ボクのカノジョはツイている。

軽井 空気

第1話 ぼくはツイている。

 ぼくはツイている。

 

 僕の名前は藤宮拓海ふじみや たくみ

 今年の春に「セイントマルタ学院」というお嬢さま学校の高等部に進学した。

 ちなみに「聖マルタ学院」はお嬢さま学校として有名であるが、昨今の少子化問題で生徒数が減ったため、今年から共学化の運びとなったのである。

 そしてぼくはツイていた。

 男としてのアレも付いているけど、この学校は男子の入学の倍率が半端なく高かったのだ。

 そんな「聖マルタ学院」に入学できただけでもぼくはツイている。


 なんてったって、お嬢さま学校。

 幼等部からのエスカレーター式で箱入りのお嬢様ばかりの花園に正式に入ることができるのだから。

 ちょっと校舎を歩けばそこかしこに美少女が居る。


 男子の割合は女子に比べて少ししかいない。

 この花園に居る男子は選ばれたモノだけだ。

 その中に僕は居るんだ。

 それだけでツイているだろう。

 だがそれだけじゃなかった。


 放課後、下駄箱に手紙が入っていた~~~~~~~~~~。


 いやいや、入学早々にそんなサプライズが待っていようとは。

 期待してなかったといったらウソになるけど、けど早すぎるよね。

 まだ入学式から3日しかたってないんだよ。

 しかし、ぼくの下駄箱に入れられていたのは紛れもないラブレターだった。

 ハートのシールが張られていて、宛名には「ふじみやたくみ君へ」と、可愛らしい文字が書かれていたのだから。

 それを手に取った時、ぼくの体にブルリッと震えが走った。


 生まれて初めてのラブレター。

 ぼくの体の震えは止まらない。

 こっそりと周りに見られないようにその手紙の匂いを嗅いでみた。


 ブルリッ!


 リンゴのような甘酸っぱいような、いやこれはアップルパイのような甘い香りだ。


 右見て~。


 左見て~。


 よし、誰も見ていないな。

 ぼくの体の震えは止まらないけれど、震える手で封筒の中から手紙を取り出す。


「本日、放課後の4時に、西棟の屋上に来てください。」

 そう書かれていた。


 ぼくは急いで時計を見ると、


「3時56分。まだ間に合う。」

 トイレで髪型の確認とかしてる余裕はないけど、指定された時間には間に合う。

 ぼくは急いでその場所へ向かったのだった。


 その間、ボクの体の震えは止まらなかった。






 西棟の屋上。

 そこは「聖マルタ学院」に入学したばかりの僕でも知っているような告白スポットだ。


 女子高なのに告白スポット?

