part3 調べものはなんですか?
舞は病院から出ると、自動ドアの脇に移動してガラスに背を預けた。
「間に合ったかな……」
言いながら、ショルダーバッグからワークキャップを取り出し、目深にかぶった。
〈舞、これからどうするの?〉
──ええと……
ウィリアムに説明しようとしたところで、バスが向かってくるのが見えた。
──移動しながら説明するね
舞はバス停に小走りで向かいながら説明を始めた。
──これからのことなんだけど、ヴェノンコーヴィルが何を基準に人間をおびき寄せたのかを推測したい。だから市立図書館と……うちの近所の人に話を聞ければな、って。
バスが市立図書館行きであることを確認して乗り込み、一番後ろの席に座る。
医者や看護師、SNSの投稿、いくつものニュースサイトの記事を思い出しながら、舞は続けた。
──私や心咲や椋子以外にも、アイツの影響を受けなかった人がいるから。アイツが動き始める前に、上手く情報を得られれば……
説明の途中で、舞がうつらうつらし始めた。
〈舞、大丈夫?〉
──は……あ、ごめん。寝そうになってた?
〈うん〉
──そっか、ごめん。……とにかく、情報が欲しい。私たちを直接操ろうとする可能性だってあるし
〈分かった、任せるよ〉
ウィリアムが納得した様子で言った。
舞は図書館前に着くまで、窓の外で流れる景色を眺めることにした。
絶えず襲う眠気に抗うため、腕をつねり、舌を嚙みながら。
§
舞、そして宇田川刑事と別れた後。
心咲と椋子は病院を離れ、駅構内にあるファミリーレストランに立ち寄った。すぐ帰る気にはなれず、かといって行きたい場所も──駅前にある金物屋は定休日だった──思いつかなかったためである。
ドリンクバーを注文し、心咲はオレンジジュースを椋子はアイスコーヒーをコップに注いだ。それからスマートフォンを使い、手分けして贈答用包丁を販売しているホームページを見始めた。
「うお、高いのだとゲーミングPC買える値段のもあるんだ……心咲ちゃん、いい感じのあった?」
「うん……いくつかはあったんだけど」
そう言いながら、心咲はスマートフォンを持ったまま、両手をテーブルに置いた。
「何かした? 値段なら、予算の範囲内なら気にしないでって」
「そっちじゃなくて……気になってて」
「何が?」
「お母さんと
「……ああ」
椋子はスマートフォンをスリーブモードにしてテーブルに置き、心咲を見た。
「お母さんと冴理が目を覚まして、何か覚えてないかって、聞いたじゃない?」
「うん」
心咲の母親と妹の冴理が目を覚ましたのは、病院に搬送されてしばらく経った午前二時頃のことだった。
検査の結果、怪我や病気もなく──本当に何事もなかったかのように起きた家族を見て、心咲は堰を切ったように泣いた。心咲の母親も妹も、最初は何が何だか分かっていない様子だった。
全員が落ち着いた後、舞、心咲、椋子の三人は、心咲の家族に何があったのかを訊ねた。
返ってきた答えは、
「誰かに呼ばれた気がしたの。誰かは全然分からないけど、どうしても、何があっても会わないといけないって思ったの」
心咲の母親はそう言った。
冴理も、全く同じ理由だった。
「──何よそれ、って話よ」
「何よそれって話だね」
「そういうことがある、までは分かるのよ。
「ん……例えばハリガネムシとか、ロイコクロリディウムとか」
「そういうの、何も見つからなかったって
「ああ、そりゃごめん」
「うん。でさ、舞ちゃんの方なんだけど、」
心咲はそこで一旦区切り、オレンジジュースを一口飲んでから再開した。
「さっき椋ちゃんが時間くれた時にさ。聞いてみたのよ、舞ちゃんに。昨日何で飛び出していったのって」
「何て答えたの?」
「『あそこに私がいたら皆が危ないと思ったから』だ、って」
椋子は怪訝そうな表情になり、
「……ほう?」
「『ここにいたら皆が危ない』なら、分かるよ? 今まで──怪物騒ぎが起こる前から、何度もあったし。でも舞ちゃんが離れたら危なくなくなるって何? それじゃ原因が舞ちゃんにあるみたいじゃない」
