訃報 3
――――
“半年前から故人が自分の葬列に参列するようになった”
アルバイト二人を家に帰すと、事務長はそう切り出した。
事務長はシマズたちを見て話すように努めているが、視線はせわしなく揺れ、声は震えている。
「初めは、遺族から芳名帳記載の参列者に連絡が取りたいと申し出があったのです。
参列者は香典を出す際に住所と電話番号を芳名帳に記載します。今は、個人情報の兼ね合いがあるので記載は任意です。ですから、問い合わせは住所記載がない参列者についてのものだと思っていました。
ところが、話を聴くと、故人と同姓同名の参列者がいて、住所に行ってみると違う人が住んでいるというのです。会えないので事情を知らないか。という問い合わせでした」
「デタラメの住所を書いているってことですか?」
「そういう整理になるのかもしれません。いずれも全く別人が暮らしている住所地で、存在しない住所が書かれた例はありません」
「待ってください。例はありません。というのは」
事務長が言うには、葬儀場を訪れる故人名の参列者は既に何十人もなっている。
「ええっと、電話で連絡ついたりしないんですか?」
「電話は常に通話中になります」
事務長が目の前で芳名帳の番号にかけると、スピーカーから通話中を告げる待機音が響く。
「これって、他の人もこうなんですか? 折り返しとかは…」
事務長は何も言わずに首を振る。ドッキリにしても、性質が悪かった。
「香典は支払われていますし、葬儀場としては特段問題はありません。ですが、ご遺族からの問い合わせも多いので無視をするわけにもいきません。しかし、ご遺族に再確認しても、職員で受付や会場を見回っても、故人名の参列者は特定できなかったのです」
「受付の人は、故人の名前を書いている参列者を目の前に対応しているんですよね」
「それは、もちろんそうなります」
サジの質問に意味がないことは、先ほどのモチを見れば明らかだった。何がどうなっているのか、受付時、担当者は故人の名前を記載していることを認識できていない。事務長たちは、映像に頼ることによって、この悪質な悪戯を看破しようとした。しかし映ったのは見知らぬ女性の姿だけ。
「なんなんですかね、これ…」
「それがわかるかと思って、今回皆さんに撮影いただいているのです」
―――――
「要は手元を気にしていることがばれなきゃいいわけだ」
二日目。葬儀の予定は入っていなかったが、シマズはサジに連れられて再び葬儀場を訪れた。午後4時から通夜が一件入っているだけで、葬儀場内は閑散としている。
昨晩、サジはイモトに電話を入れて、怒鳴り声を上げられながら防犯カメラやダミーカメラについての情報を集めた。朝一でシマズを連れて買い出しに走ったカメラは全て葬儀場受付に設置する。
「本当にやるんですか?」
「やるさ。あの調子じゃ当初の予定じゃ何も解決しない。あんなの当事者になったら怖くて仕方ないし、気持ち悪いだろ」
「結構費用かかってますよ」
「予算内には収めた」
受付のあらゆる場所に防犯カメラを設置し、その一部が参列者の手元を写すことにすればよい。サジの立てた作戦は大胆だ。
昨日の話を踏まえれば、さっさと引き上げてもおかしくないのに、予定より金をつぎ込んで仕事をする。サジのこういうところが儲からない原因で、一方でシマズやイモトが彼の下で仕事を続けている理由でもある。
二人で機材を設置、動作確認を終えると既に14時を過ぎていた。シマズらは昨日の倍以上に増えたモニターの前に座り込んだ。
映像を見る限り、受付に死角はない。天井に付けた複数のカメラが、建物を訪れる参列者を追いかける。鯨幕後ろからの映像と併せて、記帳の様子はハッキリ映る。さらに、受付の上に取り付けたカメラだけはズーム機能がついており、拡大すれば芳名帳の記載内容を読みとれる。
「こんなことならアルバイト一人くらい連れてくればよかったですね」
大学生は夏休み中で授業はない。暇しているなら追加で給与を支払えばよかったのだ。
「そういえば、昨日事務所で待機していたオノ君ね、明日からは来ないそうだ」
「はぃ?」
突然の告白に、声が裏返った。
「シマズさん、オノ君に何かした?」
「何もしませんよ、本人はなんて言っていたんですか」
「ハマダ君からの伝言でよくわからなくてね。良くないおばさんを見たから行かないって」
「それ、私のことではないと思いますが」
