訃報 2

――――――――

「……というわけで、皆さまには明後日から一週間、当社がこの斎場で行う葬儀の参列者を撮影、記録していただきます。記録するのは、葬儀場の外、受付で香典の受け渡しや芳名帳への記載をしている場面です。

 ご遺族、参列者には撮影をしていることを開示しておりませんので、撮影について“気付かれることはなく”、また“参列者の撮影落としがない”ようにお願いします。

 こういった仕事を外注するのは初めてですので、どこまで説明が必要なのかも手探りですが、斎場内の設備の説明なども含めて、マニュアルを作ってあります。

 一人残らず、全ての葬儀について参列者の録画を終えたことが確認できた段階で、今回の仕事は完了。報酬は指定の口座に振り込みます。人件費等々の処理は御社で対応をお願いいたします。それでは、私は明日以降の葬儀の準備がありますので失礼します」

 葬儀場の事務長はシマズとサジと目を合わせぬまま手元の資料を一方に読み上げて説明を終えた。時間と人手は必要なものの単純な作業だ。これで450万円は美味しい。

 だが、根本的なところで引っかかりシマズは隣に座るサジを肘で小突いた。

「あの。仕事に入る前にいくつか確認したいことがあるのですが」

 サジがしぶしぶ呼び止めると、部屋の出口で立ち止まった事務長は初めてこちらに顔を向けた。しかし、視線は決してあうことがなかった。

「どうかされましたか」

「ええっと、撮影してほしい対象については承知したのですが、その」

 質問を持っていないサジの目はわかりやすく宙を泳いだ。

「そこまで理解していていただければ充分です。問題なく御社に仕事を依頼できます」

 そこ。とはどこのことを言うのだろうか。事務長の妙な圧力に押し切られるサジを見て、シマズはサジの足を思い切り踏みつけることにした。椅子から飛び上がり悲鳴をあげたサジは事務長を睨みつけた。敵意があったわけではない。単純に、シマズが踏んだ足が痛かっただけだ。

「なんといいますか。応募の際に、映像の確認が必要と言われていた点はどういう」

「ああ。そういった疑問でございましたか。それであれば文字通りの意味となります。

 先ほどお伝えした通り、今回の仕事は全ての葬儀について参列者の録画が終わっている、録画が落ちていないことを確認した段階で完了となります。撮影した映像の確認までを依頼するという理解でいただければ問題ありません」

「何のために…?」

「参列者の確認のためですよ」

 事務長はシマズとサジの中間あたりを見つめながらそう言って、今度こそ部屋を退室してしまう。

 シマズたちは仕方なく渡された依頼書に目を通し、仕事の概要を改めて確認することにした。

 2日後から1週間で執り行われる葬儀は全部で8つ。葬儀の日程には偏りがあり、更に会場が二つ、昼・夜にそれぞれ1回ずつ葬儀の枠があることも相まって、1週間のうち葬儀があるのは3日だけ。残り4日は撮影の必要がない。

 葬儀のある時は、必ず開場の2時間前からスタンバイをし、受付を訪れる参列者の顔を撮影する。撮影は、受付後方の鯨幕裏から行い、映像が途切れないように必ず2台のカメラを利用する。

 可能であれば参列者が芳名帳を記載している様子も撮影してほしいという要望がある。

「でも、“一人も残さず”に撮影をしてほしい、“参列者に気が付かれないように”という条件が厄介だな」

 依頼書を片手に告別式の開場前をあるいてみるも、鯨幕の裏と違って、カメラの死角を作れそうな場所がない。

「まあ、芳名帳の様子は追加要望だから顔を映す作業だけをやってみよう。1日目の葬儀は昼間の1回のみ。次が2日後の3回だから、不満がないか事務長に確認すればいい」

 サジの適度に緩いプロ意識が、イモトが準備した機材では無理との結論を導き、シマズたちは葬儀場を後にした。


 そして、二日後。アルバイト初日。

 イモトの代わりに雇われた大学生2人は、予定時間の30分前に、葬儀場へ集まった。独りは背が高く棒みたいな印象の男で、ハマダと名乗った。もう一人はオノと名乗った。対照的に、ふっくらとしており、借り上げた頭の形がおにぎりのように見えた。自己紹介の時にも手にポテトチップスの袋を持っており、数年もすればサジと同じ体形にたどり着くように見えた。

 問題は二人の姿だ。

「二人とも、うちのサジから仕事の内容は聞いていますか?」

 顔を見合わせ、首を傾げる二人を見て、シマズは頭が痛くなった。シマズたちが仕事の全容を理解したのも二日前なので、大きな声はあげられない。なにより、サジが悪い。

 ハマダは黒いジャケットにジーパン姿なので辛うじて葬儀場に入れるが、オノの来ている真っ赤なジャケットと熊を印字した緑色のTシャツは葬儀場での仕事にはまるっきり向かない。

