第15話:すっぽんぽん男女

「おーい!」


 朝日に照らされた大海原へ、一隻の漁船が静かに港を出ていく。

 

「また会おうねー」

「次こそは負けへんからなぁ」


 船から身を乗り出して大声を張り上げる陽葵さんたち。潮風ではためく髪を片手で押さえながら、もう片方の手を目いっぱい大きく振る。


「お姉ちゃんたち、また来年ー」

「次も勝たせてもらいますよー」


 そんな彼女たちに負けないよう、僕たちも防波堤の先端に立ち、両手を振りながら叫んだ。


『あー、あー、それじゃあみんなを送ってくるからのォ』

『夕方には戻るから喧嘩せず仲良く待っててねー』


 そこへ船に取り付けた拡声器から船を操る爺さんと、続いてサンマリーさんの声が聞こえてくる。

 

 永遠に続くかと思われたおっぱいアイランドの日々……が、当然、元の日常へと戻らなくちゃいけない日がやってくる。

 そして俺たちもみんなと一緒に帰る予定になっていた。

 昨日、それに気づくまでは。

 

「あの先輩、何か忘れてることがありませんか?」

「え? 忘れ物ならないぞ。ちゃんと持ってきた荷物も、お土産も鞄に入れたし」

「そうじゃなくて私たち、何のためにここへやってきたんでしたっけ?」

「そりゃあもちろん現代社会の息苦しい日々からひと時の開放を求めて――」


 そこまで言って気が付いた。

 ヤベェよ。絵、全然描いてねぇ!

 

 かくして俺たちだけあと数日、島に残ることにしたわけである。

 

「それにしてもここに来るのに一日かかったよな? なのに夕方に戻るって無理なんじゃねぇか?」

「あー、それは話すよりも見てもらった方が早いですね」


 ふと気になったことを天野さんに尋ねると、そんな返事が返ってきた。どういうことだろうと沖へ出ていく漁船を見ていると 

 

『よぉし、では雷神丸、出航するぞ! みんな、爺ちゃんに掴まるんじゃあ!』


 不意に拡声器から爺さんの声が聞こえたかと思えば、突然船尾から激しく水しぶきがあがり、爆音を残して漁船があっという間に水平線の彼方へとすっ飛んで行った。

 

「おじいちゃんの船、すっごく早いんですよ!」

「いや、早いってもんじゃないだろ、あれ! どうなってるんだ!?」

「なんでも漁船はスピードが命なんだそうです」

「……そうなんだ?」


 いや、絶対違うだろ。

 あれ、きっと某国の密漁船並みに改造してやがる。

 

「それよりも早く絵を描きましょう、先輩!」

「あ、ああ。そうだな。さてどこを描くべきか。オススメはあるか、天野さん?」

「はい! ビーチはどうでしょう!?」

「ビーチか……ありきたりだけど、確かにここは海も綺麗だしな。いいだろ」


 よっせと絵具やら筆やらが入った鞄を抱え、ビーチへと歩き出す。


「あ、先輩! 私、一度お爺ちゃんに戻ってきますね」

「どうした、忘れ物でもしたのか?」

「いえ、ちょっと準備が。すぐに行きますので先に行っててください」


 とっとっとと俺を追い越して天野さんが防波堤を駈けていく。

 浜風にそよそよ揺れる白いワンピースと、ここ数日遊び倒したことで日焼けした肌の対比が、なんだかとても絵になった。

 

 ……そうだな、一通り風景を描いたら天野さんのワンピース姿も描かせてもらおう。

 

 普段のヌードデッサンはとても学祭には出せれないけれど、それなら問題ないしな。

 

 

 

「――って思ってたのに、天野さんさぁ」


 構図を求めてビーチをしばし歩き、ここだと思ったところでパラソルを刺していると、天野さんがやってきた。

 

「どうして水着に着替えたし!?」


 ワンピースから一転、水玉模様のビキニを着て戻ってきた天野さん。

 ああ、もう、先輩はがっかりですよ。描こうと思っていたワンピース姿じゃなくなったのもそうだけど、今から絵を描こうというのにどうして水着になったんだよ?