サジはシマズの顔をじっとみて暫く黙り、そしてゆっくりと頷いた。その動作が、明らかに疑っているように見えたので、シマズは足を軽く蹴とばした。サジは脛をさすりながら曖昧な笑顔を見せる。
「まあそうだよな。シマズさんではなさそうだ。じゃあ、やっぱり」
オノは昨日、受付の映像を確認したときに、件の女性を見たことがあると話していた。帰宅途中に、その女性が誰であったのかを思い出したから、葬儀場に来なくなったのだろうか。
「仕事を辞めるほどの理由なのか?」
シマズもサジと同意見なので、こうして今日も葬儀場に来ている。だが、増設したカメラが何を写すにせよ、事務長の話は悪戯で片付けるには性質が悪いし、件の女性の出自によっては逃げ出すべき事態なのかもしれない。
葬儀場で起きていることと同程度に、オノがバイトを辞める理由はわからないのだ。
「オノ君の家に行ってみませんか?」
「急にどうしたんだよ。僕たちの責任ではないと思うぞ」
一発背中をたたいてやると、サジは渋々立ち上がった。
履歴書によればオノは葬儀場から3キロほどのアパートに住んでいる。築25年、3階建て、12室あるアパートは、不動産業者のWebサイトによれば空室5、入居7。オノは住んでいるのは202号室らしい。シマズたちが到着すると、アパート前には救急車が停車しており、人だかりができていた。
「事故か?」
サジと顔を見合わせ、人だかりの端で様子を伺ってみるが、よくわからない。
「救急車がきた」
「誰かが運ばれている」
「シモが降りたのだ」
「予報はなかったのに」
「やっぱりあれがなくなったからかの」
要領を得ない話を聞かされるうちに、救急車はけが人を乗せ走り去っていく。野次馬たちは救急車に手を合わせ、一礼をすると何事もなかったかのように散っていく。
「なんだったんだ。今の」
尋ねられてもシマズにもわからない。二人は首を傾げつつオノの住む202号室に向かうことしかできなかった。
「変わった漢字だな」
202号室に掲げられた「尾呑」の文字を見て、サジが感想を述べる。履歴書で見ていたはずなのに、表札で見ると奇妙な印象を受ける。ただ、それを「変わった」と言われるとオノも立つ瀬がない。
「名前についてとやかくいうのはあまりよくないですよ」
「それもそうか…ん、隣の表札、見覚えないか?」
“百百紺”
201号室にかかっていたのは読み方がわからなかったが見た名前だ。
「明日の昼の葬儀、故人の苗字ですね」
「巡り合わせが悪いな」
サジは、202号室の呼び鈴を鳴らしながら百百梱家のポストを覗き込む。ポストは空で、人の気配もないらしい。故人の葬儀準備と共に整理を進めたらしい。準備の良い遺族たちだ。
「オノ君、サジだ。いないのか?」
一方、202号室は何度呼びかけても反応がない。代わりに203号室からすすけた作業服の女性が顔を覗かせた。
「うるさくしてしまって申し訳ありません。アルバイトの子がここに住んでいてですね」
「ああ、その子ならさっき病院に…」
「さっきって、救急車?」
「なんか急にアパートの前で倒れたらしくてね」
そういって、女性は部屋に引っ込んでしまった。
「どういうことなんだ?」
「わからないですよ」
―――――
最終的にサジにオノの搬送先の確認を任せて、シマズは独り職場に戻った。
オノから話がきけない以上、もう一度自分でも昨日の映像を確認したかったのだ。
芳名帳に故人の名を書いた女性は、何の特徴もない中年の女性だ。他の参列者と同様にも服に身を包み、柔らかい物腰で受付とやり取りをし、香典を渡し芳名帳へ記帳する。彼女が不自然だったのはただ一点、故人の名をそこに記したことだけだ。
だが、もし芳名帳に記帳した犯人が別にいるとしたらどうだろうか。事務長らが女性を悪戯犯だとした理由は、芳名帳の名前の記載順にある。例えば、帳簿のページが前後してしまったとか、香典を複数預かった参列者がいて記載順がずれたため、犯人を取り違えたことだってあり得なくはない。
しかし、映像に途切れた部分はないし、件の女性まで、参列者が受付に渡す香典は1袋ずつだ。つまり、皆が名簿順に署名しているなら33人目は必ず彼女になる。 受付の手元ははっきりと映っていないもののページを前後する様子はなかった。
「やっぱり悪戯犯はこの人か…」
シマズは受付に並ぶ彼女の姿を印刷し、まじまじと眺めた。オノは彼女が誰かを思い出し、悪戯の真意を知った。だから葬儀場に来なくなった?
