part5 獣害

 放課後。


 舞、心咲、椋子の三人は、特に理由もなく駅前にのんびりと歩いて向かっていた。

 ただ、椋子の表情はお世辞にも明るいとは言えなかった。


 というのも、


「全くもう、サイトウの野郎、あの言い方はないじゃんさあ」

「野郎って、斉藤先生は女性でしょ」


 椋子の物言いを、舞が窘める。


「ンじゃ、ク……ンンッ、『あのアマ』か」

「ちょっと待て椋、何て言おうとした」


 椋子は咳払いして誤魔化したが、全く誤魔化せていなかった。


「踏み止まったからセーフよ、セーフ」

「半歩踏み出してるよ?」

「あはは、名指しだったよね、わたし達IRU


 心咲が苦笑しながら言った。


 朝のホームルームで、『謎の発光現象と怪物の出没』に関して、登下校は極力集団で行う事、夜間外出を控える事が伝えられた。その際、IRUの三人は担任の斉藤から釘を刺されたのだ。


「だから。……そんなに悪目立ちしてるのかねぇ」

「うーん……」

「……どう、なんだろうね」


 何とも言えない表情になる舞と心咲に対し、椋子は憤りを隠さずに続ける。


「だって、やっちゃいけないラインは超えないようにしてるよ? 法律関係なく。そこだけはアタシらめっっっっちゃ気を付けてしてやってきたじゃない?」

「家庭科室の電子レンジで生卵を温めて爆発させた、なんて事もあったけどね」

「心咲ちゃん? それ思い出させないで?」


 心咲の言った事件は、舞が偶然インターネットで見つけた記事を実践した事で起きたものだった。実践を家庭科室で行う事を提案したのも、舞だ。


「つか、それにしたって、ちゃんと謝って、掃除もしてってやったじゃんか」

「『食べ物で遊ぶな』って怒られたの、初めてだったわ……」

「うん、あれに関しては本当に申し訳ないです……」

「だ、もう気にすんなってば……」


 椋子は頭を掻き、


「ああもう駄目だ、気晴らししよう! 皆でどっか遊びに行こう!」

「お、いいね! 水族館アクアマリン行く⁉」

「心咲ちゃん、いわきも猪苗代も、今からじゃ遠いでしょ……カラオケよ、カラオケ」


 椋子は心咲の悪ノリに苦笑しながら答えた。


「おお、それはそれで! 丁度練習してた曲あるし、舞ちゃんもどう?」

「! ……うん、行く」


 舞は晴れやかな笑顔で答えた。


「あ、いい顔してるー」

「そ、そうなの?」


 心咲に言われて、舞は少し照れくさそうに聞く。


「そうなの! いいなあ、瞳が銀河みたいで。綺麗……」


 心咲に覗き込まれて、舞は咄嗟に、


「ギンガ……ウルトラマンの?」


 そんな事を呟いてしまった。


「ちっがーう! 宇宙、ギャラクシーの方! 人が褒めてるのに茶化さないでよ!」

「あはは、ごめんごめん……」

「ふんだ」


 心咲はそっぽを向き、ぼそぼそと呟く。


「……ドリンクバー奢ったら許す」

「食べ物で釣るのか……」

「お返し、じゃなくて仕返しでございまーす」

「それ言い直す必要ある?」

「ある!」


 心咲はきっぱりと言った。


「あるんだ……分かった、心咲の分は出すよ」

「やりぃ! ありがとう!」

「ん、舞ちゃんアタシは?」


 期待した様子で聞いてきた椋子に、舞はにべもなく返す。


「椋は自腹」

「ガッデム⁉」

「だって、椋には貸しがあっても借りはないもん」

「そんなー」


 情けない声を出して、わざとらしく肩を落とす椋子。

 舞と心咲がけらけらと笑い、椋子もそれに参加する。



 怪獣が出現しない、平和な一日が過ぎていこうとした、その時だった。


「────っ⁉」


 舞は、全身に悪寒を感じた。

 汗で身体が冷えたからではなく、舞が持っている第六感が突如危険信号を発したのだ。

 その内容は──、


──ウィリアム、ウィリアム? ……起きてる?

〈勿論、起きているよ!〉

──この殺気に……何ていうの、これ……臭い? これって……

〈ああ、ヴェノンコーヴィルだ!〉

──どこ⁉

〈すぐ近く──あそこだ! 二時の方向にある立体駐車場!〉


 件の立体駐車場は、三人の進行方向にあるSTELLA(注:ステラ。複合商業施設)の真隣にあった。つまり、


──すぐ側じゃん⁉

〈行こう、急いで!〉

──でも、心咲と椋子が……どうしよう⁉

〈え、ええと……〉

「──ちゃん? 舞ちゃん?」


 心咲の声が聞こえる。心配そうな声だ。


──どうする、どうする……⁉


「──隙あり!」

「ひゃ⁉」


 首筋が冷気に襲われ、舞は飛び上がった。

 慌てて振り向くと、心咲と椋子が心配そうに舞を見ていた。

 心咲は右手に水筒を持っていて、左手は水で濡れていた。水筒から氷水を出したのだろうか。


「な、何?」


 心咲は水筒をしまい、ハンカチで軽く手を拭いてから話し始めた。


「さっきっから呼んでたんだけど……ボーっとして、どうしたの?」

「え、いや、な、何でもない、よ?」


 舞は何とか取り繕うとしたが、


「本当に? 顔の前で手を振っても、フラッシュ撮影しても、全くの無反応だったんだけど?」


 スマートフォンを見せつけながら、椋子が切り返す。


「う、あ、え、っと……」


──上手く、声が出せない。


 舞は、背中に嫌な汗をかいている事を実感した。


「もしかして、具合悪いの? 熱中症とか? どこかで休む?」

「いや、大、大丈夫だけど、その、えっと……」

「?」


 心咲が怪訝そうな表情を舞に向けた、その時だった。


 舞の左斜め後ろの方から、何か物が壊れるような音が聞こえた。


 舞は心咲と椋子が音が聞こえた方向に顔を向けたのを見て、素早く振り向く。

 その動作とほぼ同時に、一台のパトカーが、半回転しながら地面に落下した。


「うわ⁉」「きゃ⁉」「っ⁉」


 突然起きた惨事に、周囲の人間、全員に困惑が広がる。

 ただ一人、舞だけを除いて。


「お、落ちてきた……」


 椋子が、どうにかそれだけ呟く。


「逃げて……」


 声を震わせて、舞が呟くように言った。


「え?」「え?」


 二人に聞き返され、舞は思いっきり深呼吸をして、大声で言い直す。


「二人共、逃げるよ!」

「え、でも救急車とか」

「心咲それ後ででいいから! 急いで!」

「あ、あれ!」


 舞が叫んだ瞬間、椋子が何かに気付いた。


 パトカーが浮き上がり、何かが姿を見せた。


 巨大な、トカゲにもイモリにもヤモリにも見える、異形の爬虫類だ。


 全体的にどす黒い色。脚は丸太のように太く、指先はヤモリのそれのように平たい。尾は長く、どこか鞭のような印象を与える造形だった。

 大きさは、三メートルを優に超えていた。体重は計り知れないが、舞達三人が知る限りでは、ハイイログマの最大級の個体約五百キログラムと同じような体格に見えた。



 それは、『宇宙怪獣 ヴェノンコーヴィル』の、新たな姿だった。

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