エンディングすら秒で流れる

 唐突に、異世界の大半を支配し人類を恐怖のどん底に陥れていた魔王軍は消滅した。魔王を僭称した元転生転移の女神が仮初めの肉体を失い、死後の世界に戻されたがために。


 それを感じることくらいはできた世界中の大魔法使いがこの事実をニュースのように告げ、実際魔王配下の魔物たちが陽光に照らされた影の如くいっせいにいなくなったことで人々は戸惑いつつも喜びにわいた。

 平和をもたらした勇者の正体を知ることもなく。



 かつて厳戒島と呼ばれた島は、もはや人二人がようやく寝そべれる程度の岩礁が残っているのみだった。

 そこにいるのは、もちろん魔王を打倒した四郎と案内役たるリインカである。


「ゲームクリアといったところか」


 しっかりと立つ少年が掲げていた両手を下げて言う。

 屈んでその足にしがみ付き、成り行きを見守るばかりだった女神はようやく呟いた。


「え、ええ。嘘みたいだけど。姉さんの気配はもうこの世界こにはないわ」

「だろうな、あとはどうなるんだ?」

「……そうね。魔王を倒す役目が終わった以上、あなたは自由よ。功績も称えられて、いわゆる天国的なところに行くと思う」

「ここで暮らしてはダメなのか?」


「え?」意外な案だったが、リインカはとりあえず規定通りのことを言う。「いいけど。ユニークスキルはなくなるわよ、あれは魔王を倒すまでの特典だから」


「構わん。むしろそちらの方が面白そうだ。全く新しい世界だ、先祖が探し求めても何かもわからなかったものを見つけられるかもしれん」


 腰に手を当てて、もはや魔物も消えた晴れ渡る海の彼方を眺める少年。その顔は、これまでになく清々しかった。


「そこ、なんだけど」不思議な彼に、女神はずっと疑問だったことを尋ねてみる。「結局あなた何者なの? あんなエネルギーを生めるものの構造を理解できてたってことはそうとう天才よね。なんか悔しいけど」


「一つだけ嘘をついていたな」

 やっと立ち上がった少女に真っ直ぐ向き合って、四郎は述べた。


「わたしは、厳密には日本人ではない。素性をごまかすために、日本人の遺伝子も取り込んで外見を変えてはきているが。人生で求めるものを手にすることができなかった先祖が、ある種のクローンに夢を託し各地に秘密基地を築かせては旅をさせてきた。わたしは果てに日本に住んでいたこの四代目。だから四郎と名乗っている」


「じゃあ、本当の名前も違うの?」

「まあな。それより、おまえはこれからどうするんだ?」


「そりゃ、役目を終えたし死後の世界にいつでも帰れるけど……」

 目線を晴れやかな空にそらすも。リインカはなぜだか、少年のことが気になってしまう。

「あ、あなたがいるんだったらもう少し付き合ってあげてもいいわよ。いくら頭が良くたって、この世界のことじゃ案内役のあたしの方が異世界ネットっていうインターネット的なもので上位神から情報をもらえるんだから」


 いわゆる古臭いツンデレっぽくなってしまった。

 また冷たい反応をされるかもしれないとも危惧したが、四郎の回答は予想外のものだった。


「ではぜひ頼みたいな。全く知らなかった世界での探求が楽しみだ。ひとまず、他の広い陸地に移動せねばな。ユニークスキルとやらの没収はあとにしてくれよ」

 女神は内心喜びながらも、笑顔を向けてくる彼と対面してふざける。

「ま、いいわよ。でなきゃ困るでしょさすがに」

「ならば、しっかり捕まっていることだ」


「ええ」さり気なく、抱きついてみる。「ね、本当の名前教えてよ」


「ああ」四郎は身構え、リインカと共に水平線の彼方へと光となって飛び立ちながら明かした。「わたしの名前は、ウィリアム・ジェイムズ・サイディズ四世だ」



 ……かつて、人類史上最高の知能指数IQ300ともされた、天才数学者が実在した。名は、ウィリアム・ジェイムズ・サイディズ。

 幼い頃は神童として知られたが、大人になってからは成功しなかった見本などと罵られたこともある彼は、頭脳のわりに目立った功績を残せず世を去ってしまった。しかし、晩年は複数の偽名を使い様々な領域で仕事をしていた全容は謎に包まれてもいる。


 もしかしたら天才的な頭脳でもって、異世界で活躍していたのかもしれない。

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