第2話 彼女はツケている。

「うらめしやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」


 どアップでぼくに恨みをぶつける顔にぼくは平手を押し当てて引きはがす。

「友達を差し置いて彼女を作るとか、うらやましいいいいやああああああああああああ。」

 ぼくにすごんでくるのは顔はイケメンなのに中身が残念なぼくの友人だ。


 この「聖マルタ学院」の高等部は高倍率だけあって同中おなちゅうの友達はいない。

 ましてそれが男子ならばなおさらだ。

 しかしこの臼井辰也うすい たつやは例外的な中学時代の友人なのだ。

 とある縁から学校は違うが交友があった。

 だからこそ入学したばかりなのにこのように親密な冗談を言い合える。


「観自在菩薩行信般若波羅蜜うんた~か~たら~。」

「おい、ホントにお経を読むなよ。」

「うるさい、この裏切り者め。」

 こんな感じでも友達なのだ。

 うっかり朝のあいさつで昨日彼女ができたことを言ってしまったらこのようにウザくなってしまったが。

「それで~、相手は何処のどなたですか。」

「なんで親にも言ってないことをお前に言わなきゃならないんだ。」

「そこは親友なんだから、親より話しやすいだろ。」

「そりゃそうだが。」

「それで誰だよ。クラスの奴か?それともB組の高橋さんか?」

「違うよ。てか高橋さんって誰だよ。」

「おまっ、高橋さんを知らないのか。」

 うん。と、頷いた僕に辰也は「うっそ~~ん、信じらんな~い。」って顔で見て来た。

 ほんと、顔はイケメンなのにな。顔は。


「中等部の子だよ。3年で1こ年下。」

 しかたないから少し教えることにしたのだが、

「中等部の子って、何処で接点持ったんだよ。ナンパか?」

「違うっちゅうの。」

 あらぬ嫌疑をかけられそうなのでしっかりと否定しておく。

「一目ぼれしたんだってさ。昨日の放課後に下駄箱に手紙入ってて、屋上に呼び出された。」

「お前、よく行けたな。不良の呼び出しだったらどうすんだ。」

「男子校じゃあるまいし。」

「そうか~。ひとめぼれか~。今どきあるんだなそおいうの。」

「お嬢さま学園だしあるんだよ。」

「夢だけどなぁ~。」

「夢じゃないんだよなぁ~。」

「夢だけど~。」

「夢じゃなかった~。」

「夢だけど~。」

「夢じゃなかった~。」

「夢だけど~。」

 とりあえず、辰巳を殴ろうと追い掛け回した。


 それからクラスの担任がやって来て、ホームルームが始まり授業へと進んでいった。

 ごく普通の学校生活。

 男女比率が女子の方が多いのと、授業内容が難しいの以外は普通の日常だった。


 ぼくに彼女ができるなんて、ぼく自身夢みたいだ。



 キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが鳴り教師が教室から出ていく。

 今からお昼だ。生徒はみんなせわしない。が、先生だって人の子だ。お腹が減っていたらせわしなく出ていくもんだ。

 まぁ、そういう訳で快適にお昼ご飯に進めるわけだ。

「拓海~、購買行こうぜ。」

「おう。」

 そう答えるけど、ぼくは母さんが作ってくれたお弁当がある。

 購買には辰巳の付き合いで行っているだけだ。


 バンッ!


