天才科学者は宇宙の100億倍のエネルギーで異世界生転移を秒クリアする!

碧美安紗奈

典型的な異世界

転生を秒で進める

「多元宇宙論は正しかったわけか。それで、テグマーク分類におけるレベルはいくつだ?」


 現世から召喚された白衣で十代後半ほどの美少年、四郎しろうが、一見でたらめな魔法陣から出て開口一番放った台詞だった。

 魔法陣はすぐさま消えたが、彼は現れた瞬間からこの状況に少しも驚かず、顎に手を当てて考え込んでいる。


「……えっと四郎さん? ここは死後の世界なんだけど」

 むしろ面食らってやっと言ったのは、彼と対峙する外見上同い年くらいの可愛い系美少女。リインカだ。

 金髪ストレートロングできらびやかな貫頭衣を纏い、頭上に天使の輪エンジェルハイロゥを浮かべ背に翼を生やした女神である。


 二人は、暗闇に光が無数にちりばめられた星空のような世界に浮いていた。


「非科学的だな」


「そ、そりゃ、科学を超えた世界ですもの」

 ようやく女神に目を向けるや、ばっさり切り捨てる人間。その日本人だがやや西欧風の美顔に、多少怯みながらも返す。


「では」四郎は狼狽えずに対面者を指差し、指摘した。「おまえはホモサピエンスの女みたいな肉体を有しているが、なぜだ。地球の霊長類じゃないか。翼や光輪もまるでコスプレ。天使がそんなイメージになったのは近世以降のはずだが」


「んなこと言われても」

 なんなのだこいつは、とリインカは戸惑う。


 彼女には人にない不思議な力があるが、頭はたいしてよくない。むしろ、人を案内する役割として親しみやすいだろうからと並みの人間よりちょい下程度の知能をより上の神たる上位神じょういしんから与えられた下位神かいしんだ。

 その彼女の理解を超えた発言を連発する男は、どうやら普通でない。


 困惑しながらも、女神はどうにか繕う。

「……そうよ。あたしが輪廻転生を司る女神、リインカだからよ! 神々が宇宙や地球や人類も創ったから人に似てるわけ」


「〝神は自分に似せて人をつくった〟か、旧約聖書だな。しかしアブラハムの宗教は一神教で唯一神は男神だ。輪廻転生の思想もない。今さらダーウィンの進化論を否定するにも根拠が不足し過ぎている。リインカもまさか、輪廻転生リインカーネーションから取ったとかの安直さか?」


「あーめんどくさい」女神は地団駄を踏む。「実際この世界に死んだはずのあなたがいるんだからしょうがないでしょ! 話進まないから納得しなさいよ!」


「確かに、あれは死んだな」

 そこは受け入れる少年。

「〝我思う故に我ありコギトエルゴスム〟か。デカルトとは古臭いが、一理ある。この世界に長居するならゆっくり新たな物事を考えるのも悪くない。いや、仮に生前の世界とした場合のわたしがいた宇宙とは――」


「はーい、後にして! あなたにはとにかく異世界を救ってもらいたいの!」

 いい加減いらいらしてきたので、ほどよいサイズの胸の前でぱんぱんと手の平を打ち鳴らして女神リインカは無理やり進めた。


「この世界をか?」

「違うわよ、ここは死後の世界」

「元いた世界の基準からすれば異世界だ」


 間髪を容れない四郎に、疲れて肩を落としながらも女神は返す。


「もう! とにかくさらに別の中世ヨーロッパファンタジーぽい世界が魔王とそいつが生み出した魔物軍団に襲われてて、人類が絶滅寸前の危機に貧してるから救って欲しいわけ」

「またご都合主義的なことに、生前の故郷日本でよく目にしたフィクションのような異世界だな」

「そうよ! だから理解が早いだろうと数ある死者の中から、相応しいのはあなたじゃないかって選ばれたわけでもあるの!」


「バカかおまえは」


「ばっ、バカ!?」

「じゃあ貴様は何か」

「貴様になった!」


FPSファーストパーソンシューターに慣れ親しんでるやつを本物の兵士を差し置いて生前の世界での戦場に連れていくのに選ぶのか? フィクションと現実の違いもわらかんとはな」


「実際の中世ヨーロッパじゃないのよ、ファンタジーなのよゲームっぽいの! ステータスとか表示されたりスキルとかあったりするの!」


「じゃあゲームっぽい世界と言うべきだ。するとそんなバカげた世界がどう出来上がったかが気になるが、おまえの感じだとどうせ知らんのだろうから自分で調べてもいい。どのみち、わたしはその手のゲームは暇潰しに遊んでいるくらいで選ばれるべきとは思えんが」


「自覚ないのかもしんないけど、あなたは遊んだその手の全ゲームで無課金なら一番強くなったことがあんのよ!」


「ほう。全システムを頭に入れた上で最も効率のよい遊び方を徹底していただけのつもりだが。では、異世界とやらには課金要素のようなものはないわけだ」


「そう! いちおうこのまま天国とか行きか元いた世界の別な生命に転生するルートもあるけど、異世界が気になるでしょ?」


「いいや、そんな科学が通じなさそうな世界じゃ楽しめそうにない」


 ずっこける女神を差し置いて、少年は再び顎に手を当てて独白する。


「そもそもなぜ、魔王から人類を救うという前提で進める? 地球ではホモサピエンスが適者生存の法則にかなったから支配者面をしていたに過ぎない。恐竜時代なら恐竜が支配者だ。異世界とやらで魔王や魔物が勝つなら、それらが支配者として相応しいのではないか。部外者が干渉して片方に力添えをする方が不自然と思えるが」


「あーもううるさーい!」

 一喝し、リインカは捲し立てる。

「これ本当は物語後半で明かされる衝撃の事実の予定だったけど先に話すわ! 確かに、本来あたしたち転生転移の神々には他の世界に干渉しちゃいけない掟があるの! でもこの魔王はなんと、掟を破って異世界支配を目論んだあたしたち転神てんじんの一柱なのよ!! だからなんとかしなきゃなんだけど――」


「干渉すれば自分たちも掟破りに該当する。〝自己言及のパラドックス〟か。だから生前世界からの転生者とかいうのを利用する間接的な方法を選んだわけだな。ならばわからないでもないが」


 先読みして言及した少年の隙を、女神はぱっと笑顔を咲かせて突く。

「はい言った! わかるって言った!! 上位神様了解しましたよこの人、転送お願いしまーす!」


 彼女が天上を見上げて呼び掛けるや否や、祝福するよう二人を囲む新たなでたらめ魔法陣が足元に現れた。


「待て、わたしにはまだ疑問が――」


 抗議する四郎も空しく、二人の姿は消失。死後の世界には、星空のような空間だけが残された。

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