 会社まで戻れば作業服はあるが、二人に仕事の説明をすることや、機材の設置状況の確認時間を考えると事務所に戻る時間が惜しい。

「仕方がないので、今日はハマダ君と僕が撮影班。オノ君はシマズさんと一緒に事務室で待機ね。機材不良がないように整えたつもりだけれど、何かあった時の対応部隊」

 サジはオノの服装を見て、ため息交じりに分担を整理した。


 機材の再確認を終えるとほどよく遺族が会場に到着し、受付の準備が始まる。

 サジとハマダは鯨幕の後ろに控えて、参列者の撮影。シマズはオノを連れて事務室で映像を確認しつつ機材不備があった場合に備えて待機をする。参列者がくるのは葬儀の2時間前から。葬儀が終わるまで約3時間30分の撮影だが、機材に不備が起きる可能性はとても低い。

 モニターを見ながら事務室で待機するのは暇な時間である。

 オノは、待機時間を持て余しているのか、頻繁に事務室を抜けて葬儀場内をぶらついている。見た目が見た目なので葬儀場の受付には顔を出さないようにと伝えている。カメラに映らないところをみると指示は守っていると思うが、戻ってくるたびに新しいスナック菓子を持って帰ってくるので不安だ。

「シマズさんの会社って、よくこういう仕事受けているんですか?」

「映像制作会社だからね。撮影に出向くことはよくある」

「普通は許可取って撮影するんじゃないですか。こんな隠し撮りみたいなの」

 隠し撮り。その表現は不快だが、適切ではある。参列者に気づかれないように撮影をしてほしい。葬儀社の要望に後ろ暗い目的が隠れているのはわかる。

「でも誰から隠れていたいんだろうな……」

 参列者を撮影する目的もわからないから、想像がつかない。もっとも、オノは数秒前の発言を忘れたのか、スマートフォンのゲームに夢中になっている。この学生に給料を払うと思うとやるせないが、シマズのぼやきは聞き流されたのはほっとした。


 サジとシマズの事前準備、イモトの機材メンテナンスが適切だったのか、一日目は何らの異常もなく撮影を終えることができた。遺体は出棺され、遺族も参列者も葬儀場を後にしたことから、シマズたちは受付裏の機材を撤収し、映像の確認にはいった。

 サジが設置した二つのカメラは、鯨幕の隙間から参列者88名の受付時の様子をしっかりと記録していた。カメラへ視線を向けた参列者は一人もいないことから、撮影に気づいた者はいない。

完成した映像を見れば見るほど、葬儀場がこれを記録したい理由がわからない。

「葬儀の記録なら受付側の様子とか、葬儀場内を撮影すればいいのに」

「そうだよな。僕もそう思った。参列者は香典を渡して名簿に記名するだけだから、単調極まりないし、故人との繋がりはわからない」

 サジとシマズは画面に映る参列者の様子を眺めながら、お互いに首を傾げた。

「サジさん。これ拙いアルバイトなんじゃないですか」

「映像そのものを誰にも渡していないなら、何にも起きないだろ」

「それはそうですけれど……」

 早送りされている参列者たちの映像を前に、無言の時間が過ぎていく。

 画面上で葬儀の受付が終わり、最後の参列者が映る頃合いになって、機材のメンテナンスと片付けを任せていたオノとハマダが戻ってくる。一応仕事はしたらしく、オノの額には汗を浮かんでいた。

「二人ともお疲れ様。映像の確認もまもなく終わるから、今日の仕事はこれで終わりだよ」

 サジが声をかけると、アルバイト同士顔を見合わせほっとした表情を見せる。

「あ。そうだ、サジさん、さっき会場を通った時に職員の人に声かけられて、これから事務長さんと何人かでサジさんの撮った映像確認したいって」

「そうですか。ちょうどこちらの作業が終わった後で良かったですね」

 画面では最後の参列者が受付を終え、従業員がカウンターの上の整理を始めていた。映像には何らの欠けも異常もない。仕事は無事に完了である。


―――――――――――


「木村真知子さん、坂上アジルさん、株式会社LLタクシー。その先、33番目が、西村忠男です」


 事務所にやってきたのは、事務長と、受付を担当していたモチと名乗る女性の従業員だった。事務長は一昨日と同じように白い顔で、シマズたちと目を合わせようとせずに、事務的に撮影への感謝を述べて、映像の確認をしたいと申し出た。

 モチは事務長の後ろに控えていたが、手に持った書類を握る手は震えており、目は忙しなく足元を見ている。何か大きなトラブルでもあったように見えたが、二人は詳細を語ることなく、シマズたちが確認した映像を初めから再生した。