 と、いきなり教室の前の扉が大きな戸を立てて開かれた。

 教室内の皆が驚いてそちらを見ると、

「ぜぇ~、はぁ~、ぜぇ~、はぁ~、―――――センパ~~イ、一緒にお昼ご飯食べましょう。」

 とても息を切らしたぼくの彼女がお昼を誘いに来ていた。



「なんであんなに息せき切っていたんだ。」

 購買の横の食堂、ここでぼくと辰也はお昼ご飯を食べる。

 だが、そこに今日は1名追加で席をとっている。

 ぼくの彼女、谷口リンゴだ。

「何でも何も先輩をお昼に誘うのを忘れていたからですよ。」

「それで走って僕の教室まで来たのか。」

 中等部の校舎から高等部の校舎迄結構な距離があるぞ。

 ぼくの彼女はなかなかアグレッシブなようだ。


「センパ~イ、このおかず美味しいですよ。」

「いや、僕自分のお弁当があるんだけど。」

 お弁当の中身を僕に食べさせようとするリンゴにやんわりと断りを入れる。

「ぐぬぬぬ~、ここも事前に手を打っておくべきでしたか。」

 と、悔しがっているけど、

「手を打つって何をするつもりなの?」

「そこの邪魔な男子なら、登校中に狙撃でもして休みにしたのですけど。」

「ひど。」

「あのさ、ぼくの母さんは狙撃しないでよ。辰也なら構わないけど。」

「ひど。」

「わきまえてますわ。将来のお母さまにそんなひどい仕打ちはしません。」

 と、言われてもぼくは、嫁姑戦争なんて言葉を知っているだけに安心はできない。

 多分、聖杯をめぐるマスター同士の争いのような醜さなのだろう。


「てか、お前の彼女って、若干重くない。」

「さて、雉はどう料理しましょう。」

「雉も鳴かずば撃たれまい。」

「ごめんなさい。」


「さて、場も温まりましたし、私はご友人に自己紹介した方がいいのでしょうか。」

 冗談を言いながらもお昼ご飯のお弁当は広げている僕とリンゴ。

 しかし、購買から学食に変えた辰也はおろかにもおうどんだった。

 こうして喋ってる間にもうどんは伸びるというのに、話に入って来たがるならもうちょっとメニューを考えた方がいいぞ。

 まぁ、言ってやらないけど。

「それならまずは俺から自己紹介と行こうか。」

 と、食事中に席を立つ辰也バカ

「結構。必要ありませんわ。」

 と、リンゴが答えると。

「お、もう俺のこと知ってくれてるの。」

「覚える必要はありませんから。バカで十分でしょう。」

「ヒドイ。なあ拓海、これも冗談の内だよな。」

「もちろんそうだよ。バカだな~。」

「なんかいまひとつ確信が持てない。」


「あらためて、こいつはぼくの友人で臼井辰也っていう。」

「よろしく。女の子紹介して。」

「基本、紹介するのも恥ずかしい友人です。」

「先輩、友達は選んだ方がいいですよ。」

「ははは、ぼくに友達を選べるだけのコミュ力があったら選んでるよ。」

「拓海って内弁慶の陰キャだもんな。」

「ほっとけ。」

 その話をしたら、リンゴは少し考えた顔をして、

「つまり先輩には友達がいない。」

「うん、そうだよ。」

 そう答えるけど、あえて自分で認めるのも堪える。


「それで、こっちがぼくの彼女になった――――


 改めてぼくの彼女の容姿を見てみる。

 亜麻色のミディアムヘアはお嬢さまらしくゆるふわ系。

 小顔の為より大きく見える瞳は青色。

 というのも、イギリス人とのクオーターらしい。

 肌は色白だが健康的。

 元気なのはお昼休みにダッシュしてきたことからも分かるが、そうは見えない小柄で細い手足をしている。

 中等部の3年になるが、成長を見込んで大きめに作った制服は袖が余っている始末。にもかかわらず、胸囲はパンパンに張りつめているほどに立派なロマンをお持ちであった。

 全体を見た感想は純粋培養されたお嬢さまである。


「谷口リンゴちゃんだ。」


「え?谷口リンゴってあの――――」


 にもかかわらず、


「それじゃあ、挨拶も済んだことですし、すっこんでくれませんか。お邪魔虫さん。あと――――呼び捨てにすんなバーカ。」


