part5 ファースト・コンタクト

 人々の前から逃げ出した舞は、身体が崩れる事も厭わず走り続け、やがて立ち止まった。

 瞬間、身体が完全に崩れ落ち、その奥から人間の姿をした舞が出てきた。


 舞は何度か呼吸を整えようとしたが、上手くいかなかった。


〈丁度、今が時間切れみたいだね。地球の時間で、だいたい三分か……〉

「だいたい、三分……」


 それを聞いて、舞は何とも言えない表情になった。

 来た方向に振り向き、不安そうに呟く。


「さっきいた人達から、見えないよね……?」

〈それは……分からない〉

「そっか……じゃあ祈る、し、か……」


 急に、舞はドサリと座り込んだ。


「あ、あれ?」


想定外の出来事で、舞は目を白黒させた。


〈どうしたの⁉〉

「急に力が……あぇ? 何で?」

〈えぇ⁉〉

「あ、何か、意識も遠とっても眠くなってきた……」

〈な⁉ こ、ここで寝るのはマズイ! アイツに勘付かれたら!〉

「うん……けいさつ、とかく……だろうし……」

〈そ、そう! 立って! 立ってくれ!〉


 舞は呻きながら全身に力を込め、ふらりと立ち上がった。

 木を伝うようにして、転びそうになりながら、倒れそうになりながら、自宅へ逃げ帰った。


 心咲や椋子の家の近くにある、二階建ての一軒家。そこが、舞の自宅だ。


 両親や知り合い、親切な誰かに出会わなかったのは、寧ろ幸運だったのだろう。

 舞はドアを開け、倒れ込むように家の中に入った。


〈大丈夫……?〉

「ああ……うう……」


舞は気力を振り絞って立ち上がり、ドアにもたれかかって鍵を閉め、背を預けて座り込んだ。


 舞は、意識を手放した。



§



 七月七日の事だ。


 この日は七夕にしては珍しく、晴れたまま夜を迎えた。

 私は美術館隣の公園、その近くの雑木林を探索していた。

 

