part4 致命傷
「な……⁉」〈何⁉〉
振り向いた店員が何者かを理解し、舞とウィリアムが驚愕の表情を浮かべる。
店員──ヴェノンコーヴィルは、勝ち誇ったように不気味な笑顔を見せた。
「よお、待ッてたぜ」
「どうしてここに……⁉」
舞は二歩下がろうとしたが、何かにぶつかって妨げられた。
振り向くとそこには若い女性の店員がいて、舞が下がるのを邪魔していた。
退路を探そうと周囲を見渡すと、他の店員や疎らにいた客が、まるで舞を取り囲むように通路を塞いでいた。
「な──うわ⁉」
舞が打開策を考えようとした瞬間、後ろにいた女性の店員に無理矢理床に押さえつけられた。
囲んでいた他の店員や客が女性店員に続き、舞はあっという間に身動きが取れなくなった。
「う、ぐ……!」
〈そんな、何で分からなかったんだ……⁉〉
「フ、どうして、何デ、か……」
ヴェノンコーヴィルは嗤い、慣れた挙動でレジのカウンターを跳び越えた。
〈何が可笑しい⁉〉
「くく……オレが、オ前をここに呼ンダからだよ」
〈何⁉〉
「……まさか」
舞は何かに気付いた様子でお腹の方へ眼を遣る。
「よっぽど
ヴェノンコーヴィルの声音は優しく、どこか褒めているようにも聞こえた。
舞は声の震えを抑えて、どうにか言い返す。
「私、大声出してないぞ……」
「口を使ッタ音の話じゃねえよ。オレには〝モノノオト〟が聞コエルんだ。どこに何が隠レテいようと、見エル、聞コエル……オ前、この星で聞イタ音で一番良カッタぜ。大キサも、質も。この眼を潰シタあの人間とは大違イだ」
ヴェノンコーヴィルはそう言いながら、右目の周辺を左手の人差し指の爪で引っ搔くように撫でた。
舞は〝あの人間〟が宇田川刑事のことを指すのだと思い至り、表情が引き攣った。
「褒めてるんだろうけど、嬉しくないな……」
「喜ンで欲シイわけじゃねえよ」
ヴェノンコーヴィルはしゃがみ、舞の顔を覗き込んだ。
「ああ、気が変ワッタ。オ前は良イ音なんだ、殺スだけじゃァ勿体
ヴェノンコーヴィルはそう言うと、僅か三秒の間に、舞たちが昨日対峙した異形の怪物の姿に変わった。
「決メタ。ただ殺スのは止メだ。オ前モ食ッテヤル」
「────!」〈く……!〉
次の瞬間、舞の全身から赤く強い光が放たれた。
「ヌア⁉」
光に目をやられたヴェノンコーヴィルが、カマキリの前脚のようになった腕で顔を覆いながら後退った。
続けて舞を取り押さえていた人々がまるで糸が切れたかのように倒れ込み、店内の監視カメラが内側から爆発し、照明が次々に破裂した。
倒れた人の山の下から、光り輝く人型の何か──変身を終えた舞が飛び出し、ヴェノンコーヴィルを右の二の腕と左手首を掴み、力任せに出入口の自動ドアへ投げ飛ばした。
ヴェノンコーヴィルは自動ドアを突き破り、フレームごと外へ転がっていった。
外に放り出したヴェノンコーヴィルを睨んだまま、舞がウィリアムに聞く。
「ウィリアム、怪我した人いる⁉」
〈いない! 皆気絶してるだけだ!〉
「分かった! 行くよ!」
〈ああ!〉
そうして走り出そうとした瞬間、舞の上半身のバランスが大きく崩れた。
〈舞⁉〉
「うっ……、大丈夫行ける!」
舞は体勢を立て直しながら走り出し、先程まで自動ドアがあった空白へ跳んだ。ヴェノンコーヴィルへ叩き付けるように拳を振るう。
ヴェノンコーヴィルは起き上がると、背後へ跳躍してそれを回避した。
舞は着地と同時に右脚を軸に身体を捻り、それと同時に両腕の刃に青白く輝く光子エネルギーを集中させる。
「──たぁあっ!」
右腕を真横に、次いで左腕を右袈裟に振り抜き、気合いを乗せた光の刃を二つ、怪獣の胴体へ放つ。
ヴェノンコーヴィルは舞が回転し始めたのと同時に大きく口を開けていた。口の中が舞のそれと同じ光で満たされ、光刃が飛ぶと同時に光弾を二発発射した。
光刃と光弾が一つずつ相殺され、閃光が舞の視界を侵食する。
〈舞、右に跳んで!〉
「え、うわ⁉」
閃光の向こう側から三発目と四発目の光弾が飛んできた。
舞は右に跳躍し、ギリギリでそれらを回避した。寸前まで舞がいた場所のアスファルトは爆ぜ、大穴が開いていた。
「ひとの武器を……!」
舞は左手で首を触った。そこには傷痕すら残っていなかったが、それでも昨日の戦闘を思い出すには十分だった。
それを隙と判断したのか、瞬間、ヤモリのようにビルの壁に張り付いていたヴェノンコーヴィルが舞に飛び掛かってきた。
「っと!」
舞はそれを見て、前方へ転がるように飛び込んで回避した。音や空気の流れで敵の位置を予測しながら、左腕にエネルギーを集中させ身体の左側から振り向く。
予測通り、ヴェノンコーヴィルは寸前まで自分たちがいた場所に着地していた。振り向く勢いを乗せて左腕を縦に振り、光刃を放つ。当然のように身体を軽く捻るだけで回避され、舞は思わず小さく舌打ちした。
──ねえウィリアム、今すぐ光線技のレパートリー増やせない?