 と、このように口が悪いのでいらっしゃる。

 あとメンチ切らしてもすごみがあるのだ。


「ひ――――っ、すみません退散します。」

 と、辰也が逃げ出すほどである。


 美少女なのにな。


 辰也は離れた席に移動して僕を心配そうに見つめながらうどんを啜り、

「うげぇぇ、伸びてる上に冷めてる。」


 そして僕たちは2人っきりになった。

 正確には食堂には他に人はいるが僕らの周りだけすいているのだ。


「すまんな。あいつはあれでいいやつなんだぜ。」

「ですが普通のかたは怯えられますよね。」

「風評被害もはなはだしいけどな。」

「それが誤解でないことは先輩が良く知っているはずです。」

 若干、声が沈んでしまったリンゴの頭をぼくは優しく撫でてあげた。

 柔らかかった。その髪質も、心も――――。

「―――――――ん、それでは先輩、お昼ご飯食べましょう。このイセエビ美味しいですよ。」

「いや、だから僕にもお弁当あるから。」

「ええ~~~~。あっ、そうだ。ならお弁当の交換しましょう。」

「いやいやいや、ぼくのお弁当じゃリンゴのお弁当とグレードが違い過ぎるじゃないか。」

「いえいえいえ、所詮シェフの作ったお弁当です。お母さまが作られたお弁当と比べ得れば安い物。足りない分は私からのあ~んでいいですか?」

「いやいやいや、学校であ~んはぼくにはまだ早すぎる。」

「えぇい、往生際が悪いですよ。素直になっちゃいなよぅ。ほらほら、いやよいやよも好きの内~。」

「あ~れ~~~~~~~~。」

 ぼくはリンゴにぶっといイセエビを無理やり口に突っ込まれたのであった。


「ご、ごちそうさまでした。――――うぷ、」

 最初は恥ずかしさから、後半はその量から何を食べているのか味もくそも分からなかった。

「このお弁当多くない。」

「そうですか?」

「そうですかって、リンゴちゃんはいつもこの量を食べているの。」

「そうですけど。」

 そうですけどって簡単に言うけど、この細い体のどこにあの量の食べ物を収めているのだろう。

「それじゃあぼくのお弁当じゃ足りないんじゃ。」

「そんなことないですよ。

 ぐうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう。

            お腹いっぱいです。」


 リンゴの笑顔が固まった。

「………………………………………………………………。」

「………………………………………………………………。」

「…………パンかなんか買う?」

「いいですの。ワタシダイエット中っで―――――」

 ぐううううううううううううううううううううううう。

「ダイエット中ですので。ですから今から走ってきますので失礼します。先輩また放課後にいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ。」

 リンゴは走り去って行ってしまった。

「…………元気な子だねぇ。」

「ほんとにねぇ。」

 さくらのつぶやきにぼくはそう答えたのだった。



「おい、拓海。大丈夫だったか。」

 お腹をさすりながら僕が食堂から出ると辰也が話しかけて来た。

「大丈夫かって何がだよ。」

「だってお前、フォアグラ作るガチョウみたいな目にあっていたじゃないか。」

 はたから見たらぼくってそんな状態だったのか。

「大丈夫だって、ちょっと豪華なお弁当をご馳走になっただけだよ。」

「そうなのか。」

「だから噂みたいなのは気にすんな。」

「………………本当に大丈夫か?」

「大丈夫だよ。」

 心配する親友にぼくは確信をもって答えた。






 その後重たいお腹を抱えて午後の授業を終えた。

「以上でホームルームを終わる。」

 そう言えばリンゴがまた放課後にって言ってたけど何処で待ってるんだろう?

「起立、礼。」


 バァン!


