第3話晴れの日

今日も変わらず青い空に白い雲。バケツの天使が通ります。


「ぶぇっくしゅ」

バケツの中からはいい香り。天使には少し鼻をむずむずさせる、花の匂い。今日のバケツにはたくさんの花びらが入っています。

「そーれ。飛んでっちゃえー」

天使は片手でバケツを抱えたまま、花びらを撒き散らしていきます。花びらはひらひらと地上へ降り注いでいきます。それは風に乗り、遠くの方まで飛んでいくものもありました。

「ふんふふーん♪」

天使は鼻歌を歌いながら、機嫌良さげに天国へと飛んでいきました。


はたして、地上のいたるところへ花びらは降り注いだのです。

地上では、まだ夜が明けきれない薄暗い空の時間でした。あるところでは地平線へ、あるところでは水平線へ太陽が顔を覗かせようとしていました。

早起きの人が家の外へ出て来ました。箒を手にしているので掃除をするつもりなのでしょう。そこへひらりと花びらが落ちてきました。なんだろう? 箒を置いて地面を見ると、そこには花びらがぽつりとありました。どこから? ふと上を見ると、空からはまるで雨のように花びらが降ってくるではありませんか。驚いたその人は家の中へ駆け込み、家族を叩き起こしました。隣の家でも同じような声が聞こえます。

次に外へ出て来るときには、彼らの何人かはカメラを手にしているのでしょうか。それとも、籠を持って花びらを集めに出かけるのでしょうか。


ほんの些細で不思議な奇跡が、一日の始まりに降り注いだ朝だったとさ。

地上からは歓喜の声が響き渡ります。




今日は青い空時々もくもく曇りの日。バケツの天使が通ります。


「………………」

珍しく無言の天使が持つバケツから、何やら生臭い臭いと何かが跳ね回るビチビチという音がします。バケツの中には程よい脂が乗ったまだ生きている大ぶりの魚たちが入れられていました。天使は魚の尾をひっ掴み、

「……」

無言で地上へ落としていきました。掴んでは落とし、掴んでは落とし、その作業を淡々と繰り返しました。最後の一匹となったその時、天使と魚の目が合いました。離さないで。そんな声が聞こえた気も、しませんでした。

魚は落ちていきました。

天使は天国へと飛んでいきました。

「…達者でな」

そんな声が羽根越しに聞こえてきたかもしれません。


はたして、魚が降り注いだのです。

なんという生臭い日。

地上では人々が口をぽかんと開いて魚の降ってくる空を見ていました。そして、誰かが包丁を手にしながら叫びました。

「獲物が空からやって来たぞー!」

歓喜の声をあげた人々は 地上へと落ちてきた魚を仕留めて、保冷剤の入った容器へ詰め込んでいきました。売れそうにないものは、そのまま捌かれ皿の上に乗せられたりもしました。美味しそうなお刺身です。

魚が落ちてきたところは、すぐ近くに海がある漁村でした。水は良質、温度も温かい海はたくさんの恩恵を村にもたらしていました。しかし、その年に限って全く魚が捕れないのです。売りに出す魚もない、自分達が食べる魚もない。そんなときに空から魚が降ってきたのです。魚には特に毒もなく、彼らが見知った種類だったため笑顔で出荷されていきました。

漁村に住む人々のお腹と財布は膨らみました。


そんな日が数日続きました。


あるとき、パタリと魚が降ってこなくなりました。

魚も貯蓄もまだたくわえがあったため、人々は不思議に思うこともなく生活していました。その頃には、以前のように海からも大小の魚が捕れるようになっていました。

それから数日後、空から降ってきていた魚だけが捕れるようになりました。

更に数日後、何も捕れなくなりました。まだ、たくわえはありました。きっとまたどうにかなるだろう。人々はそう思っていました。

しかし、それから何日たっても海からも空からも魚はやって来ません。

たくわえは尽きました。

漁村の人々はどうしたのでしょうか。何もしませんでした。

以前と変わることなく毎日海へと出てはぼうずのまま帰ってきます。いつかなんとかなるだろう。いつか空から降ってきたように奇跡が起きるだろう。そう思い、困難な現実から脱出する術を探そうとする努力をしなかったのです。


始めに魚が捕れなくなったのは偶然でした。そういうこともあるでしょう。次に空から魚が降ってきたのは天使の気紛れでした。そういうこともあるでしょう。最後に魚がいなくなったのは偶然と気紛れが招いた結果でした。

もともと海には魚がいたのです。それは一定のバランスが保たれるものでした。そこに天使が魚を降らせたため、降った魚がもともといた魚を全て食べてしまったのです。そして、漁村の人々は降ってきた魚も、海に残った魚も全て捕り尽くしてしまったのです。

村の人々は気づきも考えも知ろうともしません。


今日も漁村の人々は海に出て、残った子どもたちは空を仰いで魚を待ちます。

いずれはみんな、腹を空かせるのでしょう。

3時のおやつが恋しいと、溜め息だけが空にのぼる空の村でしたとさ。

いずれはこの村には、誰もいなくなるのでしょう。それが今日か明日か何十年後かは、彼らの努力次第で変わるのです。




かくて晴れの日。

奇跡と驚きを降らせるには絶好の降らせ日和でございます。

それらが招くものが笑顔か溜め息かは、バケツの天使の知るところではありません。

天使の仕事は「降らせる」ことまでなのですから、降った後のことなどどうでもよいのです。


今日は何が降るのでしょうか。

明日は何を神様は与えるのでしょうか。

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