第五章 真の赤光、空を舞う

part1 ごめんなさい

「…………う…………」


 一瞬意識を失い、覚醒した舞が見たものは、ジプトーンの天井だった。


「舞ちゃん……!」


 次に見たものは、自分の顔を心配そうに覗き込む心咲の顔だった。


 壁に寄りかかり反対側の壁を睨みつけていた椋子は、心咲の声にハッとした表情で振り向き、


「あ、気が付いた⁉」


 そう言いながら舞が横たわるベッドに駆け寄った。


「心咲、椋……」


 舞は上手く働かない頭を動かして周囲を見渡し、


「……あれ、私どうなったんだっけ。ここはどこ?」

「お母さんと冴理が運ばれた病院だよ……」

「ついでにウダガワ刑事もね」


 心咲が答えて、椋子が付け足した。


「そうなんだ……今何時?」


 その質問に、心咲と椋子はすぐには答えることが出来なかった。


「二人共?」


 二人は少しの間顔を見合わせ、やがて、心咲が意を決したように答えた。


「……あれから三時間くらい経ってる」

「三時間……宇田川刑事……」


 一言、二言と呟いた直後、ぼんやりとしていた表情と思考回路がしゃっきりとしたものに変わった。


「そうだ、私アイツを……すぐ行かなきゃ……!」


 そう言いながら身体を起こそうとしたら、舞の全身にそれまでの人生で経験したことがないような激痛が走った。


「が……ぁうぐ……!」

「ちょダメだって⁉」

「無理だよその怪我じゃ⁉」


 心咲と椋子が慌てて寝かせようとする。

 痛みに喘ぎながら、舞は首を振った。


「でも、このままじゃまた……!」

「止めて! 今行ったら舞ちゃんの体が壊れちゃうよ!」

「アンタ腹ァぶち抜かれてんだぞ⁉ 動いていいワケないでしょうが⁉」

「でも、でも……!」

「バカ暴れンな傷口開く!」

「二人共離して! 後生だから!」

「クソ、力強いな⁉ ちょ、誰かー! 誰か来てくださーい!」


 椋子が病室の外へ助けを求めたのを見て、心咲はナースコールのボタンを滅茶苦茶に押しまくった。それから少しと経たずに医者と看護師がすっ飛んできて彼等に諭され、ようやく舞は大人しくなった。




                   §




 舞の検査を終えた医者と看護師たちが他の患者の元へ向かった後。


「あのさ。舞ちゃんさ。そんな体調なのに、悪いとは思うんだけど」

「……なに? 心咲」

「説明して欲しいこと、沢山あるんだけど……」


 それを聞いて、舞は何とも言えない表情になった。


「私が戦ってたこと、だよね?」

「うん」

「ええと、話すと長くなるけど……」

「全部聞かせて」

「心咲ちゃんに同じ」

「だよね……」


 舞はここ一週間の記憶を手繰り寄せようとして、ふと気になっていたことを思い出した。


「そうだ、説明する前にさ、あれからどうなったのか知りたいんだけど」

「さっきそういうの見聞きさせちゃダメだって、言われたばっかじゃん……」


 椋子が呆れた様子で断った。


「だって、逆に不安だし」

「でも……」

「…………」


 舞は少し考えて、


「あー、何だかあ、説明する元気があ、凄い勢いでー、なくなってきたなあー。私が気絶してから目を覚ますまでに、何があったのか知ることが出来れば、絶対に元気が増えるかもなんだけど、なぁー」


 棒読みかつ妙に間延びした口調で、長々と御託を並べた。


 それを聞いた椋子は癪に障ったのか、表情が引き攣っていた。


「確定なのか不確定なのかどっちなんだよ……」

「シュレディンガーなんだよなあー、絶対、かもしれない、なあー」

「ああもう分かった、言うから! その口調も止めて!」


 言質を取った舞はニヤリと笑い、


「……地球人同士の約束ね?」

「する、するから。約束」

「じゃあ、お願い」

「はいよ……」


 椋子は深呼吸と軽い咳払いをして、三時間の空白を埋め始めた。


「舞ちゃんが蟲と爬虫類のキメラみたいな怪物を追っ払った後……冰山こおりやま市の警察は、警備課と県警の機動隊を合流させて、キメラみたいなのを射殺するために出動させたって。それが一時間くらい前の話。でも、ニュース見る限り続報ないし……状況が好転してるとは考えにくい……かな……」

「機動隊か……アイツ、まだ銃効くのかな……」


 舞が呟いたその時、遠くから爆発が聞こえてきた。


「まさか……今から始まるの?」

「あ、あの」


 舞が窓を見ようとした時、心咲が声を出した。

 舞と椋子が心咲を見ると、その顔は、血の気が引き蒼白になっていた。


「今、テレビ局の公式チャンネル見てたんだけど、そうみたい。今から始まる、みたいだけど……」

「だけど?」

「ヘリの中継、すぐに……何か、凄い終わり方してた。バケモノの攻撃が飛んで来て、その……墜落した、みたい……」

「マジかよ……」


 心咲は椋子を見て頷いた。


「……何で見に行ったの……」


 舞は右手で目の周りを覆った。そして右手の震えを感じ取り、


「どうして動けるくらいに治ってないんだ……何で……」


 悔しさを滲ませた声を絞り出した。


「……出来る説明は全部したよ」


 椋子はやりきれない様子で首を振った。


「舞ちゃん、次は……」

「分かってる……全部ね。始まりは、今年の七夕の夜に起きたんだ──」


 舞はそう言って、再び手繰り寄せた一週間分の記憶を、訥々と語った。

 それは、舞と同年齢の少女たち友達を絶句させるのには十分な経験だった。


「──それで、三時間前の戦いで、ヴェノンコーヴィルを仕留め損ねて、今に至る。おしまい……終わってないけど」


 舞が話し終えてから暫く経ち、どうにか心咲が口を開いた。


「い、一週間ずっと隠してたの? わたしたちにも⁉」

「宇田川刑事には、成り行きで話しちゃったけどね」

「どうして話してくれなかったの⁉ そんな……」


 心咲は言いかけて、その先を飲み込んで、


「……ヤバイ状態なのに」


 そう言い替えた。


「説明の途中で言ったじゃない。戦いから遠ざけたかったって」


 舞がそう言った直後、椋子が険しい表情になり詰め寄ってきた。


「……は? じゃあ何? アタシら、話しても分からないような相手に見えてたの⁉」

「ちょっと椋ちゃん、そんな言い方……!」

「いいんだ心咲。私が悪いよ。せめて……変身出来るようになったタイミングで、相談するべきだったかもしれない……」


 舞はそう言って、目を見開いた。まるで何かに気付いたような表情だ。


「いや、もしかしたら、本当は……怖かったのかもしれない、拒絶されるのが……。私は、私は……友達を、信用出来ていなかったんだ……。ごめんなさい……ごめん……なさい……」


 舞の声から徐々に力が抜けていき、やがて意識を手放した。閉じられた右目からは、一筋の涙が流れた。

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