part2 やるべきこと
「舞ちゃん、寝ちゃったみたいね……」
「うん。……今も、身体を治している最中なのかな」
「わたしに聞かれても分かんないよ」
「だよね……」
心咲と椋子は、火傷の痕が全くない舞の寝顔を見た。
病院に緊急搬送される途中、救急車の中で、心咲と椋子は舞の火傷が救急隊員の処置よりも早く再生していくというありえない光景を目撃していた。
それを見て、二人は漸く舞の異常さを理解したのだ。
「……心咲ちゃん、その……さっきはごめん。酷いことを言っちゃった」
「それ、わたしだけじゃなくて、舞ちゃんが起きてから直接言いなよ」
「分かってる……」
そこで、会話が途切れた。
どこか遠くから複数の銃声が聞こえ、それらを磨り潰すように爆発音が聞こえてきた。
「まだ続いているのか……」
「…………」
心咲は心配になり、舞の顔を見た。目を覚ます気配はない。
「……心咲ちゃん、アタシちょっと席外すね」
「えっ」
心咲が椋子を見た。その表情は、何かを迷っているようにも見えた。
「どこ行くの?」
「父さんに電話してくる。まだ繋がるか分からないけど、繋がる内に」
「そっか、椋ちゃんのお父さんって今県外か」
「そ。あの人、電話するの遅めだから、こっちからって思ったの」
「……うん、分かった。気を付けてね」
「ありがと、すぐ戻るね。行ってくる」
そう言って、椋子は足早に病室を出て行った。
「じゃあ、私も、椋ちゃんが戻って来たら…………」
心咲は緊張の糸が切れたのか、突然強烈な眠気に襲われた。腕をつねる、舌を噛む等して抵抗したが、すぐに意識を手放してしまった。
§
〈舞……舞……〉
声が聞こえる。ここ一週間、頭の中で響いている声だ。
「ウィリアム……?」
声を出した瞬間、身体の感覚が戻った。目を開けると、幾つかの光点が飛び交う暗い空間の中にいた。
「ここは……」
ウィリアムと最初に会った場所だ、そう思いながら、同時に違和感を覚えた。
違和感の正体はすぐに判明した。身体を動かしてもどこも痛くない。上体を起こすどころか、当たり前のように立てたからだ。
「あれ、もう治ったのかな……」
〈いや、それはまだなんだ〉
不意に視界の上部が明るくなった。見上げると、そこには三メートル程の人型の光が浮かんでいた。
「ウィリアム、どういうこと? だってほら、」
私はウィリアムに手足を動かし、その場でジャンプして見せた。
〈君は今、精神だけの状態でここにいるんだ。僕が連れてきた。良かった、心は無事のようだ〉
そう言われて首を傾げ、目を瞬かせ、
「……よく分かんないけど、今襲撃されたらヤバイんじゃないの?」
〈そうだ。だから手短に要件を話そう〉
ウィリアムは両手を胸に翳すと、腕を広げるように腰の位置まで下ろした。すると、ウィリアムの身体が縮み始め、百七十センチ程まで小さくなったところで止まった。
「小さくなれたの?」
〈この方が話しやすいかなって。舞が変身した時と同じ背丈になった〉
「ありがとう。正直助かる」
〈なら良かった。じゃあ本題に入ろう〉
ウィリアムはそう言って、再び次元の間に連れ込んだ用事を話し始めた。
〈さっきの戦いで、僕たちはかなりのダメージを受けてしまった〉
ウィリアムに言われて、鳩尾に手をやった。風穴は開いていなかった。
〈これ以上変身しようとしたら、きっと舞の身体が持たない〉
「でも、火傷はほとんど治っているって、お医者さん言ってたじゃない。鳩尾の穴だって、」
〈傷が塞がるかどうかじゃない。生命力の方に問題が起きているんだ〉
「……あ」
そう言われて、私は目を見開いた。心当たりがあるからだ。
「……もしかして、エレベーターから降りる時に立てなくなったのって」