「舞ちゃんはどう言ってたの?」
「『そう感じたとしか、何でか分からないけど』……だって」
「じゃあ、それ以上はどうしようもないじゃん」
「だからモヤるんじゃない」
「……確かにね……」
椋子は、先日コンビニの前で舞と二人で会話した時のことを思い出し、
「アタシもそう。目の前で確かにおかしな事が起きてるのに、なんにも判らない。分からないのが怖いし、無駄に不安になってる気がするし……モヤモヤする」
そうして、アイスコーヒーをコップの半分まで飲み、
「だからせめて、出来ることをしたいし、する。舞ちゃんの誕生日プレゼントを選ぶ、心咲ちゃんと」
確かな口調で言い切り、スマートフォンのロックを解除した。
それを見た心咲は、
「……椋ちゃん、強いんだね」
「そんなことない。
そう言った椋子の表情は、虚しさと哀しみが入り混じっているようだった。
§
市立図書館に到着した舞とウィリアムは、手始めに生き物の図鑑を調べることにした。
舞は本棚にある図鑑を片っ端から引っ張り出し、遠慮容赦なくテーブルを一つ占拠した。幸い空いていたのもあり、生き物のコーナーの利用者はいなかった。
「さて……」
舞は山積みにした図鑑たちを前にして、小さく呟いた。
──ウィリアム、最初の……蟲のバケモノの時に集まった生き物、覚えてる?
〈ある程度は。でも名前が分からない。図鑑を見せてくれる? 見た種類を言うから〉
──分かった、お願い
舞は山の頂上から昆虫図鑑を手に取り、ページを開いた。
ウィリアムが図鑑から生物を見つける度にスマートフォンのメモ帳のアプリケーションに入力することを繰り返し、二時間かけて調べ終えた。
「色んな種類が、数が、たくさんいたなとは思ってたけど、アメリカザリガニもいたんだね。……だけど、」
そこまで言って、舞は黙ってしまった。
〈舞、これに共通するもの、ありそう?〉
──どうだろう……
舞は、その場で思い付く範囲で可能性を模索し始めた。
種類は昆虫甲虫問わず、というか巻貝の仲間のナメクジやカタツムリ、貧網類のミミズ、クモ、ダンゴムシ、ワラジムシ、ムカデは節足動物。アメリカザリガニに至っては十脚目(エビ目)だ。よって違う。
夜行性か昼行性かも関係なく集まっているし、たとえばカブトムシやクワガタは昼夜関係なく活動している。
食性も生息する場所も、当然バラバラ。
──いや……思い付く限りでは、ない、かな……
〈僕でも気付かない何かを見落としているとか……〉
「うーん……」
二人が思考を巡らせようとした所で、お腹が鳴った。
〈……舞?〉
「……ハハ、食べ足りなかったみたい」
スマートフォンで時刻を確認すると、十三時三十二分になった所だった。
〈ああ、お昼時なんだ〉
──気分転換にご飯食べに行ってもいい?
〈いいよ〉
──ありがとう。近くにコンビニがあったはずだから、そこで
舞はコンビニまでの経路を思い出しながら、図鑑の山を元に戻し始めた。
§
舞とウィリアムは、図書館から歩いて十分弱の場所にあるコンビニに入った。
時間の割に客は
舞は一度財布の中身を確認し、品物を選び始めた。
「──じゃ、こんな感じでいいかな」
左手に持ったカゴの中には、鮭、梅干し、辛子明太子のおにぎりが二個ずつ、卵とツナのサンドイッチが二パック、ホットドッグが二つ、紙パックの牛乳と緑茶のペットボトルがそれぞれ一つ入っていた。
〈食べすぎじゃない?〉
──いや、何か物凄くお腹減っててさ
〈さっきパン食べたのに?〉
──ね、不思議……
舞はレジに向かい、背を向けて何か作業をしている店員に話しかけた。
「すいませーん、お会計お願いします」
「はい、少々お待ちください」
そう言って振り向いた店員の顔は、昨日の夜確かに見た、血みどろの警官の──ヴェノンコーヴィルの人間態だった。
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