 なんて思う方もいるかもしれないが、女子高だからこそそんな場所が存在する。

 それは最早ロマンである。


 逆に、男子校に告白スポットがあれば、それはそれでロマンがあるという輩もいるだろう。

 だが、ここは男子のロマンを優先してもらいたい。


 ぼくが急いで西棟に駆け付け、屋上のドアを開けたら、そこには1人の女の子がたたずんでいた。


 ぼくの体の震えはさらに増した。


「ねぇ、君がこの手紙をくれた子かな?」


 ぼくがそう声をかけると、屋上に1人たたずんでいた女の子が振り返る。


 ドキリとした。


 振り返った子はこのお嬢さま学校でも目を引くような美少女だった。

 亜麻色のミディアムヘア。ゆるふわカールに仕上げられた彼女の髪は風にたなびき揺れている。


 の香りがして、ボクの体はさらに震えた。


 大きな瞳、青みがかった瞳が若干濡れたように光る。

 その瞳が僕をとらえた時、彼女の瞳が大きく揺れる。


 ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。


 いきなり響いたその音に振り返れば、僕が開けっ放しにした屋上のドアがひとりでに閉まったようだ。


 ホッッとため息をついて目の前の女の子を改めて見つめる。


「すみません、先輩。急に呼び出したりなんかして。」


 先輩。


 そう言われてはじめて気が付いた。

 ぼくを呼び出した女の子は中等部の制服を着ていた。


「実は一目見た時から先輩のことが気になっていたんです。」


 女の子はそう言って僕に頭を下げる。

 一目見た時から――――――

 その言葉で、一目ぼれかなという淡い期待を抱いたものだ。


 こういっては何だが、ぼくはパッとしない陰キャだと思う。

 目元は長めの前髪で隠れてしまているし、喋る時も大きな声を出すのは苦手だったりする。

 むしろ中性的と言われる方が多い顔立ちをしているそうだ。


 僕自身の意見ではないが。


「ところで、君は誰だい?」


 手紙にも書かれていない情報を求めて、ボクはその女の子に聞いてみた。


「すみません。私は「聖マルタ学院」の中等部3年の谷口リンゴと言います。」


「はじめまして。ぼくは「聖マルタ学院」高等部1年の藤宮拓海です。」


「よ、よろしくお願いします。それで早速ですし言っちゃってもいいですか。」


「何なりと。」


「その―――――――ひとめぼれです。私と付き合ってください。」


 この日、ぼくは人生で2回目の告白を受けた。


 やっぱり僕の震えは止まらなかった。






 ぼくの人生はツイている。

 そう言えるだろう。

 中流家庭に生まれた僕だが、幼稚園の時に父が死んだのである。

 それでツイてるなんて不謹慎だって言いたいだろう。

 だが、別に運がいいのツイてるという意味じゃない。

 こっちの「憑いてる。」だ。


 父方の家系に狐の妖怪が憑いていたらしい。

 父の祖父がお寺の住職だったが、廃仏毀釈運動によって廃寺に追い込まれてしまったらしい。

 このお寺に古くからキツネの妖怪が封印されていたのだが、廃寺になり管理する者が居なくなった封印は年々劣化していって、とうとう父の代で封印が解けてしまったのだ。

 父は仕事中に事故で亡くなった。


 ついてないことに、――――いや、憑いていたために父の妹もほどなくして病気で亡くなってしまった。


 一つ、ぼくにとって良かったことは、父たちと妹夫婦の仲はとても良かったことである。

 夫を亡くした母と、

 妻を亡くしたオジ、

 境遇の近かった二人は互いに励まし合って慰め合って、悲しみを乗り切った。

 この二人が再婚するのに時間はかからなかった。


「兄さん、兄さん。大きくなったらワタシ兄さんと結婚する。」

 小学生の頃、再婚した母と父だが、父にも子供が居た。

 さくらという名前の1こ年下の女の子だった。

 さくらとの兄弟仲は良好だったといえるだろう。

 なんたって将来は結婚するといってきたほどだ。


「ありがとう。でもねさくら、兄妹は結婚できないんだよ。」

「ぷ~、兄さんの情弱~~。いい兄さん。血のつながらない兄妹は結婚できるのよ。」

「うっそだー。兄妹での結婚はハンザイなんだぞ。」

「そんなことないもん。でないとお父さんとお母さんは結婚できないじゃない。」

「なんでそうなるんだよ。」

「だって、お父さんとお母さんは義理の姉弟なんだよ。」

「あれ?そうなのか。」

「そうだよ。兄妹で結婚がハンザイならお父さん達も姉弟だから結婚できないはずだよ。」

「それはぼくの父さんとさくらのお母さんが死んじゃって、それで姉弟じゃなくなったから。」

「なくならないよ。べつにお父さん達はリコンしたわけじゃないんだもん。」

「じゃあ、なんで結婚できたんだよ。」

「それはねぇ。血が繋がってないからなんだよ。」

「そうなのか。」

「そうなんだよ。血が繋がってなかったら姉弟でも結婚できるんだよ。」

「へぇ~~~~。あれ、でもそれだとぼくとさくらは血が繋がってるよ。」

「ぷぷ~~~~~~~~~。兄さんてば本当に情弱~~~~。ワタシと兄さんは血が繋がってるけどホントはイトコなんだよ。」

「そんなの知ってるよ。」

「兄さん、イトコは結婚できるんだよ。」

「そ、それだって知ってるよ。」

「だからワタシと兄さんは結婚できるんだよ。」

「だ、だからってぼくがさくらと結婚するとは限らないだろ。」

 せめてもの負けず嫌いだった。

「そんなことないもん。兄さんはワタシとしか結婚できないもん。」

「それこそそんなことないぞ。僕だって可愛いお嫁さんと結婚するんだから。」

「兄さんはワタシが可愛くないの。」

「そんなこと言ってないだろ。」

「じゃあ兄さんはワタシと結婚するの。」

「ぼ、ぼくにだってお嫁さんを選ぶ権利はあるよ。」

「むぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。お父さ~~~~~~ん、兄さんがいじめる~~~~~~~~~。」

