第二章 搔き混ぜられる色

part1 薄氷の疑問

 翌日。


 舞の身体は無事快復し、心咲の家で朝からゲームをする運びになったのだが、


「そこだぁぁ!」

「グワーッ⁉」


 心咲にトドメの一撃を叩き込まれた椋子が悲鳴を上げる。


「サヨナラ!」


 ゲームセットのコールと効果音に合わせて椋子が叫ぶ。


「勝ったー!」


 心咲がコントローラーを持った右手を突き上げる。


「くっそー、勝てねぇ!」


 椋子が膝を拳で叩いて悔しがった。


「相変わらず強い……」


 舞が感心と呆れが混ざった声で言った。因みに、ゲーム開始直後に心咲に秒殺されていた。


「えへへ~!」


 心咲は照れ笑いをした。謙遜は一切ない。


「くぅ……もう一回!」

「あ、私も。秒殺されたから全然遊べてないし」


 二人の挑戦する意志を受け、心咲は猛禽類を彷彿とさせる笑顔を向けた。


「いいよ! ハンデ付ける?」

「いらない」「いらん!」

「承知!」


 心咲がゲーム開始のボタンを押した。




§




 日が傾き始めた頃。


「だ、駄目だぁ……」

「ばたんきゅう……」


 舞と椋子の二人は、重なって倒れていた。舞が下で、椋子が上だ。


「……あの、椋子。降りて……」

「あ、ごめん……」


 椋子は、シャクトリムシのようにズルズルと舞から降りた。


「いやいや、今のはちょっと危なかったもん」


 心咲の言う通りで、今までで一番ダメージを与えられたのだが、けして勝利を掴める圏内には到達していなかった。


「ええ……? 二六回こんだけやってようやくちょっとでしょ……」

「あは、世界クラスって凄い……」


 椋子、舞の順番に言った。戦意は殆ど残っていない。


「いやぁ、それほどでも……ある!」

「あるんかい」「あるんかい」

「ゲームにおいては謙遜しないと決めているのです」


 えっへん、と心咲は胸を張った。


「まあ、謙遜せんでいいと思うけどね。タイムアタックの記録保持多数なんだしさ」

「うん!」


 心咲は椋子に頷き、ふと何かを思い出したような表情を見せた。


「あ、そうだ。舞ちゃん、あのノコギリクワガタの事、椋ちゃんから何か聞いてる?」


 話を振られ、舞は上体を起こして身体を心咲に向ける。


「うん、大体は。何かずっと暴れていて、テラリウムから出してみたら壁に向かって飛び続けた……で、合ってる?」


 言いながら、椋子を見る。


「ん、合ってる合ってる。飛んでたのは五分くらいだった」

「そう。衰弱してないみたいで、本当に安心した」


 心咲が溜め息を吐くように言った。


「そっか、良かった」


 舞が安心したように言う。

 テラリウム、もとい巨大な飼育ケースから、大きな物音は聞こえてこない。


 少しの間があって、心咲が話し始める。


「これは、たぶん与太話って段階の話なんだけどさ。聞いてくれる?」


 舞と椋子は、何も言わずに座り直した。


「ありがと。火球が落ちてから、怪奇現象が起き始めてない? って話」


 舞と椋子はちらりと顔を見合わせ、心咲に顔を向け直した。


「まず火球、本当に変なんだ。あの後調べたんだけどさ、隕石の破片一個も見つかってないみたいなんだよ。関係各所、困惑してるみたい」

「そうらしいね」


 舞が相槌を打った。


「やっぱり舞ちゃんも調べてた?」

「一応ね」

流石さっすがあ。じゃあさ、昨日、隕石が落ちた場所周辺の虫が大移動したのも、その後に二体のバケモノが出てきて戦ったのも、知ってる?」

「……ああ、うん。知ってる。ニュースになってたよね。見た見た」


 一瞬返事に遅れたが、舞はどうにか怪しまれずに済んだ。


「隕石、虫の奇妙な行動──ノコギリクワガタの事は考えないとだから置いとくけど──に、バケモノ二体……、何か関係性あるのかなあ?」


 舞はそれを聞き、暫く考えて、


「いや……関係ないと思うよ? 流石に……」

「そうかなあ?」

「第一、確かめるにしても危なすぎるよ」


 それを聞いて、椋子が唸る。


「確かになあ。最後の方で、金属みたいなヤツが切断光線を出して、虫みたいなヤツを真っ二つにしたんでしょ? それが飛んでくるのは……」

「でも」

「たぶん『嫌な感じ』の正体もアレだろうし、止めた方がいいと思う」


 引き下がろうとしない心咲に、舞はトドメを刺すように付け足した。


「むう……分かった」


 心咲は釈然としない様子だが、一先ず了承したようだった。




§




 その後、三人は何度かゲームを変え、何度か対戦をした。

 結果は心咲の全勝。舞と椋子は何度目になるか分からない『次こそ勝つ』という決意表明を胸に、薄暗くなり始める前に帰宅する事となった。


 帰宅途中の事だった。


「……舞ちゃんさあ、こないだも思ったんだけどさあ」


 椋子は、急に話題を変更した。


「ん、何?」

「今回、ずいぶんと消極的じゃない? いつもならもうちょっと話題に食いつくのに」

「たまたまだよ? 嫌な感じの結果なかみが、バケモノだった訳だし」

「そうなんだけど……何て言うかさ、無理に避けようとしているというか……避けさせようとしている感じがする、というか」

「…………」

「何か隠し事してたり、する? 話があるなら、聞くよ?」


 舞は、椋子の顔を真っ直ぐ見つめた。

 少し間があり、何か言おうと口を開き、何も言わずに閉じた。

 そして、小さく首を振った。


「ううん、悩みとか、特にないよ。心配しないで」

「……なら、いいんだけど」

「本当だってば。じゃあ、私こっちだから」


 舞はそう言って、自宅に向かう道を指差した。


「あ、そっか」

「うん、また明日。課題やってきなよ?」

「先生みたいな事言うなあ……分かってる。じゃあね」


 椋子の後ろ姿を暫く見てから、舞は指差した道を歩き始めた。


〈鋭いんだね、舞の友達〉


 それからすぐに、ウィリアムが話しかけてきた。


 舞は周囲を確認し、小声で話す。


「私もそう思う」

〈舞のためにも、彼女らのためにも、隠し事に触れられなくていいようにしよう〉

「うん。早く終わらせないと、だ……」


 舞はウィリアムと会話しながら歩いて行く。


 その後ろ姿を、電柱の影から椋子が見ていた。


「……誰と話してるんだ、あれ?」


 そう考えたが、隠れる場所が少ない事、尾行がバレた時の事を考え、それ以上の深追いはしなかった。

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