訃報 5

――――――――――

 とまあ。大雑把にはこういう話らしいんです。

 私は一通り話を終えて、助手席に座る先生の顔をちらりと確認した。

 カーナビによればT市までは約10分。道路の具合からすれば目的の葬儀場まで15分ほどだ。あと一息、というところなのだけれど、シマズ氏が話したエピソードは残念なことにここで終わってしまう。

「随分と中途半端なところで終わるな」

 そりゃあ、実話怪談ですからね。体験者であるシマズ氏が逃げ出しちゃった以上、その先のお話はありません。

「作るとすれば私たちです。ってオチは勘弁してほしい」

 同意しますよ。先生。私たちはあくまで現地の取材にいくだけであって、この話の続きを体験するなんてつもりは毛頭ありませんとも。

「そうか。それならよかった。ところで、いくつか質問しても?」

 どうぞどうぞ。先生が、質問をする程度にこの話に興味を持ってくれたのなら、話し手冥利に、担当冥利に尽きますよ。

「君は本当に呑気だね。どうしてホラー小説の編集担当ができているのか不思議なくらいだ。一番大切な点から質問しよう。さっきの話に出てきた“上土方”云々という奴。あれは、仮名か?」

 はぁ? 想定外の質問で、私は間抜けな声をあげた。仮名は、人名だけでそれ以外の要素は脚色なく話した。そう返答すると、今度は先生が間抜けな声をあげた。

「そんなことだとは思ったけれど。前言撤回の速度が速すぎやしないか? まずここから先はその名前を呼ぶことをやめよう。絶対に呼ぶな。呼び名がないと不便ならAで通そう。次の質問。シマズ氏はこの話を持ち込んだ理由を話していたか?」

 昔なら噛み付くところだが、先生の担当になって1年あまり。少しは先生を理解したつもりだ。だからまずは質問に答える。

 シマズ氏は、当社の怪談専門雑誌の読者投稿コーナー“あなたの隣の変わった話”、通称“トナカワ”の窓口に連絡を入れてきた。トナカワ掲載の“名無しのS”氏の記事を偶然に読んだのだという。

「名無しのS。シマズ氏の目に留まったのは2カ月前の“故人巡りの葬式”か」

 ご名答。でも、どうしてそれだって?

「阿呆か。さっきの話と故人巡りの葬式は似ているだろう」

―――――――――――

 A県中部に位置するB山の中腹部に点在する村落には、一風変わった葬儀が根付いている。村によって名称に差異があるが、ここでは“故人巡り”という名前で通すこととしよう。読者にとっても最もイメージしやすい名前のはずだ。

 故人巡りは、村落で死者がでた際に、その遺族が生前の故人の衣装に身を包み、村落中を訪問するという儀式だ。遺族がいない者、旅行者などが死亡した場合には、村役場の者たちが遺族の代わりを務めることになっている。

 視覚化された死者による別れの挨拶。それだけでも風変わりな出来事だが、故人送りには更にいくつかの風変わりな点がある。

 その一つが、訪問を受ける側の対応だ。過去5年に身内を亡くした者は、故人からの訪問を受ける際、自らも遺族の姿に扮して対応する。5年間、身内に死者がいなかった場合、居留守を使い、故人からの訪問は受けない。

 公共の施設に関しては、死人が出たという記録がない限り故人に扮する者は用意されないが、遺族の側は出入り自由である。ただし、施設の出入りに必要な場合を除いては、遺族から話しかけられても決して会話はしてはならないという決まりがある。

 この風習は、B山の村落では死者は死後5年間、自らが暮らした場所に留まるという考え方に基づくものだといわれている。

 人間は鈍感な生き物だから死に気づくまでに時間がかかる。自らの死に気づき、受容するまでの期間、死者は整然と同じ生活を営み、未練をそぎ落としていく。5年の時を経て、死を受容した人間は、人であったときの魂の形を失い、精霊として山中へ解けていく。そうして、最後は新たな命へと還っていくという信仰である。

 B山の信仰がどこから生まれたものかは定かではないが、故人巡りとは、死者として新たに村に入る者を、滞在中の死者に紹介し、コミュニティへ受け入れてもらうための儀式なのである。

――――――――――

 シマズ氏の話と似ていますか?

「似ているよ。シマズ氏たちが体験したという参列者たちは、まるでB山の故人巡りをなぞった展開だ。故人巡りの葬列を読んだことがある人なら、死者として葬儀に参列するという話に興味を持つ。故人名を使ったのはそのほうが死者が参列していた演出としてわかりやすいからだ」

 待ってください。先生のそのお話だと、シマズ氏の怪談はよくできた創作であるという印象を受けますが……?

「そうだね。僕としてはできれば創作であってほしい。ただ、問題は僕にはシマズ氏が創作したのは芳名帳のくだりだけと思えることだよ」

 芳名帳のくだりだけ?