 そう言ってさくらは父さんに抱き着いていった。


「ハハハハ、拓海駄目だぞ。さくらは拓海としか結婚できないんだからそんないじわる言っちゃ。」

「お父さんもひどい。」

 そんなたわいのない日常があった。

 妹のさくらはおませながらもカワイイ妹だった。


 あの頃のさくらは何処に行ってしまったんだろう。






「兄さん邪魔。テレビ見えない。」

 現在、さくらはぼくの後ろでふんぞり返って、ぼくの後頭部を素足で踏みつけてきている。

 思い出の中の妹の姿と見比べても、ソレはもう見事に変わってしまった妹の姿がそこにはある。

 綺麗な長い黒髪は最早見る影もない。

 白い肌も不健康なまでに透き通った白色になっている。

 服も白くて露出の激しい恰好である。

 肩が丸見えどころか、今にもオッパイがこぼれちゃいそうなくらい襟が開いた格好である。

 足を組んだりしているから裾の間から下着が見えてしまえそうになっている。

 さくらがこんなんになっちゃたのは中学の夏だった。


「さくら……そのだな、そんな風に足組んでいるとパンツ見えちゃうぞ。ちゃんと女の子の自覚をだな――――」

 ぼくは台所で夕飯を作っている母さんに聞こえないように小声でさくらに文句を言う。

「なになに、兄さんてば妹のパンツが見たいの。」

「ばっ!……そんなこと言ってないよ。」

「でも残念でした。妹はパンツ履いてませ~~~~ん。」


「なぁにぃ!」


 つい振り返ってしまったぼくの目の前に、ニマニマとしたさくらの顔があった。

「そっか~~~。兄さんてば妹のパンツが見たかったんだぁ。」

 裾を摘まんでヒラヒラさせるさくらの憎らしい笑顔が僕を見下す。

「くぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。」


「拓海~~。どうしたの、急に叫んだりなんかして。」

 台所から母さんが心配そうな声を掛けて来た。

「な、なんでもないよ~。」

 心配させないようにそう答えるしかないぼく。

「そぉう。ならいいんだけど。それよりご飯がそろそろできるからお皿だしと言てぇ。」

「はぁ~~~~~い。」

 母さんに言われてぼくは手伝いに向かった。その後ろでさくらがケタケタと笑っているのだった。


 ぼくの母さんは器が小さい。

 と言っても、心が狭いのではなく、はたまたごはんの器が小さいわけでは無い。

 小さいのは体だ。よくこんな体で僕を産めたなぁって思うくらいには小さい。

 さくらなんかと街を歩いていても、中学生のさくらの妹に間違われたりするくらいだ。

 そんな小さな体なのに家事は完ぺきにこなす。

 もちろん料理だって得意だ。

 ただ、

 いいカツオが手に入ったからって家でたたきを作るのは勘弁してもらいたい。

 家に帰宅したら母親よりも大きな火柱が上がっていた時の驚きは筆舌に尽くしがたい。


 こんな感じ。


「ただいま。晩御飯なにぃ。」

 と、帰宅してそのままリビングに入ったら、火柱がごうごうと上がり、その向こうから母の、

「おかえりー。こんばんはカツオのたたきよ~。」

 って答えが返ってきて、

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 と叫んだぼくは別に可笑しくはないはずだ。


 それをさくらはゲラゲラと腹を抱えて笑ってくれた。

 母さんも母さんで、わざわざ火災警報器のコンセントを抜いてから作っているあたり確信犯である。


 テーブルに2人分の食器が用意されてご飯をよそおう。

 そして母さんとボクの2人でいただきます。と、手を合わせて食事になった。


「ねぇ、兄さん。」

 横で物欲しそうにつぶやくさくらに、分かってる分かってる。と、いう意味を込めて頷き返す。

「ホントに分かってんの。ちゃんとしなさいよ。」

 分かってる、分かってるてば。

「本当でしょうねぇ~。ちゃんとしなかったら呪うわよ。」

 そう言って、プカプカ浮かぶさくらがぼくの頭をぺちぺちと叩く。


 長くてきれいな黒髪は真っ白になり、あか抜けたファッションだったのが今では白い着物一枚と額の三角巾。

 肌は文字通り透けているけど、可愛いおみ足はちゃんとついている。

 そして頭にはキツネの耳。

 お尻には尻尾が生えている。


 いつこんな風になってしまったのか。

 誰がこんな風にしたのか。


 アレはそう、2年前の夏。

 ぼくが中学二年で、さくらが一年生だった時だ。


「ねぇ、拓海。山内一豊って知ってる。」


「えっ?いや知らないよ。」

 いきなり母さんがそんなことを聞いて来た。

「山内一豊さんは内助の功で知られる奥さんを持っていて、」

「いやいや、なんでいきなり山内さんの話が始まるの。」