ウィリアムが頷いた。意味は肯定だ。
〈あの時は、宇田川刑事に事情を説明した後で、緊張が切れたのもあったからだと考えていたんだ。でも違った。何故怪我がすぐに治っているのか……どこからエネルギーを用意しているのかを、もっと早く……最初に変身した時に気付くべきだった……。すまない、舞……〉
ウィリアムが今までにないくらい申し訳なさそうに言った。
……でも。それなら、私が迷っている時間はない。
「ウィリアム。私の身体が持たないだけで、もう一回変身出来るんだよね? なら、今よりもっと強くなれたりしない?」
ウィリアムが顔を勢いよく上げた。表情はないのに、驚いているとすぐに理解出来た。
〈な……⁉ 舞、話を聞いていたのか⁉〉
「ちゃんと聞いたよ。これ以上は死んじゃうんだね」
〈そうだ! なら何故⁉〉
「だって、このままじゃ皆死んじゃうじゃない。機動隊が駄目だったら次は自衛隊、次は……たとえばアメリカ軍、その次は……もしどこかで誰かが完全に倒せても、きっと沢山の人が死ぬ。沢山の人が悲しむ。守れなかった人が、沢山生まれる……」
声が震える。ウィリアムに言っていることは確かに本心だけど、死にたくないのも本心だ。
〈舞がいなくなって悲しむ人だって、いるはずだ。少なくとも、友達と両親は〉
「そうかもしれない。でも、だからこそだよ。このままじゃ、沢山の人が死ぬ。その中に、私のことを想ってくれる誰かもいるかもしれない」
声の震えは、奇跡的に止まってくれた。
「私は、守れなかった人と、これから守れるかもしれない人のために。私を想ってくれる誰かに生きていて欲しいから。だから、戦いたい! 私以外の誰かが代わりに出来ることだとしても、今私が出来ることだから。お願いウィリアム、あなたの力を貸して!」
ウィリアムは俯き、暫く黙った。やがて顔を上げ、真っ直ぐ私の顔を見て、
〈……本当に、いいのか?〉
短く、静かに聞いた。
私は、力強く頷いた。
〈そうか……分かった。君がそこまで言うのならば、僕は応えよう。最後まで戦おう。もっと強くなろう〉
「そうこなくっちゃ!」
私の強がりにウィリアムが頷いた瞬間、世界を白い光が包み始めた。
〈よし、戻ろう。今度こそ決着をつけるために〉
「……行こう!」
視界が白く染まり、そして──、
§
「……あっ」
心咲は小さく声を出しながら、前のめりになった姿勢を勢いよく戻した。
「危ない危ない……」
眠気覚ましに首を振って、次に視界に入ったのは、上体を起こし、外を見つめる舞の姿だった。
「舞ちゃん……」
心咲に呼ばれて、舞はゆっくりと振り向いた。どこまでも穏やかな表情で、
「心咲。私、行ってくる」
決意に満ちた声で告げた。
「椋子に、声かけられなくてごめんねって、私のお父さんとお母さんには、大好きだよって。心咲のお母さんと椋子のお父さん、あと宇田川刑事と小中学校の先生たちには、お世話になりましたって。それから
「何を……⁉」
「色々と、巻き込んでしまってごめんなさい──」
「っ!」
心咲は、咄嗟に舞の右腕を掴んだ。
「待って舞ちゃん、行かないで!」
泣きそうになりながら叫ぶ。
舞は困ったような、或いは申し訳なさそうな笑顔になって、
「行ってきます、さようなら」
そう言った瞬間、舞の身体を赤い光が包み、すぐに消えた。
光が消えると舞の姿は影も形もなく、しかしベッドのしわと点滴を行う道具たちだけが、彼女がそこにいたことを、確かに伝えていた。
§
病院の入り口に向かった椋子は、邪魔にならないように自動ドアの脇に陣取り、スマートフォンを取り出した。電話アプリを立ち上げ、あまり慣れていない手つきで父親のスマートフォンの電話番号を入力した。