〈急だな⁉〉
──アイツの不意を突けないかな? こっちの飛び道具は
〈光波防壁……バリアなら出来そうだけど……〉
──攻撃技は⁉
〈それは、今のままだと……〉
──私の負担とか気にしなくていいから! 出来るの出来ないの⁉
〈今のままじゃエネルギーが足りないんだ! 総量も残量も!〉
舞は一瞬の沈黙の後、
──分かった。今出来ることで何とかするしかないのか!
舞は立ち上がると、接近戦を仕掛けるべく走り出した。
後二歩で手が届く距離になった瞬間、ヴェノンコーヴィルの全身が強烈な光を放った。
「う⁉」
舞は光に眼が眩み、一瞬だけ動きが鈍ってしまった。
発光した部位──カナヘビの表皮のようになっている場所から、ミサイルのように鱗が射出された。それらは舞を含めた周囲に着弾すると、同時に大爆発を起こした。
§
予算の範囲内で一番良さそうな包丁を見繕い、ファミリーレストランから出た心咲と椋子は、歩きながら次の目的地について話していた。
「じゃあ、後は誕プレ買うのにギフト券買って、買い物はおしまい?」
「うん」
「よし、それじゃ──」
その瞬間、どこか遠くから、ここ数日何度も聞いた轟音が届いた。
「え、何? また爆発?」
「ねえ椋ちゃん、あっちからじゃない?」
「……市立の図書館の方?」
椋は心咲が指した方向を見て、その方角にある自分に関係のある施設を挙げた。
爆発のような音は断続的に繰り返され、周囲の人々も不安そうな表情を浮かべ始めていた。
その音が、徐々に近づいてきているように聞こえるからだ。
そのことに気付いたのかは定かではないが、周囲の人たちも不安そうに辺りを見渡していた。
「これ早いところ離れた方がいいんじゃないかな?」
「かもね、とりあえず駅前の方に」
そう言いかけた瞬間、すぐ近くで爆発音が、次いで頭上から何かが激突する音が聞こえた。
伏せるか、爆発音の源を探すか、それとも頭上を見上げるか。二人が判断をするよりも早く、小さな瓦礫と共に何かが落ちてきた。
「ぐ……あ……」
鈍い銀色の、人型の
一瞬間が空いて、遠くから悲鳴が聞こえてきて、それに染まるように周囲の人がバラバラな方向に逃げ始めた。
「な、え」
心咲は判断力の低下した思考回路を働かせようとしたが、上手く行かなかった。
「うぅ……。っ!」
銀色の怪物が顔を上げた。その視線の先には、心咲と椋子が。
怪物は走り出すように立ち上がった。
「伏せてっ!」
周囲が爆発する寸前、二人は聞いた。
聞き覚えのある声で、怪物が確かに叫ぶのを。
§
心咲と椋子が変身した
その一瞬だけ、全身を襲い続ける痛みが全て吹き飛んだ。気力を振り絞って立ちあがり、せめて二人だけでも守るべく駆ける。
心咲と椋子を伏せさせ振り向くと、鱗ミサイルが雨あられと降り注いでいた。
思考が限界まで加速し、時の流れが淀む。何が出来るのか、何が出来ないのか。どうすれば二人を守れるのか。
身体で庇うだけでは守り切れない。全て撃ち落とすのは間に合わない。
──そういえばさっき──
ウィリアムとの会話を記憶から手繰り寄せる。攻撃の手段を増やせなくても、バリアなら出来そうだと言っていた。
〈舞っ!〉
──ウィリアム! バリア、やり方!
