魔王なんて秒で倒す
異世界が存在する惑星、のハジマリノ村のちょうど反対側。
最低でもレベル50を超える最悪のモンスターが海や空を満たす巣窟である、
の中心にある、数百メートルの断崖絶壁に囲まれた孤島。前人未到の
さらにその中に聳える、標高一万メートルを超える世界一高い
無論、城の内部も複雑怪奇。最低でもレベル60を超えるモンスター群や、幹部格たる
この最深部に、魔王が君臨する魔の間があるのだが。
広間に高い台座があり、頂点の玉座に掛ける魔王の眼下に、突如四郎とリインカがぱっと出現した。
「「は?」」
魔王と女神の第一声だった。
「き、貴様ら」どうにか威厳を保とうと声を整えながら、玉座に掛ける影にしか見えない城主は問う。「いったい如何様にして、我が前にまで到達した?」
「光速で移動した」
ひたすら呆気にとられるリインカの横で、四郎は一人冷静に解説する。
「光の速さは秒速30万キロ、一秒間に地球を七周半できる。地球程度の大きさと推定されるこの星なら造作もない」
魔王はなおも指摘する。
「か、仮にそのような技が可能としてもだ。海をどう渡った? 崖や山も罠もどう超えたというのだ? 強大な魔物たちも控えていたのだぞ!」
「身体をいったん素粒子レベルに分解し、量子テレポーテーションによるワープとトンネル効果による物体透過を併用して、ここで再構築したまでだ。どうやら、質量と等価なエネルギーとして自分の身体も自在に変換できるらしい」
魔王と女神の頭上に浮かぶのはクエスチョンマークだけだった。
「ところで」
そんな二人とは違い、四郎は別の疑問を隣人にぶつける。
「なぜ、おまえまでここにいる? 置いてきたつもりだったのだがな」
「置いてくな!」
一言抗議して軽く少年を蹴ってから、仕方なさそうにリインカは教える。
「あたしは案内役だから、あなたに掛かった移動系の魔法とかの影響も同時に受けるのよ」
「面倒だな。じゃあ危ないからわたしの後ろに隠れていろ」
「えっ?」
自分を庇うように前に出たいけ好かない四郎の不意な優しさに、ちょっとキュンとしてしまう女神であった。
そんな二人のやり取りに、ついに魔王がキレる。
「おのれ貴様ら!」
玉座から立ち上がり、そいつは身に纏う暗黒を吹き飛ばしながら正体を表し、吼えた。
「この魔王を前に侮りおって、最大限の苦痛をもって冥府に送ってくれようぞ!!」
檀上の上に聳える玉座から立ち上がった魔王の正体。それは、女神リインカに瓜二つだった。
ただし、衣装や翼や光輪は漆黒に染まっている。
「……姉さん。いえ、魔王ネーション!」
「では倒すか」
静かに囁いたリインカを無視して、ざっと構える四郎。
「いやあんた」女神は訴える。「あたしの台詞聞いてた? 姉さんって言ったのよ疑問じゃないの?」
魔王が繋げる。
「さ、さよう。我はリインカと双子の姉、元転生転移の女神だぞ!」
まさしく、それが魔王ネーションであった。
転生と転移を司るという役割で、新たな命を授かる死者たちへの憧れが募り、自分もどこかへ生まれ変わってみたいという野望を抱いたのだ。果てに、この地で魔の王として君臨することを選んだのである。
だが四郎は、
「見掛けからすると一卵性双生児だが、生物でもないのに付き合うのもバカらしい設定だ。どうせ名前も
「「うっ」」
図星だった。
「最後のなんか気にしてるのに」
さらに小声で呟いた魔王である。
「ただ、気になるのは……」そこで、少年はやや慎重になる。「本当に倒してしまっていいのか、リインカ?」
「えっ、あの」またも不意な気遣いに戸惑いつつも、女神はなんとか繕う。「あたしも姉さんも、ここで死んでも死後の世界に戻されるだけよ。あとは向こうで然るべき裁きを受ける。遠慮はいらないわ。でも、倒せるの? あなたのレベルは1なのよ!」
「そうか」
四郎は一言答えただけだった。
「嘗められたものだな!」一方、魔王は号令を発する。「侵入しただけで調子に乗るな! ここは我が城中であるのだぞ!! 者共、掛かれ!!」
途端、広大な玉座の間を囲ういくつもの扉が全て開いた。
現れたのは、有象無象の魔物たち。ざっと数万体。
レベル70以上の強者からなる、この世界の最大国家を滅ぼすのに充分なほどの軍団だった。
最大巨躯の竜、千手の巨人、悪霊集合体、完全武装の悪魔戦士、黒衣の大魔術師、獰猛な怪獣、おぞましき鬼神……。それらを率いる幹部、魔大将たち。
怪物たちが部屋を埋めつくしながら迫り、ビビって腰を抜かす女神と平静な少年を瞬く間に方位し――。
ドガバキビシズバドーン!
