訃報

若草八雲

訃報 1

これから話すのは友人の知り合いが体験した出来事です。

友人の友人は存在しないのが通例ではないか?

先生、初めから腰を折ろうとするのは止めてください。

私も当人から話を聴きました。少なくても実在する人物が、自分の体験談として語ったものであることは確かです。創作かどうかなんて野暮な話は聴かないでください。

後々面倒なので話してくれた人はシマズさんと呼ぶことにしますね。

仮名ですよ、仮名。存在しますって。

だいたい、先生は私がこういう話を作るのが下手ってことよく知っているでしょう。


シマズさんはE県T市の小さな映像制作会社に勤めていました。

その会社が請け負ったある仕事を契機に原因で3年前に退職。

現在は別の会社で広報用の映像制作をしています。

今回の目的地はシマズさんが仕事を辞める原因となった現場です。


さて、シマズさんたちが請け負った仕事というのは、葬儀場の撮影でした。


―――――――

“葬儀の参列者の撮影。月曜から一週間”

 事務所のカレンダーの予定を見て、イモトが変な声をあげた。

「サジさん、なんですかこのスケジュール。先週まで入ってなかったでしょ」

 名前を呼ばれたサジは、カレンダーの反対側、部屋の隅に陣取った自身のデスクから弱弱しい声をあげた。

 雑多な撮影機材とファイリングされた撮影データが積みあがる棚を背にした彼のデスクは、この数か月間の仕事の結果積み上げられた紙束で覆われており、カレンダーの前にいるイモトからはサジの姿が見えなかった。

「サジさん、イモトさん怒ってますよ。私も聞きたかったんです。週明けから急に一週間撮影と言われても他のスケジュールだってありますよ」

 シマズのデスクはサジのデスクの対角線、カレンダーに最も近い場所にある。イモトの位置同様に、シマズのデスクからも紙束に隠れてサジの姿は見えない。イモトがシマズの机のパーテーションに肘をついて、シマズの顔を覗き込んだ。

「どうしたの社長。昨日は元気そうだったじゃない」

 小声で尋ねるイモトに対して、シマズは曖昧な笑顔を返した。従業員5人の小さな撮影スタジオ、サジはその社長を、イモトはカメラマンを勤めている。シマズは映像編集その他機材の調整係で、その他に経理が1名、営業・広報が1名。経理と営業は昨日から盆休みに入っていて、戻ってくるのは二週間後。ちょうど、サジの入れた仕事が終わった翌日だ。

「金がね……金が足りないのだよ……」

 デスクから出てこないのを見かねてシマズが椅子を引くと、その音に反応したのか、サジのぷよぷよした腕が紙束の下から突き出された。

 そのままふらふらと立ち上がり、自身を囲む紙の壁から這い出してきたのは、中年の肥満体の男だ。撮影に走り回っているのに、日焼け止めクリームを欠かさないから顔も腕も肌は真っ白。会社のロゴを入れた青緑の作業着は、Lサイズなのにサジの身体を詰め込み切れずにパンパンに膨らんでいる。

 頼りないしオタクっぽい気持ち悪いデブ。

 何も知らない第三者がみたサジの印象はそういうものだと思う。仕事ぶりを知っていても、概ね似たようなものかもしれない。それでも、会社の社長を務めているだけあって、知識は豊富だし人脈もある。営業担当よりも仕事を取ってくる件数は多く、サジに頼みたいという客がいるから会社が回っているのが実情ではある。

 要するに、会社の経営は小規模ながら順調で、金が足りないはずがない。

「君たち、僕が嘘をついていると思っているでしょう。金はないんだよ、本当に」

 サジはシマズたちに向かってクレジットカードの明細を差し出した。

「J川のバーベキューで無駄遣いしただろう、おかげで僕の口座がすっからかん」

 ああ…。シマズはイモトと顔を見合わせた。親睦会と撮影会を兼ねてと近隣の河川敷でバーベキューを行ったのは先月のことだ。一度は転職を考えた営業担当が会社に留まってくれることになり、喜んだサジが企画したものだが、喜びすぎてかなり豪勢な会を開いてしまったのは事実だ。

「割り勘にしようって言ったじゃないですか、今からでも良いから払いますよ」

 イモトがため息交じりに財布を出すも、サジが勢いよく首を振って声をあげた。

「それはスタジオの社長という立場が許さないよ。あれは、トウヤ君が残留してくれた御祝いなんだ。会社の金でやる話ではないけれど、お金を出すなら社長の僕であるべきだと思っている。

 ただね、それはそれとして金はないんだ。だからバイトを入れようと思ってね」

 小規模とはいえ会社の社長が口走る台詞としては些かずれている。イモトが天井を見上げた。

「理由は分かりましたが、サジさん、私は明日から夏休み。譲れないですよ、女三人、親友の最後の婚前旅行なんですから」

 イモトはカレンダーに書かれた自身の休みを指さして、強い口調でサジに迫った。3か月以上前から予定している休みであるし、イモトの親友は今月末には結婚式を挙げる。リスケジュールできる余裕がないのだ。

「そういうと思ったのでイモトさんの代わりは手配しておいた。撮影はなんとかするつもりだよ。ただ、午後は機材のメンテナンスをお願いしたい。あと、シマズさんは来週も出勤だよね、手持ちの仕事は休んで良いからバイト手伝って。報酬は弾むからさ」

「いや、撮影班じゃないのに私、必要です? この仕事、編集必要そうにないですが…」

 数秒考えたわりに間抜けな返答だなと思った。イモトと違って断る理由にならない。

「うん? そういうわけではないよ。シマズさんの言う通り、別途の映像編集は求められていない。シマズさんは僕と現場指揮。それと、毎日撮影後に映像の確認をしたいらしくて、その時には画像編集の知識がある人が欲しいというのが葬儀場からのリクエストなんだ」

「葬儀場の撮影に現場指揮とか整理が必要なんですか? 何やるの?」

「それがねぇ。詳細は当日話すの一点張りなんだよ。だからあそこに書いてある以上のことはよくわからない。結婚式と違って、告別式中に参列者の映像を流すようなことはないだろうし、葬儀場も遺族へ渡すための撮影ではないとは言っていた」

 サジの曖昧な回答にシマズとイモトは首をかしげた。どことなく怪しい。

「サジさん、ちなみにそのアルバイトいくら?」

「1週間で450万。人件費諸経費込みでも今請け負ってる仕事より割が良いくらいだよ。

 日頃の行いが良いから、良い仕事が落ちてきたという話かもしれないね」

 サジはそう言って満面の笑みを浮かべたが、シマズは金額と仕事の不鮮明さに薄気味の悪さを感じたという。



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