第4話曇りの日

今日はどんより曇り空。バケツの天使が通ります。


バケツの中にはたくさんのシャボン玉。勝手にふわふわ飛んでいかないように蓋がされています。

山のように高いビルが建ち並んだ場所へ着くと、天使は蓋をパカッと取りました。

「しーらないっと」

シャボン玉はふわふわ下へ降り落ちていきます。中身がおもいシャボン玉は下へ下へと落ちていきます。

天使は落ちていった下を見向きもせずに天国へと飛んでいきました。


はたして、七色に色彩を変えるシャボン玉が降り注いだのです。その光景は一見美しく幻想的でした。しかし、中に入っているものを聞いた天使には全く美しく見えませんでした。


シャボン玉が降りた地上にはたくさんの人がいました。人々は毎日仕事だ学校だと狭苦しい空間に押し込められて、自分より立場の上の人の意見に「はい、そうですね」と笑って頷く時間を送っていました。誰もが怒られることを、間違いを指摘されることを恐れたのです。

人々の関係は酷くギシギシしていました。心はすり減って渇き、血を流すほどガサガサにささくれ、疲れていました。苛立っていました。自分一人のことで精一杯で、満足にできないことも多々ありました。意見の合わない嫌いな人に対して「ああ、そうだね」と投げやりに返事をしてそれ以上の接触を拒絶するのです。

自分より上の人に対しては頭を下げる。では、自分より弱い下のものに対してはどうなのでしょうか。地に膝をつかせて頭を下げさせ、足で踏みつけるのです。自分がそうさせられたように、自分もまたそうすることを人は繰り返すのです。

もちろん全ての人がそうだとはいいません。しかし、そこに住む大半の人はそうであったのです。高いビルがはえる森に住む生き物達は、かたく冷たいビルで囲まれ森の外に出ることすらできずに生きてきました。森の外の世界にある考え方を受け入れようとは一切してこなかったのです。

自分を理解できない他人はイヤなもの。違うのものはイヤなもの。弱いものはイヤなもの。イヤなものは消してしまわければ。そのような考えだったのです。


そんな町にシャボン玉が降ってきました。なんて綺麗なシャボン玉。そう思った人々は割らないようにそぅっと手で包み込もうとしました。

その瞬間、シャボン玉はパチンと弾けてしまいました。そして、シャボン玉の中からは驚くものが次々と飛び出してきたのです。


アイツが嫌い

アイツはイヤだ

これは違う

これはこうに決まっている

なんでわからない

低レベルだ

辞めろ

違う違う

信じられない

こんな奴よく生きてられる

恥ずかしくないの


シャボン玉の中からは次々と暴言が飛び出してきたのです。それは人々が心の中に沈めていた言葉でした。シャボン玉が次々と弾ける度に暴言は飛び出します。町がその言葉で溢れる頃、もうそこは「社会」として機能はしていませんでした。


暴言に傷つき立ち直れない人はうずくまって動けません。

シャボン玉の中身と同じことを思っていた人たちは笑い出しました。そうか、思っていたことは言葉にして口にしていいものだったのか! そうかそうか、言ってしまえばこんなにも心が軽くなるものなのか!

シャボン玉が全て弾けた後も、町には暴言が響いていました。心に押し込んで溜めることを止めた人たちが、シャボン玉の中身のような言葉を空に吐き出すのです。彼らは、その言葉に傷付いた人たちのことなど省みませんでした。


その町では酷くうるさい音がいつまでも響いています。それはもう、誰かに対して思っていることではありません。ただ、彼らはうるさい音を吐き出したいだけなのです。


耐えきれなくなった人たちは、彼らが知らぬうちに耳を塞いで町から逃げ出していましたとさ。

うるさい音を吐き出す人たちは、もともと耳が聞こえないのですよ。誰かが、そう言っておりました。




かくて曇りの日。

心も空も晴れきれず、雨も降りきれないどんよりと様々なものが溜まっている、そんな天気。

そんな日には、天気をはっきりさせるアイテムを降らせるバケツの天使でありました。


今日は何が降るのでしょうか。

明日は何を神様は与えるのでしょうか。

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