第2章 第六天魔幼女、夜襲す 3


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 ロマネスコ家の本拠地に迫っても相手からの積極的な防衛行動は何もなかったため、マッシモ家の軍勢は易々と城館に接近できた。城館の周を囲む城壁が高いので内部の様子はよくわからないが、それほど多くの兵が詰めていないことは容易に想像できる。


 ロマネスコ本家の本拠地は、あくまで城館であり、堅固な城塞と言うにはほど遠い。本家の人間とその配下が普段の生活を送ることが前提なので、なだらかな丘の上に建てられている。周囲に濠はないし、天然の濠となるような河川が流れているわけでもない。ただ、城館は背の高い城壁で囲われているので、そう簡単に攻めお陥とせはしないだろう。攻撃側の兵力が二千や三千ではかなり苦労するのは確実。とはいえ、それはある程度の数の兵が城館内に立て籠もっているのなら、の話である。


(もしロマネスコ側に充分な兵力があれば、我々の接近を妨害するための行動を取っていたはずで、それがなかったということは、我々を阻止できるだけの兵力が敵にはないということだ)


 マッシモ軍の指揮官、マシュージ・マッシモは、そう考えた。彼はまだ二十歳になったばかりだが、実戦の経験もあり、戦功も立てていた。ロマネスコ軍とやり合ったことも何度かある。嫡男であるマシュージは、父親である現当主、モイングストゥ・マッシモからの信頼も厚く、周囲からも次期当主に相応しい人物だと評価されていた。


 モイングストゥとしては、できれば自分が出張りたいところだが、最近は病気がちの彼に軍事遠征は難しかった。だから自慢の息子に指揮を任せ、信頼の置ける自身の重臣を副官に付けた。モイングストゥもある程度の戦果を息子に期待してはいたが、まさかロマネスコ本家の当主を討ち取ってしまうとまでは予想していなかった。さすがに我が息子は出来物だとモイングストゥは寝台の上で喜んだというが、それはさておき。


 ロマネスコ家側の兵は少ないと読んだものの、念のためマシュージは物見部隊を送り込み、城館の周囲を探らせることを怠らなかった。偵察の結果、城館の周辺にはロマネスコ家の兵はいないことが確認できた。そこでマシュージは、翌朝、さらに部隊を進め、城館を包囲するように布陣した。といっても、率いているのは二千四百。蟻の這い出る隙間もないというような包囲網を敷くことは不可能だが、マシュージは気にしていない。むしろ、それでいいと思っている。包囲網が粗いほうが、城館内にいるロマネスコの兵たちをその気にさせるからだ。「その気」とは、「逃げるなら今のうちだ」と籠城側の兵に思わせることである。


 完璧な包囲網を敷いてしまうと籠城側が徹底抗戦の覚悟を決めかねない。そうなると攻略に時間がかかるし、強攻すれば味方にも犠牲が出る。本拠地を攻略しても、味方の兵から多数の犠牲者を出してしまっては、せっかくの大手柄にケチが付く。犠牲が増えれば、勝利を得るための方法が下手くそだと父親から叱責されるかもしれない。


 マシュージだけでなく、父親が付けた副官、グレイブダンも同意見だった。できれば戦うことなく、つまり味方から犠牲を出すことなくお陥としたい。そのためには逃げようとする兵は好きなように逃げてもらった方がいい。できれば、その気がない兵にも逃げ出す気になってもらいたい。だから、敢えて兵を配しない場所を作った。


 城館の南側――表門があるほうだ――に主力の千を置き、裏手門のある北側に五百、東側に四百を配し、マシュージ自らは騎馬隊の百と歩兵の二百を率いて主力である千の後方に本営を置いた。これなら、仮に敵が破れかぶれで討って出てきたとしても、問題なく撃退できる。残りの二百は城館の見張りや伝令、周辺の物見として、少人数に分けて使うつもりだ。西側には兵を置かなかった。この配置を見た城内の兵たちは西側から逃げ出そうとするだろうが、マシュージには彼らを捕まえる気はない。仲間が逃げ出すのに成功したことを知れば、残っている兵も続く気になるだろう。逃げるならどんどん逃げてくれ、というのがマシュージやグレイブダンの基本姿勢だった。


 そうして城館内の兵が大きく減じたところで、硬軟両面の揺さぶりを掛ければ、敵は戦意をなくすのは確実。ここで言う硬軟両面とは、強攻する構えを見せつつ降伏勧告を行うことである。おとなしく降伏すればよし。あくまで抵抗するなら、城館にいる人間は皆殺しにする。そう脅せば、守備兵がいなくなったロマネスコ家は、降伏勧告に応じざるを得ない。

 という基本方針の下、マシュージは部隊を動かして包囲網を敷いたのである。


 この間、ロマネスコ側からなんの反応もなかったのが少し不気味ではあったものの、マシュージが怪しむことはなかった。ルクルセギアの跡を継いだ当主が僅か九歳の女児では宿老たちもどう動けばよいのか決められないまま手を拱いているのだろう、くらいにしか思っていない。


 マシュージは、ロマネスコ家の跡継ぎの姫の身柄を確保したら、自分の物にしようと思っていた。配下の兵がみな逃げ出し、抗戦するすべを失えば、ロマネスコ本家は開城降伏するしかない。兵たちを許す代わりに当主の身柄を差し出せと迫れば、相手も抗えないだろう。本人が嫌がってもロマネスコ家の存続を願う宿老たちが許さないはずだ。彼らはロマネスコ本家の存続を優先し、当主を捕らえて差し出してくるに違いない。


 マシュージは、まだ九歳だという新当主、ロゼリア・ロマネスコを自室に持ち帰り、無理やり服を脱がせ、嫌がり怯えるロゼリアの足を広げ、己の槍を彼女の身体の奥まで突き立てるところを想像し、奮い立った。


 ロマネスコの姫をさんざん甚振り、陵辱すれば、今までの鬱憤が晴れるだろう。マッシモ家の家臣たちも、にっくきロマネスコの姫がマッシモ家の次期当主から奴隷のように扱われる様を見れば溜飲を下げるに違いない。だからこそマシュージは、可能ならロゼリアを生きたまま確保し、戦利品として持ち帰りたいと考えていたのだった。


 しかし、事は彼の思惑通りには進まなかった。包囲網を敷いてから丸一日が経っても、城館から逃げ出したロマネスコ兵は、ただの一兵も見当たらなかった。


(どういうことだ? 城内に籠もっている兵に、それほど戦意があるとは思えないが。もしかすると、もう兵のほとんどは逃げ出していて、こちらが思っているよりも少ない兵しか中にいないのか? 城内の様子を確かめておく必要があるかもな)


 ロマネスコ家側の出方を見るのと同時に城内の様子を探らせるために、マシュージは降伏勧告の使者を送ることにした。

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