part4 蜥蜴《トカゲ》、守宮《ヤモリ》、井森《イモリ》

 午後三時半を過ぎた頃、冰山駅前の立体駐車場。


 エレベーターから、二十代後半の男女一組が降りた。


「なあ、ごめんって、悪かったってば!」


 喧嘩でもしたのだろうか。男性は何度も謝りながら、先を行く女性を追いかけている。


 女性は男性の声を聞いて嫌そうに振り向き、


「しつこい、もうついてこないで」


 吐き捨てるように言って、再び歩き始める。足取りが一層乱暴になっていた。


「な、ちょ、ちょっと──」


 女性は足を止め、踵を返して男に歩み寄り、


 ごっ。


 無言、問答無用で殴り飛ばした。


「…………」


 女性は、目を白黒させる男性を見下ろし、男性を置き去りにして歩き始めた。


「待、待ってくれよ……」


 男性が立ち上がり、女性を追いかけようとした瞬間、何かを踏んだ感触が靴越しに伝わった。


「ん……?」


 右足を持ち上げるとそこには、潰れて中身が飛び出たヤモリの死体があった。


「うわ、あーあーやっちまった……」


 男性が嫌そうに靴の裏を地面に擦り付け始めた。


「んだよこれ、気持っち悪ぃな……あ、ちょっと待って──」


 男性が顔を上げて女性を呼び止めようとして、


「────」


 それを見つけた。


『さっきまで呼び止めようとしていた女性の、頭から下だけ』が地面に転がっているのを、見つけてしまった。


「────は?」


 『女性の頭から下だけ』の元は頭があった場所から噴き出し続ける真っ赤な液体を見て、暫く絶句していた男性は、ようやく一文字だけ絞り出した。


 次の瞬間、呆然と立ち尽くす男性の上から何かが降ってきて、そのまま押し倒した。




§




 立体駐車場に停めた普通乗用車の中で仮眠を取っていた三十代の男は、誰かが言い争いをしている声で強制的に起こされた。


 不愉快そうに舌打ちをして、男が瞼を持ち上げる。


「ん……何だよ、うるっせぇな……」


 だが、男が瞼を持ち上げた時には、言い争いの声は消え、街の喧騒が遠くに聞こえるばかりだった。


「ぁん? 終わったの、か……」


 男はズレていた姿勢を戻し、身体を伸ばそうとドアに手を伸ばそうとして、


「あ……?」


 地面に転がる『頭部が無いおそらく女性だった物体』と、その近くで倒れている男性を踏みつけて、内臓を貪り続ける巨大な爬虫類を見つけた。


「な、え?」


 爬虫類は、トカゲ、ヤモリ、更には両生類のイモリの特徴を併せ持っているような姿形をしていた。

大きさは三メートル程、コモドドラゴンの最大全長と同程度の大きさだ。全体的に固まった血のような赤黒い色。脚は太く、指先はヤモリのそれのように平たい。尾は長く、どこか鞭のような印象を与える造形だった。


 男は、巨大爬虫類から得られる情報から、


「…………」


 何を思ったか、動画を撮り始めようとして、


「ち、ち違う違う、先にけ、警察」


 我に返って警察に電話を掛けようとしたのだが、


「っ⁉」


 その直後、爬虫類が男の方を向いた。完全に目が合っていた。

 男は叫びそうになる衝動を必死に抑え、110番通報を行った。


 一瞬だけ、スマートフォンの画面を見て、。


「け、警察ですか!」

『はい。何かありましたか?』

「で、で、デカイトカゲが……あれ?」


 さっきまでそこにいたはずの爬虫類は、忽然と姿を消していた。あるのは、腹部を大きくを抉られた男性の死体と、頭のない女性らしき死体。


『……もしもし?』

「ど、どこ行った……?」


 男が巨大爬虫類を探そうとした瞬間、


 助手席側の窓ガラスの突き破り、爬虫類が車の中に侵入してきた。


「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」


 爬虫類は、悲鳴を上げる男の左腕に食らいつき、窓のあった場所から社外に引きずり出そうとした。

 男はシートベルトをしていなかった。


『え、ちょっと、どうしましたか⁉』

「え、駅前の駐車場の、トカゲ、デカいトカゲが、いっ、っだだだだだだだ⁉」


 男は助手席のドアに引っ掛かった。爬虫類の尋常じゃない膂力に、左腕が悲鳴を上げる。


『ちょっと、もしもし⁉ もしもし⁉』


 男はパニックになり、スマートフォンから聞こえる声に返事を出来なかった。

 そんな男をよそに、爬虫類は強引に左腕を引っ張り続け、ついには、左腕の肘から下を引き千切った。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉ ああっ、ああああアアアあああァァッァァあッ⁉」


 助手席を、運転席を、男の衣服や身体を、鮮血が染め上げる。


 爬虫類は男の左肩に噛み付き、車の外に引きずり下ろした。

 抵抗させる間もなく、男の下腹部を食らいつく。


「あっ、やめ、い、ぎあ、が──」


 が、ごき、ぶちっ。


 爬虫類は、先に男の首を嚙み潰した。静かになった。


 爬虫類は、悠々と男の内臓を食べ、頭を丸飲みにし、千切れた左腕を含め全身を余すことなく食べ尽くした。他の死体も同様に食べた。




§




 ああ、狩りやすい。何て狩りやすいのだろう。


 コソコソ命を寄せ集めるよりも、ずっと楽だ。簡単に質量を集める事が出来る。


 この星も食らい尽くしてやろうと考えてはいたが、こんなにも簡単に殺せる命だったとは。しかも、そこら中にうじゃうじゃいると来た。


 味は微妙だが、気に入った。先にこの生き物から食って……あ?


 また、アイツか。

 何度、オレの邪魔をすればいいんだ。腹が立つ。


 気が変わった。アイツを、先に食い殺してやる。

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