「カツオのたたきうんちく~。」

「あぁ、そういう話ね。ごめん母さん気持ちは嬉しいけど、ちょっともの思いにふけりたい。」

「そうなの~。大丈夫~。」

「うん大丈夫だから。」


 母さんはよくこうやって話の腰を折って来ることがある。

 まぁ、ぼくに限って言えば暗い顔してる僕が悪いんだけど、でも普通に誰が相手でも空気を読まないところがあったりもするから考え物だ。


 まぁ、ソレは置いといて。

 そうあれは、二年前の夏だった。


「あ~、拓海。ご飯のおかわり入れるねぇ~。」

 ぼくが空になったお茶碗をもってお箸をカチャカチャやていたので母さんがおかわりをよそってくれた。

「ありがとうございます。」

「いえいえ~、どういたしまして。」






 そうあれは二年前の夏だった。

 ぼくが体調を急に崩したのは。


「兄さ~ん。死んじゃヤダよ~。」

「ごほごほ、大げさだなぁ。ただの夏風邪だよ。少し寝てれば治るから。」

 大したことはない。

 最初僕が寝込んだ時、ぼくも含めてみんなそう思っていた。

 さくらだけが大げさに僕の心配をしているのだと。

 誰もが最初はそう思っていた。


 しかし、状況はそうはならなかった。


 夏休みの初めに体調を崩したぼくはそのまま8月になっても回復しなかった。

 そして最初は軽かった症状も日に日にひどくなっていった。


「ゲホッ。ゴホゴホ。」

「拓海大丈夫?」

「先生、息子の――――、拓海の体はいったいなぜこんなことに。」

「すみません、藤宮さん。息子さんの症状は原因不明としか言えません。」

「そんな、それじゃぁ妻と同じ――――」


 ぼくは入院するようになっていた。

 最初は友達なんかが見舞いに来てくれていたけど、ぼくの体調が悪化していくに従い減っていった。

 しかし、さくらだけは毎日見舞いに来てくれた。


「ごほ、ごほ。なぁさくら、ぼくにばかり構ってないで友達と遊んでおいでよ。」

「ううん、私は兄さんの傍にいるわ。」

「でも、せっかくお嬢さま学園に入れたのに。」

「いいの。兄さんが居なくなるより、ずっといい。」

「ハハハ、だからそんなに心配しなくて――――ごほ!ゲホ。」

「兄さん大丈夫。ナースコールを――――」


 ぼくはさくらを安心させてやりたかった。

 しかし僕の体にそれを可能とする力は残されておらず。


「兄さんの嘘つき。」

「ごめんよ。」

 お盆に差し掛かるころには僕は自分で起き上がることもできないくらい弱っていた。

「兄さんの嘘つき。すぐよくなるって言ったのに。」

「ごめん。」

 その頃からだろう。

 さくらの様子がおかしくなっていったのは。

「兄さんの嘘つき。大きくなったら結婚しようねって言ったのに。」

「ははは、まだそんなこと言ってるのか。」

「兄さんの嘘つき。私は本気だよ。」

「え?」

 唇に感じる柔らかくて暖かい感触。

 夕日に照らされる病室での出来事だった。

 初めてのキスは妹とだった。

「兄さんは渡さない。」

 カナカナカナ、と、ひぐらしの声が聞こえて来た。


 ぼくの記憶はそこで途切れた。



 一週間後、ぼくは目を覚ました。

 あれからぼくの体調はさらに悪化して命の危機にあったそうだ。

 父さんも母さんもすごく心配してくれていた。

 毎日ぼくの容態を確認に来ていたらしい。

 2人ともちょっとやつれていた。

 ぼくが目を覚ます数日前に急に体調が回復し始めたらしい。

 目を覚ましてからもすぐに動けるようになる回復ぷりだった。


「そういえばさくらは?」

 その日も見舞いに来ていた両親に、リハビリが明けた僕は聞いてみた。

「最近見ないけどどうしてるの?」

 散々心配させたから愛想を突かされてしまったのか。

 そう思って寂しくなった。


「桜て、今は夏だぞ。」

 父さんがそう笑って答えた。

「――――え?」

「ふふふ、拓海ったら、ずっと寝てたからボケちゃったのかしら。寝てたのは夏の間だけだぞ。ほら早く治して残りの夏を楽しみましょ。桜は――――また来年の春になってからよ。」

 は、―――――――何を言ってるのかよく分からない。

 さくらは?さくらはなんで見舞いに来なくなったんだ。

「ハ、ハハ、違うよと父さん、母さん。さくらだよ。いもうとのさくら。」

「ん?」

 両親は顔を見合わせてからぼくに言った。


「拓海、お前に妹はいないだろ。」


 ―――――――――――――――――――――――ぼくはまた倒れそうになった。


 

 お医者さん曰く、死にかけたことで記憶に混乱が生まれたのかもしれません。

 昏睡中に見ていた夢を現実と誤認しているのかも。



 記憶の混乱?

 夢を現実と誤認?