〈分かった!〉
舞は、全身から両腕へ力が流れていくのを感じた。
〈腕を前に!〉
言われると同時に両腕を前に突き出す。背後の二人ごと舞を守るように、水面のような淡い光を放つ壁が発生した。
思考の加速が終わったことを自覚した瞬間、ミサイルがバリアに激突し、爆発した。
「ぐ!」
バリア越しに衝撃が伝わり、弾き飛ばされそうになった。
舞は足をアスファルトに突き立て、吹き飛ばされないように耐え続けた。
ミサイルによる攻撃は十数秒続き、唐突に止んだ。
周囲の建物の多くが瓦礫の山に変わっていた。耳鳴りが小さくなると、緊急車両のサイレンがあちこちから何重にも聞こえてくるのが判った。
バリアが消え、舞は膝を突いた。いつの間にか発光器官が明滅し、身体が朽ち始めていた。
「私たちを、庇った……? まさか……」
他の音は耳鳴りと被っているのに、舞には椋子の声が妙にはっきりと聞こえた。振り向いて頷くような余裕は、残っていない。
〈マズイ、もうエネルギーが……〉
ウィリアムが焦りを見せた直後、重量感のある足音が近づいてきた。ミサイルを撃ち終えたヴェノンコーヴィルのものだ。
「……!」
舞は立ち上がり、一歩前に踏み出した。
「ハハハ、生きてイルナ。……コノ攻撃ハ、スグニ疲れるナ。折角奪ってヤッタノニ、役ニ立タナイナ。……ダガ、追い詰めた」
舞とウィリアムは何も言わず、代わりとばかりに走り出した。右手で拳を作り、振り上げる。
ヴェノンコーヴィルは威力のないパンチを容易く弾くと、右の鎌で舞の鳩尾を突き刺した。
「トドメ、ダ」
ヴェノンコーヴィルは舞に囁き、鎌を右に九十度捻り、身体から引き抜いた。
ヴェノンコーヴィルに突き飛ばされ、舞は力なく崩れ落ちた。
「サテ……コイツダケジャア、チョット足りないナ……丁度いい」
ヴェノンコーヴィルが心咲と椋子を見て舌なめずりをした瞬間、舞は意識を取り戻し、右足首を掴んだ。
「何──」
瞬間的に残り少ない光を右の拳に集め、上半身の僅かに下を狙い、叩き付けた。
上空へ吹き飛ばしたヴェノンコーヴィルを睨みながら立ち上がり、追いかけるように左斜めに跳んだ。
奇跡的に形が残っていたビルの壁面の一部を利用して三角飛びを行い、勢いと残る力全てを集め、ヴェノンコーヴィルより僅かに高い位置から飛び蹴りを叩き込んだ。
鱗のミサイルの着弾音にも負けない轟音を伴い、ヴェノンコーヴィルが地面に激突した。少し遅れて、舞が背中から地面に落ちた。
§
「え、何あれ……何で⁉」
朽ち果てながら落下していく銀色の怪物を見て、心咲は走り出した。自分が見たものが何かを考えるよりも早く身体が動いていた。
「ちょ──」
心咲と同じものを確かに見ていた椋子が後を追う。そんなはずがない、と願いながら。
銀色の怪物が落ちたはずの場所には、
「あ……まだ、来ちゃ、駄目だ。だって……」
舞の視線の先にあったのは、黒い影のようにボロボロの何かが、振り向きもせずに逃げていく光景だった。
「……ま、て……」
その時、いくつかのサイレンの内一つが近づいてきた。パトカーのものだった。
パトカーから降りてきたのは、ここ数日で三人が顔見知りになった宇田川刑事だった。
「真野君、しっかり……!」
宇田川刑事は三人に駆け寄り、舞を仰向けにし、その傷を見て絶句した。
「あ、けいじさん、おそいです……すみません、にがしちゃいました……あっち……」
宇田川が舞が指差した方を見た。視界は開けていたが、それらしいものは見当たらない。
「どうしよう、血が、火傷も、どうしよう⁉」
心咲が恐怖と混乱に声を震わせて言った。
「落ち着け、落ち着いて……!」
明らかに心咲を抑えている椋子の方が冷静さを失っていた。
宇田川は逡巡し、自分のやるべきこと、心咲と椋子にやって欲しいことを決め、行動に移した。
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