ふと思い立ち、彼女の画像をインターネット検索にかけてみた。本人、あるいは似た有名人の画像が出てくれば居心地の悪さは消えるかもしれない。そう期待したが、検索結果は想像していたものとは随分と異なった。
“404 not found”
「なんで…?」
検索エンジンは通常現れない表示に息が止まった。女の画像の検索は、存在しないページへアクセスしようとする行為だと言われているような気がして、背筋に寒気が走る。
怖くなってパソコンの電源を引っこ抜くと、黒い画面にシマズの顔が写り込んでいた。
――――
「この度は突然の知らせに大変驚きました。深くお悔やみを申し上げます」
喪服姿の老若男女が受付と言葉を交わし、芳名帳に記帳していく。
画面に映る参列者にも受付担当の遺族にも不審な点はない。念のため件の彼女の画像も手元に置いているが受付を始めて1時間、彼女が会場を訪れる気配はない。
監視カメラ大量設置案は功を奏しており、芳名帳の文字もギリギリ確認できている。今のところ故人の名前を書く者はいない。葬儀開始まではあと三十分、終了まではおよそ九十分。
「そういえば、オノ君の容態はわかったんですか?」
画面を見ながらスナック菓子をかじるサジはため息をついた。
「さっぱり。結局彼、近くの総合病院に運ばれていたんだけれどね。僕がついたときにはICUに入っていて面会拒絶。ご両親は県外に住んでいるらしくてね、到着するのは今日の昼頃。
とりあえずハマダ君が病院に詰めているけれど、運ばれた理由は全く不明。外傷はないらしいんだが、家族以外に詳しいことは話せないと言われてしまった。スナック菓子の食べ過ぎでああなっていたら、僕も危ないかもしれない」
「それなら食べるの止めたらどうですか」
サジの不謹慎な回答に苛立ち冷たい言葉を向けると、彼は唸りながらスナックの袋を机に置いた。
「そっちはどうだったのさ。この女性について何かわかった?」
サジが指をさすのは印刷済みの件の女性だ。
「いいえ。芳名帳に何か細工がない限り、悪戯犯なのは間違いなさそうということくらいですね」
映像を確認した結果を掻い摘んで説明してやると、サジはなるほどなるほどと言いながら再びスナックの袋を手に取った。食べ終わるまで手放すことを諦めたらしい。
「んじゃ、不自然なのはあの受付嬢か」
一昨日半狂乱で事務所を出ていった受付は、昨日・今日共に出勤していないらしい。電話にも出ないので事務長が家に様子を見に行っている。
「二人で結託して故人の名前書いていればわからないかもしれないですね。それが撮影されていたから引くに引けなくなってあんな反応になった」
落ち着いて考えれば一番ありえそうな展開だ。だが、動機がわからない。
「そういえば、ハマダ君は、女性の正体に心当たりなかったんですか?」
「ああ……はっきりとしたことはわからなかった。オノが思い出したのはアパートについたときだったらしい。アパートの手前に十字路があるだろ。あそこで立ち止まって、あ!と声をあげたのだと」
「怖い話ですね…」
「そうだよな。ハマダ君はびっくりしてオノ君に尋ねたらしい。そうしたら、オノ君が思い出したと言い始めて、あれはよくない人だった、あってはいけないから葬儀場はやめだと言い始めたのだと」
「よくないの理由は?」
「シモがどうだとか、悪かったとかぶつぶつ言いながらアパートに戻っていったらしい。」
「シモ?」
「シモ。なんだろうな。寒かったのかな」
サジは口に放り込んだスナックと一緒に的外れに違いない見解をかみ砕いた。
「まあ、受付とあの女性が結託していたって話なら、今日は何にも起きないだろう。それに、手元が映っている以上、他の参列者が似たことをしてもハッキリとわかる。オノの体調は心配だが、できることをやっておこう」
もっともなことを言いながら画面に向かうサジの手が小さく震えているのが見えて、シマズは女性の姿を検索したことを話すのを止めた。
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