とかいう形容しがたい擬音で衝撃波を纏った塵となり、片っ端から消し飛んだ。
ズン、と広間の火山岩の床に巨大なクレーターが生じる。
「なんだと!」
驚愕する魔王ネーションへと、片手を振り上げた体勢の四郎はクレーターの中心で言う。
「少しエネルギーをぶつけただけだが充分だろう」
リインカは彼を見上げて問うた。
「えっ! 魔王城にまで移動したのにまだユニークスキルの余力があるの?」
「当然だ」少年は明言した。「アルクビエレ・ドライブは、物理学者ミゲル・アルクビエレが発想した超光速航法のアイディア。宇宙船の前方で常にビッグクランチを起こし、後方で常にビッグバンを起こしながら飛ぶというとてつもないものだ。わたしは、そいつを実現しようという実験中に死んだんだよ」
「……あー、アルクなんとかね」魔王が知ったかで台詞を吐く。「ともかくユニークスキルだろう。システムは知っている、そんなものにそこまでの力があるものか。所詮人間の頭脳で実現できるものしか生めんのだ!」
両手を胸の前で合わせ、ネーションは漆黒の炎を構成する。
「死ね! 〝
暗黒の塊を、押し出すように投げる。
女神は戦慄した。
「ヤバい! あれは日に一度しか使えない、地球最強の水素爆弾ツァーリ・ボンバの10倍くらいの威力がある、島も吹き飛ばす姉さんの得意魔法よ!! 逃げなきゃ!!」
とはいえ、んな暇はない。瞬く間に黒球は目前に迫り、二人を呑む。
爆発。それは魔法で補強してある魔王城を、島の大半ごと吹き飛ばした。
……もはや、更地の荒野だけとなる。
もうもうと立ち込める黒煙内で、魔王ネーションだけが佇んでいた。
「ははは、やったぞ」彼女は勝ち誇る。「脆弱なり人間。妹もろとも滅びたか!」
「ツァーリ・ボンバの10倍程度、相殺できるに決まっている」
聞こえるはずのない声が、目前の煙幕から言った。
僅かに晴れた煙の向こうに、二つの人影があったのだ。怯える女神リインカと、彼女を庇うように平然と立つ少年、四郎である。
愕然とする魔王へと、彼は冷酷に続ける。
「魔法という未知の技術はあれど、文明水準は基本的に中世ヨーロッパなんだろう。星の大きさは地球程度。そんな世界の支配を目論見ながら未だ成功していない魔王の実力なぞ、たかが知れるからな」
「おのれ!」
怒りと共にネーションは巨大化。瞬く間に山のような巨人へと変じて両手に先ほどを遥かに上回る黒炎を燃やす。
「神を侮るな! やろうとすれば星の破壊、いいや宇宙の破壊すら可能なのだ!! 単にゲームを楽しんでいただけのこと!!」
そして詠唱と共に、地を薙ぐ火炎を放った。
「〝地獄より上層に根付く森羅万象よ 灰塵に帰し 悠久の彼方へ滅せよ〟! 〝
「はったりじゃないわ!」腰を抜かしながらも、リインカはやっと警告する。「あれは上位神から盗んだ
「宇宙を破壊するほどか」
しかし迫る爆炎を冷静に見据え、四郎は宣言した。
「実現に必要なのは全宇宙のエネルギーの100億倍と言われたのが、この――」
魔王へと両手を突き出し、
「〝アルクビエレ・ドライブ〟だ!」
彼から放たれた光の奔流はやすやすと炎ごと魔王を呑み、大気圏を突破。
宇宙に白線を描写。果ての事象の地平線をも超えて、虚無の彼方へと消えていった。
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