「頼むから繋がってくれよ……」
椋子の想いが通じたかのように、電話はワンコールで繋がった。
『もしもし⁉』
「あ、父さん?」
『椋子、お前大丈夫か⁉ 怪我してないか?』
椋子の父が立て続けに聞いてきた。心配している様子だった。
「あ、うん。大丈夫。どこも怪我してない」
『良かった、今からじゃ迎えに行けそうになくて困っていたんだ。避難勧告とか出ていないようだし……』
「ああ……うん、そうみたいね」
椋子は曖昧に返事をしながら、自分たちが置かれている状況を簡単に整理した。
警察は
病院一階に設置されているテレビから流れてきたニュース曰く、現在は自衛隊出動の検討を進めているらしい。
ニュースキャスターはひっきりなしに、『命の助かる行動を』と唱え続けていた。実際その通りだろう、いつ怪獣が病院の方向に進行するか分からない状況なのだから。
「……まあ、これ以上危なくなったらすぐに友達連れて逃げるよ。怪獣見にも行かないから」
『本当か?』
「ホントだって」
『本当だな?』
「本当だよ。もうちょい信じてよ」
『……分かった。本当に気を付けろよ』
「うん。そっちも気を付けてね」
『おう』
一瞬会話が途切れたのを見計らって、椋子は本題を切り出すことにした。
「……あのさ、父さん」
「どうした?」
「ちょっと聞きたいことがあって。相談って程でもないんだけど、どうしても今答えを出さないといけなくて、そのヒントが欲しくて……」
『……内容を教えてくれるか?』
「……もし、自分が宇宙人だったら──宇宙人じゃなくても、とても人に話せないような隠し事を抱えることになったら、父さんはどうする?」
『何だそら、少年宇宙人か?』
「何それ?」
『伝わらないか……』
「……ああもう、真面目に答えて! お願いだから。今ヒントが欲しいの」
『お、おう。悪い』
椋子の父は困惑した様子で謝り、考え始めた。
『ううん、とても人に話せないような隠し事か……。そうだな、ほとんど受け売りになるけど、いいか?』
「構わないから」
『分かった。……人に話せないような隠し事を抱えるのは、きっと怖いだろうな。だって、その隠し事が周りにバレたら、規模の大小はあれ大変なことになるんだろ? 人に話せないのだから。それに、少なからず辛いこともあるだろうな。隠し通せるか不安だろうし、打ち明けるのは物凄く勇気が要るだろうし……。参考になったか?』
「……うん、たぶん」
『たぶんか……』
「でも、答えは出せるかもしれない。ありがとう、父さん」
『いいってことよ』
「……じゃ、そろそろ切るね」
椋子は、普段会話する時と同じような口調になるように努めて言った。
『分かった。本当気を付けろよ』
「うん、そっちも。またね」
『おう……』
椋子は電話を切り、アプリケーションを閉じた。
「怖い、か……」
椋子は、舞が謝りながら気を失うように眠りに落ちたのを思い返した。
──確かに、あれは……。じゃあ、私がやるべきことだったのは……?
椋子が考えを纏めようとしていると、心咲が転がるように病院から飛び出してきた。
「うわ
椋子は思わず飛び退いた。
「いた! 探したんだよ椋ちゃん! ちょ、あの、どうしよう!」
「何、何⁉」
「舞ちゃんが、赤く光って……消えた、消えちゃったの!」
「は……え⁉」
「たぶん……戦いに行ったんだと思う。ごめん、止められなくて……」
「…………」
椋子は何度か深呼吸し、自分に落ち着けと言い聞かせ、
「まずは情報を集めよう。私たちに出来ることが何か、考えないと」
そう言って、爆発音が聞こえてきた方角を見た。
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