 何だよそれ。

 それじゃあまるで最初からさくらはいなかったってことなのか。

 さくらは幻だってゆうのか。

 さくらはぼくが見た夢だっていうのか。


 そんなのは嘘だ。

 そう信じて、ぼくはリハビリを頑張って退院を急いだ。

 家に帰ればさくらが居る。

 玄関の扉を開いたら飛び出してきて、


「やーい、兄さん騙された。ねぇ、心配した。心配したんだ~。ナニナニ泣いちゃうの~。ゴメンなさ~い。これも兄さんが心配させた仕返しなのぉ~。」


 そう茶化してくる。



 そう思っていたけど、出迎えたのはさくらの痕跡がない家だった。






「兄さんの嘘つき。」

 ぼくが回想をしているとさくらの声が聞こえて来た。

「え?」

 ぼくがその声の方を振り向くと、

「兄さんの嘘つき。」

 ほほをぷっくーとフグのように膨らませているさくらの顔が間近にあった。


「どうしたの、拓海?」

「ううん、何でもないよ母さん。」

 ぼくが心配ないよと母さんに笑って返すが、

「兄さんの嘘つき。」

 機嫌を損ねたさくらがずっとそばでつぶやいてくる。

 ぼくはやってしまったのだ。

 回想に夢中になって、ボーとしながらご飯を食べていたのでを食べてしまったのである。

「兄さんの嘘つき。」



 ぼくが家に帰ったらさくらの痕跡はなくなっていた。

 でもさくらは居た。


 長くてきれいな黒髪は真っ白になって、

 肌も向こうが見えるくらいスケスケになって、

 真っ白な着物に白い三角巾まであったので、これは幽霊になったのかと思った。


 でも家に痕跡はないし、このさくらにはケモミミと尻尾が生えていたので僕が見ている幻?かとも思った。


 でも蹴られれば痛いし、舐められればくすぐったい。

 食べ物の恨みでかじられれば歯形が付くのだ。


 しかし、さくらはぼくにしか見えず、さくらに話しかける姿を両親に見られた時は幻覚を見てるのかとまた入院させられそうになった。


 2年たった今でも時々怪しまれたり心配させたりしてしまうので、極力両親の前では話さないようにしている。


 しかし、このさくら。

 幽霊みたいななりをしているのに、食い意地が張っていて旨いものを食べたがる。

 だから、ぼくの体を貸して食事をさせてやるのだが、

「兄さんの嘘つき。」

 ぼくが意識して貸さないと体に入れないらしくてこのように食べそこなってしまったのだ。

「兄さんの嘘つき。」


 しつこい。



 で、結局のところさくらはどうなったかって話だけど。

「妹にもなにがなんだかよくわかんない。」

 と、見た目だけじゃなくて一人称や性格まで変わってしまっていた。

「妹にもさくらの思い出はあるんだけどね、同時に狐の記憶もあるの。」

「キツネの?」

 それは退院してからすぐ、人目につかないように自室でさくらと話した内容である。

「そ、狐。コン、コン、お稲荷さんの狐。」

 そう言いながらポーズをとるさくらはどちらかというとネコみたいだった。

「いやいや、この尻尾を見なさいな。立派な狐ですよ。」