 まさかとは思うけど君、この期に及んでまだ遊ぼうと言うんじゃなかろうな?

 色々と思考が暴走気味だけど、根は真面目ないい子だと思ってたのに……。

 

「えへへ。これが準備なのです」

「準備?」

「はい。先輩、フェルメールですよ!」

「いや、そんなドヤ顔で言われても全然意味が分からないんだけど」

「フェルメールの影と光って、人間の身体で言うと日焼けした部分としていない部分だと思うんです」

「斬新過ぎない、その例え!?」

「だからその光と影を学び取るには、日焼けした体のデッサンをするのが一番なんですよ!」


 そう言って天野さんがビキニのブラに手をかける。

 

「お、おい、まさか! ダメだ、天野さん! 爺さんたちに見つかっちまう!」

「お爺ちゃんたちはみんなを乗せて海の上ですよ」


 あ、そうだった……って、ああっ!

 

 次の瞬間、天野さんが水着を上にずらし、真っ白いおっぱいがぽよんと零れ落ちた。


 でかっ!

 てか、しっろ


「なんだ!? なんだか白すぎて眩しく感じるぞ!?」

「日焼けしているところとの対比が凄いですよね。まさに驚きの白さです」


 完全にブラを脱ぎ去った天野さんが自らおっぱいを持ち上げながら感心したように言う。

 ちょ、日焼けの対比だけでもエロいのに、そんなポーズまで取るんじゃないっ!


「私の推測ですが、きっと若き日のフェルメールもこうしてあの光と影の画法を身につけたのではないか、と」

「偉大な画家を変態扱いするなよ……」


 そもそも光源を意識して描くのが重要なのであって、日焼けとは全く違うと思うんだがっ!?

 

「さぁ先輩、これで私たちも今日からフェルメールですよ」


 パンツも脱ぎ捨て、健全なビーチをたちまちヌーディストビーチへと変えてしまった天野さんが自信満々にのたまった。

 おい、いい加減フェルメールもキレて、あの世から蘇って全力で殴りに来るからやめろ。

 

「あー、くそ。学園祭に出す作品を描かなきゃいけないのにどうしてこんなのを……」

「こんなのとはヒドイです。女の子の裸・オン・ビーチですよ? こんなのを描けるなんてゴーギャンぐらい……はっ、もしかして私たちはフェルメールだけでなくゴーギャンとも同じレベルに」

「これ以上色んな人に喧嘩を売るのはやめとけ、天野さん」


 ああ、もうこうなってはどうしようもないな。ここで押し問答するよりも、とっとと描いて、描かれて、出来るだけ早く本来の学祭の絵に取り掛かれるようにしよう。

 俺はスケッチブックを開くと、浜辺に寄せては引く波と戯れる真っ裸な天野さんの姿を凝視する。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 ヤベっ、愚息がゲンキハツラツゥになっちまった。

 

 いや、だって仕方ないだろ!

 誰も見ている人はいないと言っても、場所はいつもの美術室と違って屋外のビーチ。

 しかもいい感じに日焼けした肌が、水着で隠されていた場所をかえって強調してきやがる。

 揺れるおっぱい。飛び散った水しぶきに濡れるお尻。そして南国の砂浜に開放的な気分になったのか、いつも以上に無邪気すぎる天野さんの動き……。

 

 春先とは違い、何度もヌードデッサンしているうちに露骨な反応をしなくなった俺の相棒もさすがにこれには耐えられなかった。

 

「先輩、どうですか? フェルメールになれそうですか?」

「……無理」


 こんな悶々とした状態でフェルメールになれるかっ!