 理由は単純で、星空の見やすい場所探しと、ついでに昆虫観察をするためだった。


 星空は駅前よりも見やすかったけど、プラネタリウムで見るような映像みたいにはならなかった。ちょっとだけ残念。

 昆虫は……それなりに時間をかけて探したけど空振り。少し時期が早かったのだろう。


 ふと顔を上げると、丁度そこだけ梢がなく、吹き抜けのようになっていた。

 星空が、カシオペア座が見えた。


「星空に手を伸ばせば……」


 思い入れのある歌詞を口ずさみながらカシオペア座に手を伸ばして、


 そして、突然世界が爆発した。


 炎の中で、何か尋常でないものを見た気がして──、


 気付けば、私は奇妙な空間に横たわっていた。

 幾つかの光点が飛び交う、暗い空間だ。


「あれ、ここは……」


 立ち上がって周囲を見渡そうとする前に、それが目に入ってきた。


 三メートル程の大きさの、揺らめく炎のようにも見える人型の光だ。


〈気が付いた?〉

「喋った⁉」


 何故か、声の主が光だと理解していた。


〈言葉通じてる? 何か変じゃない?〉

「う、ううん。大丈夫」

〈じゃあ良かった〉

「……あなたは、誰?」

〈M87星雲方面の星人〉


 M87星雲というと、おとめ座の方にある楕円銀河だ。


「ここはどこ?」

〈次元のはざま。緊急事態だったから、君をここに連れ込んだ〉

「緊急事態?」

〈そうだ。僕は、ヴェノンコーヴィルを追って来たんだ〉

「何、それ?」

〈宇宙の平和を脅かす、邪悪な存在。怪獣、が適しているかな。強くなり、進化するためだけに、自分以外のあらゆる生命いのちを星ごと喰らい、滅ぼしてしまう〉

「宇宙、怪獣……」


 にわかには信じられないけど、こうして炎のような光が話しているし、ありえるかもしれない。


〈この星の衛星であと一歩まで追い詰めたのだけど、逃げ込まれてしまって……。ヴェノンコーヴィルごと落下してきたんだけど、その……〉


 途中で、星人は黙ってしまった。


「何?」

〈……落下地点に、君がいた。正面衝突してしまったんだ〉

「……えっと?」

〈つまり……君は死んだ〉

「死んだ?」


 言葉の意味を理解出来なかった。

 だってじゃあ、今ここにいる私って何? という話になるし。


〈ついでに僕も、限界が近いみたい……〉

「限界って……それ私達どうなるの⁉」

〈このままじゃ、二人とも消滅する〉

「え⁉」


 よく見たら、星人の光が徐々に弱まっていた。

 自分の体を検めると、少しずつ透けていっているのを実感した。


「ちょ、怪獣、ヴェノンコーヴィルは倒せたの⁉」

〈いいや。倒しきれなかった〉

「え……ど、どうするのこのままじゃ地球も!」

〈そうならないための手段が一つだけある。二人で命を共有するんだ〉

「……命を……」

〈勿論、無理にとは言わない、言えない。けど……〉

「分かった、やる!」


 宣言しながら、私は右手を星人に伸ばした。ほぼ即断だった。

 星人が私の手を取ると、その身体を構築している光が、私の中に流れ込んできた。

 視界が光で満たされていく中、私はふと疑問に思った。


「そういえば、あなたの名前は?」

〈名前? 何それ?〉

「ないの?」

〈うん〉


 ビックリした。名前を付ける文化がないんだ。

 流石に『星人』と呼び続けるのは気まずかったので、私は少し考えて提案した。


「じゃあ、ウィリアムはどう? アイルランドとイギリスの天文学者から持ってきたんだけど」

〈ウィリアム……うん。分かった、僕は今からウィリアムだ〉

「私の名前は舞。真野 舞。『自分の思うように振る舞えるように』って意味なんだって」

〈そうなのか。よろしく、マイ〉

「よろしく、ウィリアム」



§



 舞は、自分が『起きた』事を自覚した。

 目に入ったのは、見知った天井。自分の部屋のベッドから見上げるそれだ。夜、電気を消した時の風景だった。


「……あれ……」

〈気が付いたかい?〉


 ふいに、ウィリアムの、舞を労わる声が聞こえてきた。


「ウィリアム……」

〈ごめん、勝手に身体を動かした。あそこに放置は、どうかと思って……〉

「いや……大丈夫、ありがとう」


 舞は目を動かして周囲を確認し、自分の下半身に目を向けた。


「……ズボン、脱がしたの?」

〈あ……駄目だった?〉

「いや、今更いいよ。一心、じゃなくて、二心同体な訳だし。それに、」

〈それに?〉


 舞はシーツを撫でながら続ける。


「洗濯物、一つ増えなくなった」

〈そっか。そうだね〉


 舞とウィリアムは、二人でヘヘヘ、と笑った。


 ひとしきり笑ってから、舞が話を切り出した。


「どのくらい寝てたの、私」

〈十一時間くらい〉

「そっか。何日も経ってなくて良かった」

〈それは……アニメとかの見過ぎじゃない?〉

「かもね」


 ふふ、と笑い、舞は目を閉じた。

次の瞬間には、真剣な表情になっていた。


「ねえ……怪獣、倒せたと思う? 私、そう思えないんだけど」

〈…………〉


 ウィリアムは答えなかった。


「お願いウィリアム。言って。正直に」

〈……僕も、倒せたとは思えない〉

「だよね……アイツ絶対やり返しに来るよね?」

〈恐らくは。しかも、もっと強くなって〉

「だよね……」


 深く息を吐き、舞はベッドに体を沈めた。


「寝てる間にさ、夢、でいいのかな? 見たんだ。私達のファースト・コンタクト」

〈……そうなんだ〉

「その、さ。私達、勝てるのかな」

〈舞……〉

「戦うのって、あんなに怖いんだね……」


 そう言って、舞は右手を見た。震えていた。


「特撮とかアニメでヒーロー見てて、知ってはいたけど。『つもり』止まりだった。こういうのを、『身をもって知る』、って言うんだろうね」


 舞は、自嘲気味に言った。


〈…………。その〉

「謝らないで」


 牽制するように言ってから、舞は拳を作り、それを左手で包んだ。震えは止まらない。


「覚悟は全然決められないけど、やるって決めたから。だから」

〈……分かった〉

「うん。……さてと、落ち着いたら何だかお腹減ってきちゃった。何か食べる」


 舞はそう言って、ベッドから降りた。

 部屋の電気を点け、タンスから服を適当に引っ張り出し、


「ん、地面を転がったのにズボンのお尻以外汚れてなくない?」

〈え、今更⁉〉

「うん。変身したら汚れリセットされるの?」

〈たぶん……〉


 ウィリアムは自信がなさそうに答えた。


「たぶんて……」

〈ごめん、他の生命体との同化は初めてだから、分からない〉

「あ、そっか……。スマホどこ?」

〈あ、机の上〉

「ん、ありがと」


 舞はスマートフォンを手に取り、電源を入れた。

 時間は午後八時三十分と表示されていて、


「うわ」


 山盛りの、Discordからの通知がある事が判明した。


「ええ、何……」


 送り主は心咲で、内容は『明日ゲームをやれるか』、『これ見えてる?』、『もしもーし⁉』といったものに分類出来た。


「あー……」


 舞は少し考えて、メッセージを送る。


舞:『ごめん、用事済ませた後に寝ちゃったみたいで気付かなかった。今日は疲れているから、今度でいい?』


 返事は十秒と経たずに送られてきた。


心咲:『そうだったんだ。明日空いてる?』

舞:『空いてる』

心咲:『じゃあ明日、椋ちゃんと三人で集まってゲームやらない?』

舞:『いいけど、椋子に確認取ったの?』

心咲:『今聞いてくる!』


 二分後、心咲から再度メッセージが送られてきた


心咲:『OKだって! 二人まとめてかかってきなさい!』


「……ふふ」


 舞は笑みをこぼし、応える。


舞:『全力で行く。お手柔らかに』

心咲:『分かった!』

心咲:『全力ね!』

心咲:『約束!』

舞:『うん、約束。オーバー(完了)』

心咲:『うん!』


 心咲の返事を見て、舞はアプリを閉じ、スマートフォンの電源を切った。


「……ウィリアム」

〈何だい?〉


 舞はスマートフォンの画面を見つめ、まるで流れ星に願い事を言うように告げる。


「勝てるかどうかはさておき、友達だけでも守りたいな」

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