 突如開いたドアに教師も含めて教室の皆の視線が集まる。

「ぜ~~~、はぁ~~~~~。ぜ~~~~、はぁ~~~~~。」

「お、おまえ、中等部の谷口か。」

 キッ。

「ひっ。」

「”ホ~ムル~ム終わりましたよねぇ”。」

「え”?」

「”ホ~ムル~ム終わりましたよねぇぇぇぇえええええええ”。」

「あ”あぁ、終わったぞ。」

「センパ~イ、一緒に帰りましょ~~う。」

 担任から「お前がらみかよ。」と言うような、はたまた同情のような視線が送られてくる。

 どうやら放課後の約束をし忘れたので、また走ってきたようだ。

 教室の入り口からリンゴがいい笑顔で手を振っていた。



「先輩、学校には慣れましたか。」

 放課後の帰り道。

 ぼくの家は学校から徒歩の圏内である。

 だがリンゴは違う。

 本来は迎えの車が来るのだが、

「先輩のお家の近くまで行きたいな。」

 と言ってきた。

 そしたら辰也が「だから重いって。」とツッコンできてはリンゴに睨まれていた。

 ぼく側には文句が無かったので一緒に帰ることになった。


「まだ女の子が多いから落ち着かないかな。」

「減らしましょうか?」

「いや、しなくていいですから。」

「冗談ですよ。そんな真面目に答えないでください。」

 一瞬、マジな顔した人が言わないでくださいよ。

「それで、授業には付いて行けますか。」

「あぁ、そっちは大丈夫だよ。ただ、トイレが男子は教員用しか無くて不便かな。」

「それじゃぁ、先輩が女子トイレを使えるようにしましょうか。」

「無茶なことはやめて!」

「大丈夫、先輩ならスカートも似合います。」

「無茶なことはやめてぇぇぇぇ!」


「それで、冗談はこの辺にして。」

「ねぇ、ぼくと辰也の扱いが同じような気がするけど。」

 笑顔のリンゴにぼくがそう言うと、ハタと気づいたように立ち止まるリンゴ。

「これはあのお邪魔虫を徹底的に排除すべきですか。」

「やめたげて。」

 ぼくのたった一人の友達が居なくなる。

 そんなことを言いながら歩く僕たちは並んで歩く。

 リンゴは手をぶらぶらさせて歩く。

 まぁぼくも手がぶらぶらして手持ち無沙汰な感じだ。

 今、ぼくたちの手は手ぶらだ。

 2人共荷物を持っていない。

 チラリと後ろを振り向くと、黒いスーツ姿の女性が付いて来ている。

 その人の手にはぼくたちのカバンが握られている。

 こつこつこつ、と後ろをついてくる足音が気になる。

 一応断っておくが彼女は不審者ではない。

 リンゴの専属執事らしい。

 さすがお嬢さま。

 今どき執事を個人で所有している日本人なんていないんじゃないのか、って思っていたけど、いるところに入るもんだ。

 たしか……なんていったかな?