 さくらはモフモフの尻尾をフリフリしながらそう言ってきた。

「…………これ、触れるの?」

「へ⁉いやどうなんだろう。」

 フリフリの尻尾。

「――――触りたい?」

「触りたい。」

 ちょっと顔を赤らめて自分の尻尾を抱きしめながらさくらに訊ねられてぼくは即答してしまった。

「じゃあ、ちょっとだけね。」

 おずおずと差し出された尻尾を撫でさせてもらう。

 モッフモッフや~。

「~っ、ん!」

 手触りはすべすべしてるようでどこかふわふわしている。そして尻尾も半透明なのだが、さくらの髪と同じ真っ白なのが分かる。

「やぁん!」

「え?」

「兄さんのエッチ。」

「ごめん。変なところ触っちゃった。」

「そうじゃないけど。なんか触り方がエッチだった。」

 尻尾の触り方にエッチとかあるのか知らないけど、女の子にそう言われたらそうだと納得しなければなるまい。

 相手が妹でも。

 でもこれで、ぼくはさくらに触れることが分かった。


「それで狐って?」

 改めてさくらに狐がどうしたのかを聞いてみた。

「うん、妹には妹としての、さくらの記憶があるわ。でもそれとは別に狐の記憶もあるの。」

「その狐は何処から出て来たんだ。」

「うんとね、すごい昔に御先祖様に封印された妖狐みたい。」

「みたいなのか。」

「キツネの記憶はあいまいなのよ。でも、最近になって封印が解けたから自分を封印した者の子孫に復讐したみたいなの。」

「それって、」

「そう、兄さんのお父さんと妹のお母さん。」

「それが何でさくらと。」

「分からない。さくらと狐の間で何かが有ったんだろうけど、その結果であるはずの妹は何があったのか全く覚えてないの。」

「何でさくらが狐なんかと。」

「兄さんの病気も狐のせいよ。さくらはそれをどうにかしようとして、望んだ結果通りか分からないけど今の妹になったの。」

「それって―――――――」

 その意味を理解しながらも、ぼくは口にする事が出来なかった。

「…………。」

「……ねぇ、兄さん。兄さんはこの狐が憎い?」

「狐が?いや、突然狐のせいだって言われたってよくわかんないよ。」

「そうだよね。」

 さくらはふわりと浮き上がると、見下ろすようにボクの頬に手を添える。

 ぼくは見上げるようにさくらの瞳を覗き込んだ。

 文字通り透き通った瞳をしている。

「じゃぁ、妹は兄さんに取り憑いてもいいかな。」

「……あぁ、もちろんだ。」

「ありがと、兄さん。」



 それから2年、

 さくらはそれ以前の面影を残しながらも別人として僕に取り憑いている。


 食後もずっと耳元で「兄さんの嘘つき。」と言い続けるさくらを伴って自室に戻る。

「それで、兄さんは今日告白してきたリンゴちゃんと付き合うのよね。」

「悪いか?」

「いいんじゃない。可愛い子だったし。」

 

 こうしてぼくのツイてる青春は始まる。





「――――――――――兄さんの嘘つき。」

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