……宇田川刑事、逃げてください! アイツまだ生きてる!」
「何⁉」
舞の必死の叫びに宇田川刑事は困惑した。
〈舞! 穴の向こうが!〉
ウィリアムが叫んだ。下──地上に落ちた肉塊へ、舞は顔を向ける。
そこに寸前までの光景はなかった。
代わりにあるのは、赤黒い肉の壁だった。
「な……」
舞が穴から身を乗り出して見上げてみると、自分たちが今いる商業ビルよりも遥かに巨大であることが判明した。
「何だよこれ……⁉」
舞は、困惑と僅かに怯えが混じった声で言った。身体をビルに引っ込め、数歩距離を取った。
〈まさかアイツ……本来の大きさに戻ろうとしている?〉
「ウィリアム、どういうこと⁉」
〈僕もヴェノンコーヴィルも、元の身体はもっと大きかったんだ。地球に落下した時に、物理的にだいぶ小さくなってしまったのだけど……〉
「大きかったって……サイズは⁉」
〈この星の、メートル法で……〉
ウィリアムが言いかけたその時、肉の壁が爆発を起こした。
爆風に煽られ、舞と宇田川は瓦礫ごと吹き飛ばされた。
「うぅ……」
舞は瓦礫を押し退けて身体を起こした。変身はまだ解けていない。
舞は、すぐ側に宇田川が倒れていること、宇田川がまだ生きていること、ビルの縦半分が無くなっていること、そして、巨大な何かが自分たちの前にいることに気が付いた。
舞が見上げると、そこには巨大な──身長五十メートルはあろう黒い怪獣がいた。
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