つつみです。」

「うおっ。」

 僕が考えるそぶりを見せたら顔のすぐそばに寄って答えてくれる。

「こら、堤、先輩をびっくりさせない。」

 いやホントにびっくりした。

 全く気配が無いんだから。

 ただ、わずかに線香のような香りが鼻についた。

「すみません。ですが……」

「言い訳はいいです。」

 さすがに申し訳ないので、

「いや、そんな怒らなくたって。」

「誰のせいですか。」

「へ?」

「いえ、いいんですけど。」

「と、そんなこと言ってるうちに家の近くに来ちゃたよ。」

「くっ、時間切れですか。」

 ぼくが堤さんからかばんを受け取って家に帰ろうとしたら、

「あ、あの、先輩――っ。」

「ん?どうした。」

「あ、あ、あの、今度の日曜日空いてますか?」

「日曜日?え~と、うん、空いてるけど。」

「なら、――――っ、で、デート。デートしましょう。」

「デート。え?もう。」

「はい。……いやですか。」

「嫌じゃないです。」

「では約束です。」

「分かった。」

 ぼくがそう答えると至近距離まで迫っていたリンゴが1歩後ろにステップを踏んで離れた。

「へへへ、やりました。それではまた日曜日に。」

「う、うん。」

 ぼくはリンゴの笑顔が眩しくてきびすを返すとすぐに家に帰った。


■■■


 リンゴside


 私は走って帰る先輩に気づかれることのないように後を付けた。

 先輩は少し先にあった一軒の家に入って行った。

「あそこが先輩の家……」

 それを確認した私は堤から一冊のファイルを受け取った。

「お嬢さま。本当にやるんですか。」

「当たり前です。なんの為にここまで来たと思っているのですか。」

 あきれる従者を置いて私は目的の行動を起こす。


■■■


「このバカチンが。」

 ぼくは家に帰ってすぐ部屋に上がるように言われ、そして正座させられている。

 ピコン。

 ぼくの頭にピコハンが振り下ろされた。

「このバカチンが。」

 そしてもう一度さくらにそう言われた。

 そうさくらにである。

 ぼくの目の前で足を組んでふわふわ浮いて、ピコハンを手の中で弄んでいる。

 さくらと喧嘩になることはたびたびあったが、今回はまた急にへそを曲げていらっしゃる。


「あの、今回何がお気に召さなかったのですか。」

「このバカチンが。」

 できるだけ事を荒立てないように尋ねるとまたもや罵倒されながらピコハンで叩かれた。

「それが分かってないから怒っているんだ。」

「ん~、何かしたっけ。」

「むしろしなかったから怒っているんだよ。」

 ピコン。

 また叩かれた。

 あと、なんで叩く時に前歯を出すんだろう。

 誰かのモノマネか。

「いいか、彼女、リンゴちゃんは彼氏と帰るのにわざわざ執事に荷物を持たせていた。更に横に並んで手をぶらぶらさせていたじゃないか。」

「言われてみれば。」

「気づけよバカチンが。」

 ピコン。

「気づいてやれよ。アレはサインなんだ。手をつないで帰りましょうっていう、女の子からのサイン。」

「そうだったのか。」

「いいか、次は気づいてやれよ。」

「てかそれだったらその時に言ってくれたらよかったのに。」

「できるわけないだろう。若いカップルの間に入っていって余計なお節介を焼くなんて。「覗いていたのかこの小姑め。」って、怒られる。」

「怒らないよ。」

 てか、今のこれはお節介に入らないのか。

「それで言いたいことはそれだけ。」

「一応言っておくが今度のデートではちゃんと手をつないでやれよ。」

「やっぱり必要。初めてのデートで手をつないでいいもんなのかな。」

「ヘタレるなバカチンが。」

 ピコン。

「いいか、女の子はな、好きな男相手だったら少しくらい強引な方が満足できるんだ。」

「そういうもの?」

「そうなの。恥ずかしがったりヘタレたりで遠慮されるよりちょっと強引な方がイケる。」

 何の話をしているんだ。こいつ。

 まぁ聞かないけど。

 絶対にろくなことじゃない。

 でも初デートで手をつなぐくらいはいいかも。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。」

