訃報 4
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合計4件の葬儀が終わり、撮影内容の確認をしていると、血の気を失った従業員が3名事務所に駆け込んできた。彼らが机に広げた4冊の芳名帳には、監視の甲斐なくそれぞれ故人の名前が書き記されていた。
画面の監視で疲弊していたシマズとサジは彼らの広げた芳名帳を前に互いに顔を見合わせた。
「監視カメラで変な様子はありませんでしたか?」
確認していた限り、変わったことはなかった。
「僕たちにもカメラを見せてください。あ、あと誰か事務長にも連絡入れて」
一番若い男性がサジを押しのけてモニターの前に立つ。他の2人は彼の声に反応してあたふたと動き始めるがどうにも動きが悪い。シマズはモニターの操作を始める男性を背に、机に広げられた芳名帳を捲った。
ページがつぎはぎされている様子もないし、修正液等が付けられた様子もない。夕方の葬儀が終わってから30分。夕方分の芳名帳はどちらも70名近くの参列者が記されている。短時間で模写するのは難しそうだ。
「サジさん、カメラの配線って」
「昨日シマズさんと一緒に付けたものから変わってないよ」
「それじゃあ、モニター8と10も?」
「撮影はしているよ。今は映してないけれどね」
ちょっと避けてね。サジは太った身体でモニター前の男を押しのけてキーボードに手をかざした。モニターの画面が受付から一転、鯨幕の中を映したものに切り替わる。
「夕方のだけでいいか?」
「一応それでいいと思います。開始の直前から」
モニター8とモニター10は鯨幕の中に設置したカメラを延々と撮影しているだけのカメラだ。サジが時間を合わせて12倍速での再生を始める。
「観る限り、分岐されているようには見えないね」
シマズも同意見だ。受付裏を実際に確認するまで断言はできないが、鯨幕の裏に施した配線を弄った者はいない。
「それじゃあ、これは何なんだよ」
想定していた答えが外れ、漏れた声は震えた。
「とりあえず、皆さんは画面の確認をしていてください。僕たちは機材の確認をしますので」
サジは努めて平常な声でそう告げて、シマズを連れて事務所をでた。事務所の扉を閉めた途端、額に滲んだ汗が、ぽたぽたと床に落ちた。
「シマズさん。どういうことだと思う。僕たちは機材を確認しない方がいいんじゃないか」
サジの言いたいことはよくわかった。
「今なら誰かが覗き見して悪戯したことにできるかもしれないですね」
でも、ここから先、機材の配線に異常がないのであれば、会場に設置した大量のカメラを使って芳名帳を覗きみた誰かはいない。外部ネットワークにも繋げていないので、ハッキングもない。
故人の名前を書いた芳名帳はいったいどこから出てきたというのか。
「確かめてから考えるべきかな」
「基本はそうだと思いますよ。とりこし苦労という言葉もあるくらいですし」
本音では、サジと同意見だ。けれども、シマズもサジも、目の前で起きていることを直視できるほどネジが外れた人間ではなかった。“そんなことはあるはずがない”、その想いは危機感を抑え込み、二人を会場内の機材確認へと走らせてしまった。
そして20分後、案の定、機材配線には一切の細工がなされておらず、また撮影している映像を覗きこんでいる人間はいなかったことが判明した。
二人は、空になった会場入口の前に立ち、ぼんやりと辺りを見回していた。今日の葬儀は終わっていて、会場に残っているのは事務所の従業員と、二階の宿泊所に泊まっている通夜客だけだ。一階の葬儀場はがらんどうで誰も通ることがない。
「なあ。これってやっぱり」
「明日以降の仕事、断りませんか?」
サジはシマズの顔を見て、ゆっくり首を横に振った。
「もう一度くらい事務長の話を聴いてからでも遅くはない。幸いにも僕たちにはまだ害がない」
本当にそうだろうか。救急車で運ばれたオノは、半狂乱で出ていったまま戻らなかった受付の女性は、無事の範疇に含めてよいのか?
