冒険も秒で済ます

 石造りや木造による、ほとんど平屋だけの家屋が並ぶ山奥の村。行き交う僅かな村民も質素な布の衣服に身を包んだ、ひたすら地味な風景だ。


 ここはいわゆる異世界。そこにおいて最も平穏といわれる〝ハジマリノ村〟。


 そんな村外れ。

 山林との境界辺りの草地に、突如てきとうな魔法陣が出現。転生の女神と白衣の少年を吐き出して消滅した。

 四郎とリインカだった。


 井戸端会議をしていた村人たちは何人かが気づいたが、

「……ねえ、今あそこの人たちいきなり現れなかった? 変な格好だし」

「気のせいじゃろ。転移魔法かもしれんし、旅人なんかに驚くな。田舎者と思われて恥ずかしいわい」

「街じゃいろんな装備が流行ってるそうだし、こんな山奥じゃ都会のことはわからないわよね~」

 などと話す程度でさして気にするようではなかった。


 一方。

「さあ、着いたわね。ここからが冒険の始まりよ! あたしはほとんど案内役に徹するけど」

 なんとか最初の使命たる、四郎を異世界に誘うことを無理やり達した女神は、腕を振り上げて喜ぶ。

「強引だな、にしても……」

 一方、少年はテンション低めに辺りを見回す。


 森と村、青空に浮かぶ雲。太陽、まだ暗い月。一面はほとんど崖で下の景色が眺められ、海の向こうに沈むような帆船が窺える。


「リアクション薄いわね、感動を噛み締めてるの?」

 問う女神を置いて、四郎は深呼吸をして一度ジャンプする。

「ふむ」そして一言。「気になっていたが、わたしの身体は生前のままか?」

「え、ええそうよ。着衣も含めて、死ぬ直前の健康体。地球の人間にぴったりな環境なのよ、この異世界は。だからこそあなたみたいな人が相応し――」


「すると大気組成も同じか。太陽に、月そっくりの衛星もある。船が下から沈んでいくように消える水平線の距離からして、どこかの惑星らしいな。星の質量に依存する重力も同じ。ガス惑星でも恒星でもない。大きさも環境も地球とほぼ同じ、地球型惑星というわけか。ゲームっぽいという割に現実的だな」


 説明を遮って考察を続ける四郎に、腕組みして女神は不平を洩らす。

「もっと喜んだり驚いたりできないの、あなた?」

「見知らぬ国にいきなり移動させられたら通常不安だろうに、異世界なぞというもっと得体の知れない場にいきなり連れてこられて喜ぶ輩はどうかしてるだろう。生前と変わらぬ肉体で生前と変わらぬ程度の環境に来て、どこに驚けばいいかも不明だしな」

「ち、違うとこだってあるわよ。ほら!」

 と、少女が指差したのは森の方向だ。


 木々のいくつかが、明らかに風に吹かれた程度でない動きをしている。ちょうど上の遠方では空飛ぶ竜の影が横切り、下では不定形なグミのようなものに目だけがついた生物がピョコピョコ跳ねていた。


「ほう、ヤ=テ=ベオとファフニールとラルヴァみたいな連中だな。確かに元の世界ではフィクションでしか目にしたことはない」

「や、ヤテ? マンドレイクとドラゴンとスライムなんだけど……」

「ならばなおさらわからん。肉体的にわたしは単なるひ弱な科学者だ、リアルに魔物のようなものが存在してもゲームの腕前なぞ無関係だろうに」


「知らないわよ、上位神様の判断だもん! システムに関係あるんじゃないの? 効率的に無課金プレイの頂点になってたんだから! 〝ステータスオープン〟って言ってみなさいよ」


「なぜ異世界で日本人のわたしの英語が通じる?」

「転生転移者には、たいてい異世界の言語が母国語に自動翻訳される特典がついてるの!」

「英語は母国語ではないが」

「いいから!」

「はあ……〝ステータスオープン〟」


 苛立つ女神の要求を受けて、仕方なさそうに四郎は呟く。すると、彼の目前に半透明の四角い映像が表示された。

 レベルやらHPやらMPやらに数字が割り振ってある。


「なんだこれは、ホログラムか? なぜアラビア数字が使われてるんだ。まさか十進法じゃあるまいな? さすがに都合がよすぎるだろう」


 おまけに、だとしたらレベルは1だしどれもたいした値ではない。ほとんど一桁、多くて二桁だ。


「あー、うるさい! とにかくまず注目すべきは固有技能ユニークスキルの項目よ!!」

 リインカに指図されて、面倒そうに四郎はそこを探す。そして見つけた。


 ユニークスキル:アルクビエレ・ドライブ


「アルクビエレ・ドライブ、だと!?」


 戦慄する少年の脇から女神も覗いて、首を傾げた。

 わけのわからない名詞と固まる少年を交互に比べる。反応が停止しているので、とりあえず説明を再開してみた。


「ま、まあなんだか知らないけど、それもあなたが選ばれた理由みたいよ。ユニークスキルはあたしたちが案内する異世界には概ね存在する、個人ごとに異なる個性のような特殊能力ね。異世界の出身じゃないものには備わってない技だから、転生転移の神が転生者に特別なものを与えていいことになってるわ」


 まだ四郎に反応はない。戸惑いつつも、リインカは続ける。


「生前の世界で材料があれば作れるものなら、仕組みを完璧に理解してれば作れたものとして、そのぶんのエネルギーを魔法として使えるの。中でも一番強力なものをね。力の変換先についても熟知してなきゃだし、地球時間の一日に一つぶんだけだけど。

 例えば材料と設備さえあれば核爆弾を作れるような人だったら、ユニークスキルは〝核爆弾〟。心でも声でも技として使うつもりで〝核爆弾〟と唱えれば核爆弾級の威力がある攻撃魔法を使える、防御に使えば核爆弾級の攻撃を防げるわ。一発分の威力を小分けにすれば複数回使えるけど」


「エネルギーを用いるベクトルが、自由に選択できるのか?」


 やっと少年が台詞を紡いだので、女神は意外そうに答えた。


「え、ええ。もう手足みたいなものよ。で、何たらドライブならどうにかできそうなの?」

「楽勝だな。なにせ、わたしはこいつを発明しようとして実験に失敗し、その事故で死んだんだ」


 少年はニヤリとほくそ笑み、確認する。


「それってどういう……」

「おまえは案内役だと言ったな。すると、魔王とやらの居場所はわかるのか?」

「まあ、ね」言葉を遮られながらも、女神はほどよい胸を張る。「ちょうどこの星の反対側よ。なにしろあなたは冒険を始めたばかり、ちょっとずつレベルを上げて装備を整えて強くなってから攻めてく修行も兼ねてるの」


「不要だな、〝アルクビエレ・ドライブ〟」


 四郎が唱えた途端だった。彼とリインカは閃光となり、忽然と姿を消したのだ。

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