 

「あらら。あ、だったら交代してもらっていいですか? 私、今ならフェルメールになれるような気がするんですっ!」

「マジでか!? スゴイな、天野さんは」


 すっぽんぽんなまま水際でちゃぷちゃぷしていただけなのになぁ。

 

「てことで先輩も脱いでください」

「あー、ちょっと待ってくれるか」

「いえ、待てません」

「は?」

「何だか知りませんが、以前から先輩の股間からオーラを感じることがあったんです。それが今、過去最大級の波動を……さっきからビンビンに脈打っているのを感じるんです!」

「え゛!?」


 いや、ちょ、それはつまり……。

 

「今なら分かります。私、きっとこれを描くためにここに来たんだって」

「それ、すっげぇ勘違いだから!」

「だから先輩、脱いでください! 今! ここで!」


 素っ裸の天野さんがじりじりとにじり寄ってくる。

 

「させるかっ!」


 砂に埋もれた足底にぎゅっと力を入れ、その場から素早くダッシュ!

 

「な、なにィィィィィ!?!?!?」


 ところが数歩進んだところで、予想外にもあっさり天野さんに捕まってしまった。。

 バ、バカな!? 進化した俺をこうも簡単に捕まえてしまうだとォォ!?


 実はあの日の翌日、俺はダメ元でサンマリーさんに移動術を教えてもらえないかと頭を下げた。

 秘伝とか言ってたしそう簡単には承諾してもらえないだろう。が、俺にはどうしてもあの技が必要だ。あれはきっとチビな俺には大きな武器になる。もしかしたらまたサッカーで戦えるかもしれない。

 そう考えたら簡単に諦めるわけにはいかなかった。

 

「ええ、いいですよ」


 が、意外にもあっさりと快諾。秘伝とは一体なんだったのか?

 もっともその疑問はこの数日ですんなり解消した。これ、言葉で言うのは簡単だけど、いざやってみたら馬鹿みたいに難しい。

 一応コツみたいなものは教えてもらったけれど、モノにできるかどうかは日々の鍛錬が必要不可欠。しかもいくら頑張ったからと言って、身に付かない人は一生訓練してもダメらしい。

 結局は生まれ持ったセンスや身体能力が必要ってことか。

 

 まぁ、それでもちょっとはそれらしいことが出来るようになったつもりだったんだが、まさか天野さんに捕まるとは……。

 バーサークモードの天野さん、恐るべし。

 

「先輩、逃げちゃダメですよー」


 天野さんがその細い手首から想像できない力強さで、俺の足をがっちりと押さえこんでくる。

 そしてその天野さんの表情たるや、頬を真っ赤に上気させ、口元からは涎を落とし、瞳を燦燦と輝くもその光は何とも怪しげ。

 

 つまりどこからどうみてもエロオヤジな表情を浮かべていた!

 

「さぁ見せてください、先輩の可能性」

「やめろ! それは天野さんに嫌われる可能性だ!」

「私が先輩を嫌いになっちゃう? ふふふ、そんなことは絶対にないですから安心して見せてくださいねー」


 凄まじい力でうつ伏せから仰向けにひっくりかえされたかと思うと、天野さんは俺の両膝へお尻を降ろした。

 天野さんの見えちゃいけないところが目の前で丸見えになり、体温が一気に上昇、震えるぜハート、燃え尽きるほどヒート棒がさらにかっちこち……ってくだらないボケをかましている間に。

 

「……すごい」

「ううっ、そんなうっとりした表情で見ないでくれ」


 ズボンはパンツごと降ろされ、俺の見えちゃいけないところが見られちゃいけない状態で大公開となってしまった。

 

「この日焼けした肌の黒色と、隠されていた部分の白い肌の対比……すごいです」

「そんなに『すごい』も連呼しなくていい……って、あれ肌の対比?」

「じゃあすみませんけど先輩、私、一足先にフェルメールになりますね」

 

 すっぽんぽんで俺の膝に乗っかったまま、一心不乱にスケッチを始める天野さん。

 後で見せてもらったら俺の元気すぎるアレらしきものは一切描かれておらず、ただひたすら光と影の習得だけを目指したものになっていた。

 きっと天野さんは肌の色合いばかりに気を取られ、俺のは目にも止まらなかったのだろう。

 

 ……それはそれでちょっと悲しかった。

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