「事務所の従業員に話を聴くくらいで止めておきませんか」
シマズは提案をする自分の顔がひどく引き攣っていることに気が付き、サジから目を逸らした。本当ならそんな提案すらしたくはないのだ。
「まあ、それなら義理も果たしたと言えるかもしれないな。それじゃあ、部屋に戻ろう」
サジもまた引き攣った表情のまま、シマズの提案を肯定した。
――――――
「お二人とも。待っていたんですよ!」
憔悴しきったシマズたちを迎えたのは、ハイテンションな従業員の声だった。カメラモニターにいち早く手を伸ばしていた若い従業員――名札にはタニと書かれていた――がシマズたちに気づいたのだ。
「はやくこちらへ。わかりましたよ、芳名帳の記載主」
思わぬ報告に、シマズはサジと顔を見合わせた。事務所にいた他2名の従業員はどういうわけかモニターと反対の壁にぴたりと背を付けて、タニの様子をじっと伺っている。
「いいですか。該当部分の画像を抽出したので、四つのモニターに一度に写しますね。上の二つが昼の葬儀、下の二つが夜の葬儀です」
タニがキーボードをたたくと、それぞれ、受付上方から参列者の記載状況がみえる角度での映像が映し出される。
四者四様。上からの映像のため、顔は見えないが、参列者は全て別人なのは明らかだった。独りは大学生くらいの若者、一人は白髪交じりの角刈りが目立つ壮年の男性、一人は線の細い若い女性、そして最後の一人は中肉中背の中年男性だ。
問題はその手元。4名の参列者はそれぞれ芳名帳に“上土方下下”という名前を書き記している。気に留めていなかったが、リアルタイムでも見覚えがあった。二人目。壮年の男性が記帳しているときに、なんと読むのだろうとサジと話した記憶がある。
「この四人。彼らは、シモシモさまの名前を書いています。そして、この芳名帳にはシモシモさまの名前はない」
「ちょっと待ってくれないか。シモなんだって?」
「シモシモさま。ほら、皆ここに書いているじゃないですか“カミヒジカタシモシモ”って」
タニが当然のごとく芳名帳の名を読んだとき、背後の二人がびくりと震え、壁とぶつかる音がした。
「カミヒジカ……? その名前は故人とは違うんじゃないかタニさん」
タニは依然元気よく首肯する。
「そうですよ。参列したときはシモシモさまですから」
「待ってくれ。話がよくわからない。芳名帳に残っているのは故人の名前なんだよな」
「ええ。そうですね。百百紺ハルさん、唯海霧ミツラさん、関柄トモヨさん、石伊元タカシさん。それぞれ、本日、当葬儀場で葬儀をあげられた仏様です」
「カミヒジカタという名前はないよな」
「あるわけがありません」
全くかみ合っていない。タニがおかしくなったのか、サジやシマズの方がおかしいのか。これ以上“上土方下下”について彼に問いただすのは控えるべきだ。シマズは直感でそう思った。
「それじゃあ、今のタニさんの説明はおかしいじゃないか」
だが、サジは鈍感だ。躊躇うことなくタニの説明に異を唱えてしまう。
「何もおかしなことはありませんよ。シモシモさまがいらっしゃるのはとても喜ばしいことなのです。そして僕たちはシモシモさまの訪れを何度も経験していることになる」
タニは鼻息を荒くして見知らぬ何かについて熱弁をしている。前傾姿勢で今にも飛びかかってきそうな彼が怖くて、シマズは思わずサジの後ろに隠れた。サジはシマズの様子を見てもなタニの不自然さに頓着せず首を傾げている。
「その、シモシモさまというのは、この画像の人たちのことなのかい?」
「そうですよ。これはシモシモさまの訪れです。初めてのことで気付けなかっただけなのです」
「よくわからないんだが、皆さんは思い当たることがありますか? シマズはわかる?」
私に聞かないでほしい。シマズはサジに向かって首を振った。壁際に控えていた二人のうち、女性の従業員は目を伏せる。隣に立つ背の高い男は隣の同僚と、目を見開いて自分たちの回答を待っているタニを何度か見比べてため息をついた。
「その辺にしてくれないか、タニ。そういう話はウチの職場ではご法度だ」
「どうしてですか。こうしてシモシモさまが」
「シモシモさまなんていない。理由はわからないがこれは悪戯だ。カメラに映っている人物が違うのは、悪戯犯がグループだから。これ以上悪戯犯を擁護するなら、君も処分の対象にしてもらう」
「な、なにを言っているんですか。ミチカさんはシモシモさまを知らない? それなら、僕がみなさんにも教えてあげますよ。いいですか、シモシ」
ミチカと呼ばれた男は、熱弁が止まらないタニに近寄り、躊躇うことなく左の掌で彼の顔を押さえた。そしてそのままタニの身体を横に押し倒す。バランスを崩したタニはモニターの前で真横に転倒し、サジが終日座っていたデスクチェアに頭を打った。
「黙れ。カミヒジカタシモシモなんてものはいない」
カミヒジカタシモシモ。ミチカは確かにその名前を口にした。そして、シマズはミチカが名前を口にした瞬間、モニターに映った参列者――上土方下下と記帳した男が顔を上げ、カメラのモニターに視線を向けるのをみた。モニターの映像は、一時停止のままであるし、そもそも録画中にカメラに目を向けた参列者は存在しない。
「サジさん。今の」
サジと目が合って、シマズは言葉を呑みこんだ。流石の彼も異常事態に気が付いたらしい。唇が小さく震え、シマズに対して小さく頷いて見せた。
この仕事は何か危ない。これ以上は関わるべきではない。シマズたちはそう心に決めて、言い争いを始めた従業員二人を置いて、事務所を出た。二人の意識は、カミヒジカタシモシモなる何か、そしてミチカに倒され頭を抑えるタニの様子に向いていたので、シマズたちが事務所を出ることを咎める者はいなかった。
ただ、モニターの向こうからカメラのレンズを覗き込む参列者、喪服姿のオノだけが事務所を出るシマズたちの姿をじっと見つめていた。
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