第17話:生誕祭
ついに学園祭が始まった!
学校の創立記念日が近いとあって、うちの学園祭は生誕祭と銘打たれている。が、ぶっちゃけその内容は大したことない。
高校やお金持ち私立中学みたいに模擬店を出したり、教室をお化け屋敷にしたりするわけでもなく、俺たちみたいな展示や演劇、合唱などがメインだ。
さらに体育館を使う舞台モノは全校生徒による鑑賞が強制されているけれど展示モノは自由となっていて、人気のあるところはともかく、基本的にはどの文化部も大抵は閑古鳥が鳴いている始末。
去年までの美術部なんてその最たるものと言っていいだろう。
だから『ついに学園祭が始まった!』と語尾にエクスクラメーションマークを付けてみても、それは別に『待ちに待った』という意味ではなく、『何とか間に合ってくれた』という意味に他ならない。
いや、ホント、とにかくなんとか形にしたから、あとは野となれ山となれ、だ。
一番心配していた顧問の先生の反応が良かったので、ホント後はマジでどうでもいい。
作品を見た人の反応とか感想とか何それ美味しいの、って感じですよ。
「先輩……私、悔しいです」
ところが天野さんはそう思ってなかったらしい。
別に見たい展示があるわけでもなく、天野さんひとり残すのもなんだから一緒に受付にいたのだが、客が引いたところでポツリと呟いてきた。
見れば何やら今にも泣きそうな顔をしている。
さっきまでクラスメイトが来てくれて、キャッキャとはしゃいでいた彼女とは思えない。
ちなみに学園祭が始まるやいなや矢上がやってきて「おおっ! こいつ、本当にいい奴だよな」とちょっと感動してたら、作品そっちのけで「俺、俊輔の親友なんだぜ」と天野さんに迫りやがったんだが、その時の困った顔よりもずっと深刻そうな表情だ(なお矢上は速攻で出禁にしてやった)。
「あー、天野さんは知らないと思うけど、これでも去年までと比べてずっと見に来てくれてる方なんだぜ」
「そうじゃありません」
「ま、まぁ、確かに作品をちゃんと見てくれてはいるかと言えば、どうだろうって感じだけどな」
作品を見るふりをして受付の方をチラチラ見ている奴が結構いるのは、俺も気にはなっている。
でもそれはそれで仕方ないのかもしれない。俺はともかく天野さんは目を引く存在だ。俺だって鑑賞するなら素人丸出しの絵よりも天野さんの方を見たい。
「みんな……酷いです」
「そう言うなって。それに少ないけれどちゃんと見てくれている人もいるだろ? さっき来てくれた天野さんのクラスメイト達の子なんか、俺たちの海の絵を絶賛してくれてたじゃないか」
あれはぶっちゃけ嬉しかった。顔には出さなかったけど、受付の机の下で拳を握りしめ、ガッツポーズしてやった。
「あの子たちも……分かってくれませんでした」
「ええっ!? それはちょっと厳しすぎじゃね?」
たとえお世辞であっても、そこは素直に受け取っておこうよ。
「だってあの子たちも、他の人も、みんなも私が描いた先輩のデッサンを見て『なんだこれ?』って顔をするんですよ!」
「そっちかい!」
「あんなに上手く描けてるのに」
「いや、アレはちょっと素人には分かりづらいと言うか、アレを手放しで褒める奴は結構イっちゃってるというか」
そもそも顧問の先生も『なんやねんこれ』って顔してたし。
「だけどひとりぐらい『スゴイ!』って言ってくれてもいいじゃないですか!」
「スゴイ、ねぇ」
「誰かひとりぐらい『先輩スゴイ!』って、私は言って欲しいんです!」
「絵じゃなくて、俺のことかよ!」
いや、それはもっと絶望的だろ。あれを見て俺のことを描いたなんて分かる奴はまずいないぞ。
「ううっ、先輩はホントに凄いのに……それを誰にも分かってもらえないなんて……先輩、かわいそう」
「おい、ちょっと待て。俺を勝手に哀れな感じにするな!」
「ゴッホみたいに自殺しないでくださいね?」
「しねぇよ。てか、そこまで自分に絶望してねぇ!」
唐突にディスってきやがったよ! 天野しずく、恐ろしい子。
と、その時だった。
「あー、取り込み中に悪いんだが、美術部の展示はここでいいのかね?」
廊下から聞きなれぬ大人の男の声が聞こえてきた。
学園祭はそのしょぼい内容にもかかわらず、意外と大人たちの人気は高い。毎年、生徒の家族のみならず、近所の見知らぬおっさんおばさん連中まで話のネタにでもするつもりなのか見にやって来る。
羽音さんやうちのおふくろが見に来ないことを予め聞いていたし、俺たちの親父たちもそれぞれ放浪中で当然来ないから、おそらくは近所の美術が趣味のおっさんあたりとあたりを付けて、声の主へと振り返った。
「あ、はい、そうで……え?」
相手を見て思わず固まってしまった。
身長が180センチ以上あり、年齢の割には引き締まった体つきをしているものの、それ以外は一見どこにでもいるような中年男性だ。
だけど、この人は……。俺の見間違えでなければおそらく……。でも、どうして……?
「どうぞ、良かったら見ていってください」
あまりのことに何も言えなくなってしまった俺に代わって、天野さんが中へと案内する。
男性は軽く会釈すると
「それでは見せてもらいますよ、中林俊輔君」
間違いなく、俺の名前を呼んだ。
ウソだろ!? どうしてこの人が俺なんかの名前を知ってるんだ……?
「先輩、先輩」
作品をひとつひとつ興味深げに見て回る男性を呆然と見つめる俺に、天野さんがちょんと制服を摘まんで声をかけてきた。
「あの人、どちら様ですか? さっき先輩の名前を口にされていましたけど」
「あ、ああ。多分あの人は……」
「ほう! これはもしかしたら俊輔君を描いたのかな?」
突然、男性が大きな声を上げたので俺はびくっと体を震わせた。
「え、分かるんですか、おじさん!?」
「勿論だとも。これは俊輔君の頭で、これが足だろう? そして周りのもやもやは彼の身体から放たれている闘気だ。いいね、まるで足から翼が生えているみたいだ」
「凄い! その通りです! このスケッチ帳は全部先輩を描いたものなんですよ。良かったら全部見てください。そして先輩の凄さを少しでも分かってもらえたら嬉しいです」
天野さんが喜びのあまり一枚一枚を丁寧に解説していく。それを聞きながら男性は嬉しそうに目を細めた。
「ね、どうですか、おじさん。先輩って凄いでしょう?」
「うん。だがお嬢さんもなかなかどうして凄いよ。彼の才能を実際に目に見ることが出来るなんてね。今日は本当に来てよかった。なんせ君みたいな特殊な才能の持ち主と出会え、そして――」
ふっと笑みを浮かべながら、件の男性は俺に視線を向ける。
「中林俊輔くん、君の才能がまだ枯れ果てていないことがこうして実証されたのだから、ね」
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