 受付に参列者が訪れるたびに画面を止め、モチが持っている書類の名前を読み上げる。受付時に記載を求めていた芳名帳の名前と、参列者の映像を照合するのが目的らしい。

 操作の補助のために横に立つシマズは、参列者を一人確認するごとに、事務長とモチの声の震えが大きくなっていくことが気になった。


 そして、33番目。芳名帳に書かれた“西村忠男”という名前が読み上げられたとき、画面に映ったのは肩まで伸びた髪の毛を少しだけ内側にカールさせた、丸顔の中年女性だった。女性は、受付に香典を渡し、芳名帳への記載を済ませると、両手を合わせ受付へ深々と礼をした。


「あれ。今の人、女じゃない? タダオって。男の名前だよな」

 事務長たちの背後でカメラを覗き込んでいたハマダが疑問を述べる。

 シマズたちが全員でハマダに振り返ったものだから、ハマダは驚いたのか一歩後ろに距離を取った。

「いや、さっきモチさんが読み上げた名前で女性の参列者なの、変じゃないですか?」

「まあ、代理で香典を持ってくる人もいるからねぇ。」

 サジがその場をやり過ごすためのぼんやりとした回答を返すが、ハマダは首を傾げたままだ。

「ていうか、その名前」

 ハマダが画面を指さすので、視線を向けると、“西村忠男”が葬儀場へ向かっていく様子が映されている。画面には葬儀場入口に記載された会場名も併せて映りこむ。

“故 西村忠男 儀 葬儀会場”

「同姓同名?」

 遅れて画面をみたモチが、びくりと身体を震わせた。

「何か拙かったですか?」

 モチはサジの呼びかけが聴こえていないらしく、画面を見つめてガタガタと震えるばかりだ。流石に何かがおかしい。シマズはサジと目配せし、モチの隣で画面を見つめていた事務長に声をかけた。

「皆さまが気になさることではありません。撮影は適切に行われていますね。感謝しています」

「いや、そうじゃなくて、モチさん。なんか様子が変ですよ」

「ちなみに、撮影中にこの女性について気になることはありませんでしたか?」

 事務長は、モチの肩を力をこめて掴んだ。モチがヒゥと声をあげて身を固める。

 相変わらずこちらに視線を合わせようとはしないが、ぐるりと顔を回す様子から、先ほどの問いは、シマズたちに向けられていることがわかった。

「映像に映っている通りですよ。記憶の限りでも、特にトラブルはなかったと思います」

「そうですか」

「鯨幕の裏から見てたけど、受付に来た人たちでもめている様子の人はいませんでしたよ。それに、直接やり取りしたのって、そこのモチさんでしょ。何かあったなら、モチさんに聞けばいいじゃないですか」

 ハマダのもっともな意見が響いたのか、モチが突然芳名帳を机に叩きつけ、立ち上がった。肩を抑えていた事務長が彼女の勢いに負けてよろける。

「知りません。知りませんよ。こんな人!」

 振り返り、大声で反論するモチの顔は、事務室に入ってきたときの怯えた様子でも、画面上で受付をしているときの顔とも違う。目は大きく見開かれ、限界まで口を開いて、ハマダを威嚇するかのようだった。

「知らないって、それはおかしいでしょう。画面に映ってるじゃん」

 突然怒鳴られて苛立ったのか、ハマダもモチに近づいて、画面を指さしながら反論する。

「知らない。こんな人は来ていない!! 西村忠男なんて名前を書いた人なんていなかった!!」

 叫び声に近い大声をあげ、モチはハマダを突き飛ばし、事務室から出ていってしまう。 突然の展開にまったくついていけず、シマズたちはただそこに立ち尽くすことしかできなかった。

「これどういう状況?」

 サジは首を傾げるし、ハマダは突き飛ばされたことに動転していて首を振るばかりだ。やりとりに巻き込まれなかったオノは、モチが座っていた場所に近づいて、カメラの映像を巻き戻している。

「俺、あのおばさんどっかで見たことがある」

 オノは小指を下唇にあてモチに対して頭を下げる“西村忠男”の画面を見つめているが、肝心のどこで見たのかを思い出せないらしい。

「受付に来ていたから見たんじゃないか。君もシマズさんと一緒にモニターを見ていただろう?」

 こいつは頻繁に出歩いていたからモニターを見ている時間は短いですよ。

 普段ならバイトのなまけっぷりを口に出すところだが、オノが画面を見る顔が真剣なものだから、声をあげづらい。

「そうじゃない。俺、こういう画面じゃないところでこの人を見たと思うんだ」

「それじゃあ、近所の人なんじゃないの」

「近所。そうだったかな…」

 何が起きているのか皆目わからないが、明後日以降の仕事に障りがありそうなのは確かだった。

「事務長さん。詳しい話、聴かせてもらえますか?」

 シマズと同じ結論に至ったのか、サジが問いただす。すると、事務長が視線を合わせ頷いた。

「こうなってしまうと仕方がありません。話せる限りで、事情をお話します。ただ、あまり良い話ではありませんので、聞くならお二人だけがよいと思いますが」


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