第24話:後輩のおっぱいを揉みたい
俺は明日の試合にきっと勝つ。
それは単純に嬉しい。
でもそれは同時に天野さんとの決別でもある。
練習を終えて天野さんを彼女の家にまで送る道中、最初は楽しそうに交わしていた会話も家が近づくにつれて少なくなっていった。
話すべきことはさっきから頭の中で何度も反芻している。
なのに肝心の口が動いてくれない。
ああ、俺ってマジでヘタレだ。
さっきだって天野さんが来てくれなかったらいつまでたってもフリーキックは成功しなかっただろうし、そもそも明日の試合に出る勇気が湧いたのも彼女のおかげだった。
だったらよ、せめてここは自力で勇気を奮い出す場面じゃないのか、俺よ。
自分にそう言い聞かすも、何も言えずにただひたすら夜の街を歩く。
「先輩、着きましたよ。私の家」
「あ」
そうこうしているうちに、とうとう天野さんの家に着いてしまった。
「それじゃあ明日の試合、楽しみにしてますね」
隣を歩いていた天野さんが立ち止まった俺の前を歩いていく。
離れていく。天野さんが俺から……。
「あ、天野さん!」
彼女が玄関の扉に手をかけた瞬間、堪らなくなって思わず声をかけた。
「はい。なんですか、先輩?」
「えっと、その……明日の試合、見に来てくれるんだよな?」
いや、違うだろ、俺! 言いたいのはそんなことじゃないだろ!
「勿論ですよ! 私、いっぱい応援しますからね!」
分かってる。そんなことは分かってるんだ。
「もう夜も遅いです。明日の為にゆっくり休んでくださいね、先輩」
天野さんの手が扉を開いた。もうすぐその姿が見えなくなる。そうなったらもう俺は……俺は!
「天野さん!」
さっきよりも大きな声で彼女の名前を呼んだ。
「どうしたんですか、先輩? そんな大きな声を出して?」
「ご、ごめん。でも、俺、どうしても天野さんに伝えたいことがあって」
「伝えたいこと、ですか?」
「あ、ああ。あのな、明日の試合、俺、絶対勝つ。勝ってみせる。だから――」
おい、俺の馬鹿! なんでそこで言葉に詰まるんだよ!
てか、ここに来てどうして「美術部を辞めるなんて言わないでくれ」なんて逃げ道を思いつくんだ、俺は!?
そうじゃない。そうじゃないだろ。俺が本当に言いたいのはそんなことじゃなくて、もっとストレートで、もっと純粋な感情で、つまりはそれは――
「しずく、お前のおっぱいを揉ませてくれい!」
「そう、天野さんのおっぱいを揉みたい……ってオイ!」
いきなり背後から発せられた声に思わず隠しておくべき本音がポロリした。
「しかも服の上からじゃないぞォ。ナマ乳じゃあ! 直接、ナマ乳を揉ませてほしいんじゃあああああ!」
振り返るとどこからともなく現れた天野さんの爺さんが、とんでもないことを叫んでいた。
「――と、このボウズは言いたいわけじゃ。察してやれ、しずく」
「全然違うわ! このクソジジイ!」
「ほぉ? ならばお前はしずくのおっぱいを揉みたくないと、そう言うのじゃな?」
「いや、決してそういうわけでは……」
「ほれ見ろ。しずく、やっぱりこのボウズはお前の乳を揉みたいそうじゃぞ!」
「ち、違う! 天野さん、俺が伝えたいのはそういうことじゃなくて……」
慌てて視線を天野さんに戻すと、そこにはこれでもかとばかりに目を大きく見開いた彼女がいた。
「先輩が私のおっぱいを……」
「いや、違う! それはこのクソジジイが勝手に言ってるだけで!」
「しずく、このヘタレは照れ隠しをしておるだけじゃ」
「誰がヘタレだ、このクソジジイ!」
ああ、もう!
天野さんと落ち着いて話す為にはまずこの爺さんを何とかしないとダメか!
「先輩……」
「天野さん、ごめん! すぐこのクソジジイの息の根を止めるから!」
「い、いえ、あの……さっきの話、なんですけど」
「さっきの話?」
「その、先輩が私のおっぱいを揉みたいって……」
「それはこのクソジジイが勝手に言ってるだけで」
頼むから天野さん、ジジイの話をまともに受け止めないでくれ。
「……いいですよ」
「……え?」
「先輩が明日の試合に勝ったら私……おっぱいを揉まれてもいいです」
「……えええええ?」
「で、では。おやすみなさい、先輩!」
天野さんが慌てて扉をばたんと閉めて、その奥へと姿を消した。
え? ちょっと天野さん? 君、一体何て約束を……。
「ふむ。ワシのおかげで上手く行ったようじゃの、ボウズ」
「うっせぇ。こんなエロボケ展開、俺は望んじゃいねぇ!!」
俺はただ「好きだ! 付き合ってくれ!」と告白したかったのに!
どうしてこうなってしまったんだ!?
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