「故人名の参列者が来るだけで、葬儀場の人間がそこまで怯えることはない。繋がらない電話番号を示すことや面子を変えて悪戯にいそしむことは悪質だけれど、受付の従業員が怯えるのはおかしい。想像だが、彼らが怯えていたのはAの名前を書く参列者だ。芳名帳の名前は書き変わってなんていなかったんだ」

 それなら、おかしくなった従業員のタニのくだりなどはどういうことなのか。

「話の流れが違うのかもしれない。もしくは葬儀場の従業員はAの名前を見るたびに辞めていたんじゃないかな。タニと一緒に話していたほかの従業員はAの名を出すことを嫌がっていただろう?

 ちなみに、君はシマズ氏から関係者の実名を聞いているんじゃないか」

 え? ああ、まあ仮名にしたのは私ですからね。

「サジというのは、佐知川徹(サジカワ―トオル)氏のことではないか?」

 先生の回答にハンドルを握る手に汗がにじんだ。

「佐知川氏はT氏にて株式会社アイ・カメラという小さな撮影スタジオを営んでいた。アイ・カメラには、佐知川氏のほかに甲斐素子(カイ‐モトコ)という専属カメラマンの女性がいた。彼女がシマズ氏の話が出てきたイモトだと思う。

 ちなみにアイ・カメラは4か月前からホームページが更新されておらず、君の話を聞きながら電話をかけてみたけれど事務所の電話は解約されていた」

 先生どこかに電話かけていましたが、そんなことしていたんですか。でもよくそんなところまで特定できましたね

「実話怪談は人・場所を特定できないように語るのが重要だと思うが、怪談の舞台がわかっているなら情報は絞れてしまう。気になって調べてみたら市内の撮影スタジオのひとつにアイ・カメラがあった。アイ・カメラに注目した理由? 君の話を聞きながら、T市新聞の電子版を購入してみたんだ。アーカイブを探ってみると、3か月前に佐治川氏が交通事故で死亡したという記事が見つかった。更に、2か月前には甲斐素子がN県で取材中に火災に巻き込まれて死んでいる」

 それは、怖い話ですね……?

「シマズ氏が編集部に話を持ち込んできたのはいつだ?」

 ええっと、ちょうど1か月ほど前。

「なあ、取材、やめにしないか?」

 ややしばらくの沈黙の後、先生はぽつりとそう提案した。車はT市に到着している。町はずれから駅に向かって進む片道2車線の国道。このまま道なりに進めば、右側にかつて葬儀場だった建物が見えてくるはずだ。

 ちなみに先生は何でそんな提案を?

「シマズ氏が芳名帳のくだりを改変して、編集部に話を持ち込んだ理由が思い当たるからだよ」

 えっと……具体的には?

「シマズ氏は、Aの名前が書かれる奇妙な葬儀の話を持ち込むにあたって、故人名で参列がなされるという話に内容を切り替えた。そうすれば名無しのSの投稿を受け付けている編集部はシマズ氏の話に興味を持つ。

 君のところは僕に限らず、実話ベースの怪談を仕入れると、著者や編集部が現地に向かうだろう? そのことを雑誌でも明言している。よりリアルな奇妙な体験をお届けする。シマズ氏はそのコンセプトに共感したんだ」

 共感、ですか。

「僕がそう考える理由は一つ。死者の名前で葬列にくるという物語への改変をしたにも関わらず、シマズ氏たちがAの名前を聞き、A名を名乗る参列者が一時停止した映像内で動いたこと、Aを名乗った人物が画像検索でヒットしなかったことを話したからだ。シマズ氏は君たちならT市の葬儀場を訪れると考えた。けれども、単純に訪問しただけじゃダメだったんだ。訪問者はシマズ氏の話を聞き、Aのことを知っている必要があった」

 なんで?

「その答え合わせはしたくないよ。とにかく、僕は葬儀場に立ち寄ることなくこのまま何も見ず真っすぐに帰ることを希望する。絶対に、葬儀場の側を見るな」

 交差点の信号で止まると、先の歩道を大勢の人が歩いているのが見えた。全員が喪服姿で、両手にかけた数珠を握り占めながら何かを唱えている。交差点の先にあるのは件の葬儀場だが、すでに営業をしていない。

 この付近に葬儀場はない。この参列者たちはどこからきてどこへ行くのだろうか。

「見えているなら、歩道は見るなよ。僕たちはこのままこの街を通り過ぎるんだ。シマズ氏の話はお蔵入りだ。Aの名前はいますぐ忘れよう」

 先生の言葉に、私は無言でうなずいた。信号が変わったとたん、勢いよくアクセルを踏む。大きなエンジン音を吹かして加速する車両に驚いたのか、歩道を歩く通行人たちが一斉に私たちの車をみた。

 通行人たちがどんな顔をしていたのか、私はしらない。


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