来客は秒であしらう
実姉である魔王ネーションを共に退けたあと、女神リインカは四郎と共にこの世界に定住することを決めていた。
が、彼がさっさと錬金術師になって家を建てるや「ど、同棲はまだ早いわよ~」とか訳のわからない戯言をほざいて死後の世界に帰ってしまったのだった。
「それ以降は四郎の功績のおこぼれで出世したらしく、これまでの
「口に出てるわよ」
女神の苦情を受けて振り返ると、地下への階段の前には膨れっ面の彼女ともう一人がいた。
「何十年前のヲタクだ」
感想を洩らす四郎。
何せ、見慣れない方の来客は小太りで眼鏡、寝癖、無精ひげ、〝萌え〟と書かれたシャツをズボンの中に入れ、背負ったぱんぱんのリュックサックから剣のようにアニメの丸めたポスターを出した不審者だったからだ。
めっちゃハアハア言ってる。「リインカたんすこ、リインカたんしか勝たん」とも呟いてる。
「不満だけど、とりあえずさっきの無礼は置いといてあげる。頼みがあるからね。実は〝
「待て、初耳だが転界とは?」
藪から棒に聞き慣れない単語で当たり前に話しだしたリインカを制すると、彼女は早口で進めた。
「あの死後の世界の正式名称で転生と転移を司る神々の世界だから転界なの。でね――」
「なぜ半年も経ってから言う、まるで前回で終わるはずが連載が続くからと急に加えたような設定だな」
「やめて! 新しい仕事ができたから明かされた秘密ってことにして!」
ツッコみに対し、やけに真剣に返されたので思わず黙る四郎。隙を突いて、リインカは続けた。
「そう、実は半年前のこの世界みたいに困ってる異世界はいっぱいあるの。あなたは優秀だから、それらを救う手伝いを継続してもらえないかって話になってね」
四郎は羽根ペンの羽根を撫でてちょっと考え、言った。
「……悪くはない。地球では、錬金術における金の生成とは作業を通しての心の成長の比喩とも言われていたから取り組んだが。どうやら、この世界でも望むものは見つかりそうになく行き詰まっていたところだ。プラトンによる探求のパラドックスだな」
「よくわかんないけど了承してくれるなら嬉しいわ」容姿だけはいい女神は、ぱっと笑顔を咲かせる。「でもでも、あなただけに任せるのもどうかって意見も出てね。候補者不足を補うために、転生や転移の方法から考えてみたのよ。とりあえず今回は、〝ふと気がついたら異世界に来てた〟パターンで仕事してもらえる人はいるかなあって、いわゆる異世界モノの知識がある人からランダムに彼を選んでみたの」
とぬかして、 両腕でジャジャーン的にオタクを示す。
「これが異世界モノだとすると、彼をその手のオタクの典型のように紹介されては客の怒りを買いそうで難アリだが。具体的にどうする?」
「実力勝負ですな!」
四郎の問いに、これまでリインカに見惚れているばかりだったオタクが突如として食い気味で答えた。
「だいたいの概要は拙者も聞きました。どちらが先に異世界を救えるか、でいいでしょう!!」
「ここには今のところ新たな危機もないが」
自信満々そうなオタクに疑問を呈すると、リインカが補足する。
「だから。ふと気がついたら、別の危機に貧してる第二異世界〝ダイニノ〟というところにいるわけよ」
彼女は手をぱんぱんと打ち鳴らして急かす。
「さあ、転移は待ってくれないわ! ダイニノもだいたいここと同じ、地球っぽい星の剣と魔法のファンタジー的なところがある宇宙とだけ説明しとく。そのどこかに前触れもなく突然ぱっと転移してもらうの。どこに出るかも運次第。手っ取り早く、最初に戦闘不能になった方も負けってルールも追加しましょう。
あと四郎、異世界モノ作品にはこのオタクさんの方があんたよりずっと詳しいわよ。ただ頭はあんまりよくないから、今回は二人にアンビリーバボードライバーのユニークスキルを付与したわ」
「アルクビエレ・ドライブな」
訂正する四郎。
他方、オタクは昔懐かし牛乳瓶の底みたいな眼鏡のブリッジを人差し指で上げながら、不敵な笑みで宣言する。
「その説明も受けておりますぞ。イケメンのようですが四郎氏、ここは勝たせてもらいま――」
台詞が終わるか終わらないかのうちに、まさに唐突に三人はこの世界からぱっと消えた。ふとした瞬間にデタラメな魔法陣が足下に出現し、三人を新たな異世界に転移したのだった。
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