「ちょっと、どうしたのよ。急に叫びながらベッドにダイブしてゴロゴロしないでよ。キモイわ。」

 キモイ言わないでほしい。ちょっと傷つく。

「まさか、霊的なピコハンだと狂気を生むの。SAN値チェック中?」

「いや大丈夫だ。べつにさくらを通じて宇宙の何たらを受信してるわけじゃない。」

「じゃあどうしたのよ。」

「いや、デートで手をつなぐところを想像したら恥ずかしくなって。」

「うっわ~~~~。これだから陰キャは。」

「ほっといてくれ。」

「どこ行くのよ。」

 急に立ち上がった僕にさくらが聞いて来た。

「弁当箱、母さんに渡してくる。」

「そう。じゃあついでにジュース持ってきてよ。炭酸飲みたい。」

「はいはいわかりました~。」

 さくらはぼくに触れるし、ぼくもさくらに触れる。

 しかし、さくらだけでは僕以外の何かに触れたりしない。

 すり抜けてしまうのだ。

 だから何か欲しいものがあったりしたらぼくに頼む。

 毎度のことなのでぼくはさくらにパシラされるのに慣れてしまている。


「はい、母さん、今日もご馳走様。」

 部屋のある2階から1階の台所におりて、夕飯の支度中の母さんにお弁当の箱を渡す。

「はいお粗末様。」

 エプロン姿にポニーテールの母さんは何度見ても小学生ほどに見えてしまう。

 正直ぼくも何か手伝った方がいいのだろうが、母さんがやらしてくれない。

 だからいつも通り、お弁当箱を渡してそれで終わり。

 ぼくは自室に戻って夕飯を待つ。

 と、その前にさくらに頼まれたジュースをもっていこう。

 コーラでいいかな。

 コーラをコップに注いで部屋に持っていく。

 前にペットボトルごと持っていったら夕飯前なのにがぶ飲みされてひどい目にあったことがある。


 どたどたどた、バタァン!


「拓海、アナタ彼女ができたの⁉」




「おかえり遅かったわね。なんかお母さんの叫び声が聞こえて来たけど何かあったの。」

「ああ、ちょっとな。」

 ぼくが母さんとの話をさくらにしてやろうとしたら、

「そのまえにぃ~、ジュース、ジュース。おっ邪魔しま~す。」

 そう言って、さくらが僕の中に入って来た。

 冷たい感触。

 胸からさくらは手を入れてきて、もぐりこむようにボクの中に入って来る。

「んっ。」

 ちょうどさくらの頭の出っ張った部分がぼくの中に入って来る時、引っかかるように押し広げられる感触に、口から声が出ちゃうくらいくすっぐったさを感じた。

 そして頭が入ると、そこからズルリと一気に奥まで入って来る。

「んんっ。」

 その時僕の頭から足のつま先まで意識が飛ぶような痺れが走る。

「――――――っん、~~~はぁ。」

 ぼくの口から吐息が出る。

 しかし、ぼくが出したものじゃない。

 ぼくは今は自分の意志で自分の体を動かせない。

 例えるなら、金縛りや幽体離脱か何かの感覚だといえるだろう。

「――――――――ん、うぅ~~~ん。」

 そう、今はさくらが僕の体を動かしているのだ。

 さくらはぐっと背伸びをして、ゴキゴキと首を鳴らす。

「兄さんて、彼女が出来て緊張してたの。すっごい肩がこってる。」

 なるほど言われてみれば今のぼくの肩は軽い。

 無意識な緊張とかしていたみたいだ。

「ふふ~ん、久々のコーラ~。それで、兄さん、母さんと何があったの?」

 勉強机の椅子に座ってコーラを飲み始めえたさくらに、母さんとあったことを話してやる。

「母さんにさっそく彼女が出来たことがばれた。」

「ぷっ。」

 吹くなよ?




 どたどたどた、バタァン!


「拓海、アナタ彼女ができたの⁉」


 階段を登る途中でリビングから飛び出してきた母さんの叫びに、ぼくは階段から滑り落ちかけた。

 セーフ、コーラはこぼしてない。

「ふ~、母さんどうしたんだよ、いきなりそんなこと言いだして。」

「だって、さっきのお弁当のお箸から拓海以外の女の子の匂いがするんだもん。」



「ぶはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。さすが母さん、匂いで、匂いで女の存在に気付くなんて。はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。」

