第6話 プアールとリチル

「よし! 今から採用!」


 って、いいのかよ!

 しかも、どう見ても13歳ぐらいの少女だぞ!


 そんなことはお構いなしのタダノは制服をプアールに投げ渡した。


「ちょっとこれに着替えて来い! その前に給湯室で体あらってからな! そこに食器用洗剤あるからそれ使え!」


「はーい」

 プアールは、元気よく応接室を駆け出していった。

 駆け抜けるプアールの周りの社員たちは鼻をつまむ。


 入れ替わるように入ってきた女性社員が消臭スプレーを撒きながら確認する。


「タダノ課長、あの子臭くないですか?」

「うん? 服かえたら大丈夫なんじゃない!」

「いや……あれは、そんな問題じゃないと思いますけど……」


 タダノは、プアールの目が気に入っていた。

 何も疑わず、まっすぐな目。

 そして、その机に置かれた汚い手。

 ここの誰よりも汚く傷が刻まれた手であった。


 あの年で、どれだけ苦労してきやがったんだ。

 まだ、年端のいかない女の子だぞ……


 プアールは、最上級神ゼウィッスの108番目の娘として生を受けた。

 しかし、不器用なプアールは、家では嫌われ者。

 無視されるのは当たり前。

 食事は横取りされて何時も空腹。

 失敗事はいつもプアールのせいであった。


 そのため、兄妹から受ける言葉は、ひどいもの。


「お前いたの……って、誰だったっけ?」

「不器用な奴がいてくれてよかった。

 私がおこられるところだったわ」

「あんた生きてて楽しい?」

「いてもいなくても一緒だな」

「お前にやる飯はねぇ!」

「……プイ!」

 である。


 一人で生きることを決めたプアールは5歳で家を出た。


 ――今日は何もないなぁ……

 路上のごみ箱に顔を突っ込むプアールの肩を誰かがトントンと叩く。

 顔をあげ振り返るプアールの鼻先にパンの耳が押し付けられた。

 雨でぬれてフニャフニャになっていくパンの耳


「あげるよ」

 一人の女の子がパンの耳を突き出し笑っていた。


 そう、それがプアールとリチルの出会いであった。


 しかし、リチルは、プアールと違い、孤児であった。

 小さい時に父をなくし、母一人で育てられていた。

 しかし、母も、リチルが5歳の時に病気を患い、あっという間に父のもとへと旅立った。

 両親を失ったリチルは一人で生きる。

 いや、生きるしかなかったのである。

 路地裏で、ごみをあさり、その日その日を懸命に生き延びていたのだ。


「ココのパンおいしいよ」

 自分の命の綱であるパンの耳を惜しげもなく差し出すリチル。


 プアールはそのパンの耳を受け取ると、むしゃぶりついた。

 プアールの目には涙なのか、雨なのか分からないが、大量の水が流れ落ちていた。


 プアールは、何も食べていなかった。

 数日ぶりの食事である。

 でも、それが嬉しかったのではない。

 永らく忘れていた自分に向けられる笑顔。

 自分を人として接してくれるその瞳。

 そして、優しい人のぬくもり……


 ――私は、生きてていいんだ……


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