 さくらは腹を抱えて大笑いしていた。

「いや、さすがに匂いは冗談だったらしいけど。」

 ぼくは続きを話してやる。



「ちょっと、冗談よ。匂いで分かったなんて冗談だからそんなにドン引きしないで。母さん傷つく。」

 慌てて否定してくる母さん。

 そういう冗談はやめてほしい。

 危うく、ショックで手の持っていたコップを落としてしまうところだった。

「マジでビビったぁ~~~~~~。」

「でも、その様子だと彼女が出来たのは当たりみたいね。」

「うぐ、」

 そうだ。

 ぼくは母さんの発言のショックの余りで、彼女のことを否定していない。

 というかできなかった。

「ふふん。」

 これが狙い通りなら侮りがたいが――――、

「母さん、ぼくの洗濯物の匂いとか嗅いでないよね。」

「母さんあらぬ誤解を受けちゃった。」

 この人天然なところがあるからな。

「それで、母さんは何を根拠にぼくに彼女が出来たといいますか。」

「これを見よ。」

 そう言って母さんはぼくのお弁当のお箸を持ち出してきた。

「お箸、……これがどうしたの。」

 つい今しがたのことでちょっとお箸が怖くなってしまったが、母さんの差し出すお箸を観察する。

「ここよ、ここ。」

 そう言われて母さんが指さすお箸の先、ご飯を掴んだり咥えたりするところをよく見る。

 すると、うっすらとピンク色のキラキラしたものが付着していた。

「……何これ。」

「リップクリームよ。女の子が唇の乾燥を防ぐために付けるものよ。」

 聞いたことがある。

 女の子なんかはこのリップクリームが変わったことを気づかないだけで怒りだすこともあるといういわくつきのアレか。

 なるほど、それを唇に付けてお箸を使えば移ってしまうのも仕方ない。

「母さんは察しました。これは彼女からあーんをされたけど、間接キスは恥ずかしいといったヘタレな拓海が代わりに彼女に使わせたんだと。」

「うぐ。」

 ふつうそんなことまで気が付くか。

「これが違うというなら、拓海は女装に目覚めたってことになるけど、どう認める。」



「ぷははははは。それで認めたの。」

「はい。」

 ぼくの体でコーラを飲むさくらに潔く認める。

「それで、どうなったの。」

「今度、彼女を紹介することになった。あと、お弁当作らないほうがいいか気を使われた。」

「いいじゃない。リンゴちゃんはもうお嫁に来る気まんまんだし、順調ってことで。お弁当も作ってもらいなさいよ。」

「あのお弁当は、いろんな意味でぼくには重い。」

「ヘッタレー、男を見せなさい。よくそんなんで告白に即日OKできたわね。」

「その理由はさくらだって分かってるくせに。」

「それはそうだけどね。」

 さくらは飲み終わったコップを手で弄びながら独り言ちる。

「リンゴちゃんが本物である以上は――――

「……そんなことより、飲み終わったなら体を返してもらうぞ。」

「えぇ~、もう一杯。さっきの気が抜けてたからもう一杯。」

「ダメだ。もうそろそろ夕ご飯が出来るから。前も飲み過ぎて食べきれなかっただろ。」

「む~、仕方ない。今日はこのまま妹が食べに行くってのは?」

「……う~ん、まぁいいかな。ぼくはまだお昼ので気持ちがいっぱいだから。」

「やりぃ。」

「でも、母さんにはばれないようにな。」

「分かってるて。」

 大丈夫だろうか、母さんには女装も疑われていたのだが。


 その後無事にご飯を食べた後、さくらの希望でそのままお風呂もさくらに入らせてあげた。

「ふぅ~、さっぱりさっぱり。」

 髪を拭きながら部屋に戻って来たさくら。

 がさつに見えても女の子らしい仕草を見せるもんだから、母さんに怪しまれたりしてないだろうか。

「それじゃあぁ寝るか。」

 ぼくの意識がないとさくらはぼくに入り込めないので、寝る時ばかりは体を貸せない。

「いや寝るかって、いいのか?」

 さくらがそんなことを言ってきた。

「何が。」

「デートって次の日曜日だろ。明後日じゃない。」

「そうだな。」

「行く場所決まってるの。」

「いや、まだだが。」

「まさか彼女に任せきりにするつもりじゃ。」

「いやいやそれは無いよ。」

 さすがに僕でもそこまでヘタレじゃない。

「じゃぁいつ決めるの?」

「つまり今相談しろと。」

「今しなくて何時するの。」

「わかったよ。それじゃあ電話で……あっ、」

「ん?」



 次の日の朝。


 バァン!


 教室の扉が勢いよく開かれて、息せき切ったリンゴがやって来た。

「先輩、連絡先の交換しましょう。」

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